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嫌がらせの理由は

 胸がドクドクする。


 プレーリーが嫌がらせされるなんて変だ。

だって、プレーリーは気が利くし、頭もいい。

誰かに恨みを持たれる事なんてないと思う。


 でも、今、私の耳に入って来る言葉はどう考えても、プレーリーにとっていい内容ではない。


 プレーリーがそんな状況になってるなんて全然知らなかった。

いつもぼんやりした顔で、眉尻を下げて笑ってて……。


 体が凍ったみたいに動かない。

気付けば、ぎゅっと右手を握りしめていた。


「お前如きがライラック様の話をするな」

「そうですね。本当に素敵な方ですから」


 膨らむ緊張感と、それに気づかないようなプレーリーの声。

そして、なぜか出てくる私の名前。


「……俺に紹介しろと言ってるんだ」

「そのお話も何度も致しました。ライラック様の事はどうぞライラック様に。私のような者を頼らずとも、ライラック様に直接お話しされればいいのでは?」


 低く唸るような声にプレーリーは困ったような声で答える。

しかし、それが相手の逆鱗に触れたらしく、声に含まれる怒気が増した。


「……っ、どうやってライラック様に取り入った? 言え!」


 鋭い声とざわつく何人かの声。

扉の隙間から漏れてくる空気が背筋をゾワリと撫でる。


 ……ここに来て、鈍い私でも、ようやく事態が掴めた。

プレーリーが嫌がらせされている理由。


 それは私。


 ――私がプレーリーとしか話さないから。


「ライラック様はお優しい方です。ダンスを踊って、お話ししましょうと誘えば、いつでも手を取って下さいますよ?」


 こんなに張り詰めた空気の中なのに、プレーリーはいつもみたいに困った様な笑い声で話す。

そして、プレーリーにとっては当たり前でも、他の人にとっては当たり前でない事を提案した。

もちろん、そのせいで、余計に空気は緊張感を孕んでいって……。


 プレーリーだって気づいているはずなのに。

こんな空気の中、そんな話をすればどうなるかぐらい。


 だけど、プレーリーは謝りもしないし、怒りもしない。

ただ、困ったように笑って、相手の神経を逆なでするような言葉を選んでいる。

頭のいいプレーリーがこんな事をする理由があるとするなら……。


 これはわざとだ。

あえて、相手を逆上させて、何かをさせようとしている。


 扉の隙間に向けていた神経をパーティー会場へと向けた。

そこでは相変わらずきらびやかな衣装を身にまとった人々がダンスをしたり、談笑したりしている。

そして、少し遠くからこちらをじっと見ている人物を見つけた。


 水色のサラサラの髪に紫色の目の男の子。

涼やかな目元は何か楽しいものを見つけたように、私を見つめている。


 彼はこのパーティーの主催者である公爵家の長男。

宰相の息子であり、記憶の中の乙女ゲームの攻略対象者でもある。

私には特に関係がないし、あまり気にしていなかった。


 ……彼は知っているんだ。

今、ここでプレーリーが何をやっているか。


 水色の髪の男の子は私と目が合うと、スイッと目線を横へずらす。

私もつられてそちらを見れば、テラスの扉から少し離れた所に給仕のような人が立っていた。

ただその男の人は給仕をせず、そこに待機している。

彼は公爵家の人間で、きっと何かしらの役目があって、あそこに立っているのだ。


 プレーリーと水色の髪の男の子が繋がっているとして……。

きっと、プレーリーはあえて、この場所でこの機会を作った。

そして、相手を煽るような事をして、プレーリーは何をさせようとしてる?


「……なんで、そう頑なにライラック様を紹介するのを拒むんだ? お前にとっても悪い話じゃないはずだ」

「拒んではおりません。私のような者を通す必要はない、と」

「……俺がやれって言ってもか?」


 怒気を孕んだ低い声に困った様な声。


 ……ごめん。

ごめんね、プレーリー。


 ちょっと考えればわかること。

私が誰とも話さず、ダンスばかりをする。

その中でプレーリーとだけ話しているのはさぞ目立ったのだろう。


 歳が上の人は私と話せずとも、お父さまや兄と話せばいい。

けれど、プレーリーと歳が近い人が私と話そうと思えば、プレーリーを通すのが最も早いだろう。

プレーリーは伯爵家の次男で人柄も穏やかだし、頼めば紹介してくれると思ったはずだ。


 でも、プレーリーが私に紹介したのはあの黒い髪の男の子だけ。


 私は何も考えていなかったけど、きっとプレーリーはずっと私のために色んな人に断りを入れていたのだろう。

伯爵家の次男として、うまくかわしながら。


 それでもプレーリーよりも家格が高い人もいるはずで、そんな人から見たらプレーリーに断られるのは考えられないことだ。

それがこうして火種となって、プレーリーへの嫌がらせに繋がった。


「……正直に申します。私はライラック様を誰かに紹介する気はありません」

「なぜだ? ライラック様を紹介すればお前の人脈も広がる。こうして俺たちに絡まれるよりよっぽど理があるじゃないか」


 プレーリーが突然、困った様な声をやめ、まっすぐに言葉を投げる。

怒気で声を荒げるだけだった声が少し冷静さを取り戻したように、低く発せられた。

その言葉に胸がぎゅうっと苦しくなる。


 そうだ……。この低い声の言う通り。

プレーリーはみんなに私を紹介すれば良かった。

私との繋がりを――バルクリッドの娘との繋がりを売りながら、上手く生きればよかったのに。


 プレーリーならそれができた。

私が気がつかないぐらい自然にそうできたはず。


「……ライラック様はまっすぐな方です。私のような者が使っていい方ではないのです」


 プレーリーの優しい声が響く。


「……意味がわからん」

「はい。あなたには一生わからなくていいと私は思っています」


 ふふっと笑うプレーリーの声。

そして、また空気が張り詰めた。


「ああ、わかった。また前のようになりたい、そういう事だな……っ!」


 荒げた声に何人かのバタバタと焦ったような足音。

扉の向こうで行われているであろう事を考えて、両手をきつく握りしめた。


 ……わかった。

わかったよプレーリー……。


 プレーリーがしようとしている事。


 プレーリーが相手にケガをさせられる。

そして、そこにすかさず公爵家の人間が介入。

今、プレーリーと話している男の子はプレーリーよりは爵位が高いだろうが、さすがに公爵家よりは下だろう。

公爵家で問題を起こすのはマズイのだ。

プレーリーも少し問題になるかもしれないが、プレーリーのいつもの行いや状況を見れば、プレーリーに非が無い事は明らかで……。

しかも、あの水色の髪の男の子と話は通じているようだから、悪いようにはならない。


 さすが、プレーリー。

自分で色々と動いて、今日で嫌がらせを終わらせようとしているのだろう。


 私が出て行く必要はない。


 もちろん、私がこの扉を開けて、プレーリーを庇うのは簡単だ。

ライラック・バルクリッドに逆らうな、と言って、プレーリーを守ればいい。

でも、プレーリーは男の子だ。

私が出て行ってプレーリーを守ってしまうのは、きっとプレーリーのためにもよくない。

伯爵家の次男はバルクリッドの娘に守ってもらった。

そんな不名誉をプレーリーに背負わせたくはない。


 だからこれでいい。


 このままそっとここを離れて、何も聞かなかった事にすればいい。


 ……わかってる。

わかってるのに、どうしてもパーティーに戻れなくて……。


 だって、プレーリーはジャケットを脱いでた。

それはきっと、自分の服装が乱れる事を知っているから。


 ――殴られる、つもりなんだよね?


 相変わらず、漏れた隙間からは鋭い声が聞こえていて……。

プレーリーも引くことなく、あおるから、手を上げられるのも時間の問題だろう。


 『即断、即決はしてはいけません』


 マナーの教師にこんこんと言い聞かされた言葉が頭をよぎる。

そう。私はすぐに動いてはいけない。

ちゃんと考えて……。

お父さまか兄に相談して……それで……。


「……前のように、というと服に染みをつけるぐらいでしょうか? 女の子のようですね」


 ずっと穏やかに話していたプレーリーが牙をむく。


 これは合図。

さあ、来いよっていうプレーリーの挑発。


 ……プレーリーが殴られる。


 そう思えば、自然に体が動いていて……。


 ごめんなさい。

約束破ります。


 今じゃないといけない。

今やらないといけないんだ!


 だって、殴られるのって痛い。


 プレーリーにそんな思い、して欲しくないよ。

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