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洞 2

「日輪よ」

 誠治郎のつくった輝きに、鬼たちが溶けるように消えた。

 しかし、辺りに漂う妖気は完全に晴れることがない。陽は、既に天高くのぼり、時だけが過ぎていく。

 冷たすぎる空気は、日の光の中でも温められることがない。

 それでも、僅かばかりに雪は溶けるのであろう。ちょろちょろと流れる水音が聞こえている。

 誠治郎は、肩で息をしながら、眼を閉じる。

 頼りになるのは、自分の感覚だけだ。研ぎ澄まされた全身で、噴き出てくる妖気の気配をさぐる。

「あっちだな」

「確かに、濃いですね」

 実成も頷く。

「……ですが、誠治郎さま、少し休みましょう。時間がないのは事実ですが、このような消耗戦は、あまり望ましくありません」

「わかってはいるが……」

 誠治郎は、思わずため息をつく。朝から、既に何度も術を行使し、軽い疲労感は否めない。それに焦っているのは、誠治郎だけではない。そのことは、よくわかっている。わかってはいるが、この捜索には、この国の運命がかかっている。

 とはいえ。誠治郎の心をここまで落ち着かなくさせているのは、鏡子のことだ。

 鏡子は、無事なのだろうか。生きているとしても。酷い目に遭ったりはしていないだろうか。

「先ほどからずっと、戦い続けています。もちろん、妖気の方角は絞れるようになってまいりましたから、無駄とはいいません。しかし、いくら陽光の下では消耗が少ないとはいえ、誠治郎さま、ご無理はいけません」

「そうはいっても、日没までに見つけなければ勝機は薄くなる。鏡子殿の身に何かあってからでは遅い」

「誠治郎さま。落ち着いてください。大切なのは、氷雪王の復活の阻止。何よりもそれが最優先でございます。次に大事なのは、『できうる限り、陛下に害がおよばない方法を探る』ことです」

「実成!」

「鏡子のことは──ここは、お忘れになってください」

 厳しい目で、実成は誠治郎を見る。

「誠治郎さま。鏡子は攫われて、すでに二十日ほどたっております。巫女としての力を求められてのことであれば、少なくとも『魂結び』がほどかれるまでは、無事でしょう。そうでなければ、とうに喰われている可能性もあります」

 誠治郎を諭しながらも、実成の手は震えている。

 鏡子は、実成の実の妹だ。助けたい気持ちは、誰よりも強いはずである。

「実成の言うとおりだとは思う。しかし、ここは好きにさせろ」

「誠治郎さま」

「今はまだ、無理をしていない。だが、無理をしてでもしなければならない時なのだ。大丈夫。優先順位は、わかってはいる」

 誠治郎は、妖気の気配をたどりながら、再び歩き始める。

 鏡子を助けたい。

 しかし、そのことを置いておいても、誠治郎は東雲家の人間として、なんとしても氷雪王の復活は阻止せねばならない。

 ごつごつと岩が切り立ち、どこからともなく吹く風が鳴り続ける場所に出た。

「なんだ? あれは」

 一見、何の変哲もない洞がそこにあった。

 しかし、黒々とした妖気が、とまることなく、そこから吹き上げている。

「紫檀さまが関係するかどうかはわかりませんが、このあたりの妖気はあそこが原因のようですね」

 二人は足場の悪い斜面を登り、洞の前に出た。

 洞の入り口には、雪が吹き込んで溜まっており、雪だまりの上の僅かな空間から、妖気が噴き出している。

「これは、酷いな」

 誠治郎は眉をしかめた。

「具現化させるだけでは、だめですね」

 実成も同意する。

 噴き出し続ける妖気は、有限なのだろうか。

 氷雪王の吐きだしているモノであるとするならば、それは無限に近いだろう。

「とりあえず、大本を確認する必要があるな」

「私は火を起こしましょう」

「頼む」

 誠治郎は、麻紐をとりだして、大きな円を作り、その端に、刀を突き立てた。

 目を閉じて、瞑想する。天高く輝く陽光の光を体の中で凝縮していく。

「日輪よ、闇を照らせ」

 ギラリと刀身が光った。

 辺りが陽光に満ち、雪でふさがれていた洞を射る。

 噴き出し続けていた妖気を一瞬、光が圧倒し、洞に光が満ち、降り積もっていた雪が一気に溶け落ちていく。

「まだ、消えませんね」

 実成が呟く。

 洞は、ぽっかりと穴をあけた形になり、雪の姿は消えている。

 たまっていた妖気はすべて消えたはずなのに、少しずつ、奥からの妖気の流れはまだ止まっていない。

「中へ入るしかないな」

「そうですね」

 実成が用意した松明の灯をかざして、ふたりは、洞へと足を踏み入れる。

 洞は、外で見るよりずっと、ずっと深く、どちらかといえば下り坂だ。幅は、人が二人並んで歩くのがやっとというくらい。天井の高さは誠治郎たちより少し高い。問題のない高さではあるが、圧迫感はある。壁は、冷たい岩でできていて、先ほどの雪の名残か、全体的に湿っていて、足元は悪い。

 下から吹き上げてくる妖気の濃度は、進むにつれ濃くなっていくようだ。

 どれくらい歩いたであろうか。

 歩いても歩いても、終わらぬかのように、道は続いた。

 不意に。

 前方から、自分たちのものではない足音がした。

 誠治郎と実成は、息をひそめる。

 相手は、『灯』を持たずに歩いているようだ。

 ひとりではない。複数の足音がする。

 松灯の向こうに現れた影は、ぼんやりと暗闇の中、発光していた。

 一人は、紫檀。そして、紫檀に手を引かれていたのは。

「鏡子殿?」

 さらわれたときと同じ巫女姿をした鏡子は、暗闇の中、虚ろな目のまま口の端を上に吊り上げ、嗤った。

 

 



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