男の子とのダンスは
黒い髪の男の子にエスコートされ、ダンスの場へと戻る。
一度、少し離れてから、礼をして、ホールドへ。
男の子のホールドはしっかりしていて、この歳なのに気品が感じられた。
なんでだろう。
なんだか妙にしっくりくる。
これまで一番たくさん踊ったのはプレーリーだ。
プレーリーは踊りが上手く、そのホールドはしなやかで、私に合わせて踊ってくれる。
この男の子のホールドはそれよりも力強さがあって……。
考えてみるが、なんでしっくりくるのかわからない。
身長? 体格?
不思議な感覚に頭を働かせていると、ふと目の前に視線を感じた。
うん。そうだ。
今はそれはどうでもいい。
一度目を閉じて、ゆっくりと開く。
私の目の前にいるのはこの男の子だけ。
黒い髪がサラリと揺れ、濃いブルーの瞳が印象的なこの男の子。
あなたが私のすべてです。
あなたが私の主役です。
いつもの呪文を心で呟いて、踊りが始まる。
ゆっくり刻まれる三拍子。
それに合わせて体を動かせば、世界が動いていく。
うん。楽しい。
大人に合わせて踊るのもいいけど、やっぱり同じぐらいの子と踊ると無理がない。
それは相手もそうだろうから、変に気を遣わなくて言い分、いつもよりしっかりと踊れている気がした。
男の子のダンスはとても上手で、一緒に踊れるのが嬉しくて、気づけば勝手に顔が笑ってしまう。
そうして、男の子のしっかりとしたリードに任せて、踊っていたのだが、なんだか少し窮屈だ。
この曲でダンスをしているペアが多いらしく、踊るスペースが小さくなってしまっている。
普通に踊る分には問題ない。
だけど、せっかくこんなにダンスが上手い男の子と踊るのだから、もっと自由に踊りたかった。
楽しいのに残念。
うん。楽しいからこそ残念。
そんな気持ちで男の子を見つめると、男の子がすっと目線を外した。
気になってその先を追ってみると、それはホールの中央。
どうやら、みな中央を避けて踊っているようで、そこがぽっかりと空白になっていた。
「行きましょう」
男の子に目線を戻すと、男の子がフッと笑う。
さっきまで眉間に皺を寄せていたのに、笑った時は穏やかな顔で……。
周りには何組もの大人のペア。
その中で隙間を縫い、中央に行くなんて到底できそうにない。
けれど、男の子が笑ったから。
私は返事の代わりに、繋いでいた右手にぎゅっと力を込めた。
行こう! 中央!
空いたスペースで思いっきり踊りたい!
期待を込めて男の子を見れば、男の子は楽しそうに笑った。
そして、大きく一歩を踏み出す。
まだ背の低い、私達だからできること。
大人のペアの隙間を縫って、大きくウォークする。
スイングしながら、堂々と。
なにこれ。
「楽しい……」
楽しいよ!
いつもは声に出さないようにしてたのに、思わず声を上げてしまった。
まるで自分の体じゃないみたいに一歩一歩が大きい。
私ってこんなに大きく動けたんだ。
「ここが中心です」
空中を浮いてるみたいに二人で進んで……。
気付いたら、そこが中央で。
三拍子をたった二回。
それだけで、私達二人の周りにはもう誰もいない。
なにこれ。
目の前には楽しそうに笑う男の子。
なにこれ。
濃いブルーの目がシャンデリアの光でキラキラと輝いている。
こんな世界知らない。
いつもと同じなのに。
楽しいダンスを踊っているだけなのに。
胸がぎゅっとして、おへそのあたりがむぎゅってして……。
ダンスが大きく踊れた達成感なのか。
大人のペアの間を通り抜けるというスリルから来た緊張感なのか。
ダンスが上手な相手と踊れた一体感なのか。
わからない。
全然わからないけど。
すごく楽しい!
この男の子とホールの中央。
ぽっかり空いたスペースで二人で踊ってる。
男の子が私を見て笑うから。
私もとびっきりの笑顔で答える。
ダンスをすれば私が世界の主役。
今日だってそう。
この男の子の世界の主役は私。
それが嬉しくて。
なんだか。
ずっと今が続けばいいなって。
そう思えば、私の世界が大きく動いた気がして……。
ただ楽しい気持ちのままダンスが終われば、胸にはいっぱいの高揚感。
曲が終わり、手を離して礼をすれば、男の子も優雅に礼を返してくれた。
その顔はまた眉間に皺が寄っている。
「申し訳ありません。少し強引でした」
「いいえ。とても楽しい時でした」
うん。楽しかった!
未だ続く高揚感を胸にそっと微笑む。
すると、男の子がすっと手を出した。
「……もう少しお話しても?」
「……どうぞ、私の事はお構いなく。パーティーを楽しんでください」
……ダンスは好きだけど、話はちょっと。
せっかく楽しいダンスをしたのに、断るのは気が引けるけど、それを微笑んで辞退する。
けれど、男の子は引くことなく、いまだ手を出し続けた。
「わかりました。けれど、どうか友人の元に戻るまでエスコートさせてください。このまま貴方を置いて行っては彼に怒られてしまう」
そう言って、スッと視線を周りへと向けた。
つられて私も周りを見ると、どうやら私達は注目を浴びていて……。
……大胆に踊り過ぎた。
このままここに残れば、間違いなくたくさんの人に囲まれる。
ダンスの誘いや褒め言葉だけならいいが、あまりに目立ったために、色々と話をさせられそうな気がする。
なぜか今は、みなが遠巻きに見ているが、一人になればあっという間に話の渦に飲み込まれるだろう。
そして、それをずっと微笑んでかわし続けなければならないわけで……。
「では、よろしくお願いします」
一度断っておいて失礼だろうが、男の子の手の自分の手を乗せた。
うん。プレーリーの所へ戻ろう。
そして、プレーリーと踊ろう。
そうしているうちに、周りにいる人の興奮も収まるはず。
なんだか相変わらず胸がぎゅっとするし、プレーリーの顔を見て落ち着きたい。
男の子がエスコートしてくれるのについて行く。
男の子が時折私の方をじっと見てくるので、それに小さく微笑んだ。
「……あなたはなぜダンスの時のように笑わないのですか?」
すると、私の微笑みを見た男の子が眉間に皺を寄せて、私に問う。
確かにダンスの時と今ではかなり違うかもしれない。
でも、私としては今の方が標準だ。
なぜ、笑わないのか。
それは、ひとえに私の頭の回転が早くないから……。
そう。今だって。
なにかを聞かれた時、初めに出てくるのは馬鹿正直な言葉なのだ。
『なぜ、笑わないのですか?』と問われ『頭の回転が早くないからです』と答える。
……うん。そんな淑女だめだ。
海千山千の猛者たちは本音を隠し、相手を見極め、舌戦を繰り広げるらしい。
もちろん私も最初はそれを目指した。
マナーの教師もそれを目指した。
そして……それを投げた。
……ですよね。
私にはできないよね。
でも、私は淑女になりたいわけで……。
そして、試行錯誤の末に編み出されたのがこの悪役顔の微笑み。
これには人を緊張させ、私が何か深い事を考えているように見せる効果があるらしい。
誘いを断りたい時。小さく微笑んで、私には構わないでと告げる。
話がよくわからなかった時。小さく微笑んで、考えておきますと告げる。
なんかすごそうな時。小さく微笑んで、素敵ですねと告げる。
まさに万能!
マナーの教師はとにかく私に、即断即決はしないように、とこんこんと言い聞かせてくれた。
とりあえず持ち帰る。
父や母、兄に相談する。
それが私が淑女でいられるための方法なのだ。
で、もちろんそんな話をこの男の子に言えるわけもなく……。
男の子の濃いブルーの目をじっと見る。
そして、今までよりも気を遣って、完璧に微笑んでみせた。
『秘密です』と。
そう伝えるように。
スイング→振る。揺らす。ステップのつなぎ目を滑らかにしたり、大きく踊れたり。






