部屋での休憩は
あまりいいものではなかったバザム伯爵と私たちの出会い。
けれど、なんだか空気がほわほわしてからは、とくに問題なく進んだ。
まずは長旅で疲れているだろうから、と部屋に案内され、そこで夕食まで休むことになった。
部屋はそれなりに広く、大きなテラスに面した明るい部屋だ。部屋の中央に置かれたソファにセド様と二人で腰かければ、セド様がそっと声を出した。
「先ほどはありがとうございました」
「さきほど、ですか?」
それはいつのことだろう?
とくにセド様にお礼を言われる出来事は思い浮かばず、少しだけ首を傾げる。
すると、セド様はぎゅっと眉間に皺を寄せた。
「私は初対面ではいい印象を持たれないほうが多いので」
……うん。それはなんとなくわかる。なぜなら私も悪役顔だからだ。
セド様は顔が悪役というわけではないが、厳しい表情をしていることが多いので、すこしだけ気後れする感じなのかもしれない。
自分の悪役顔とセド様の表情を思い出し、ぱちりと目を瞬く。
うすると、そんな私を見て、セド様がすこしだけ表情をやわらげる。
「けれど、貴方といると、違う自分になれる」
そして、そっと呟いた。
「先ほども、バザム伯爵は明らかに私を王家の使者として警戒していました。小国タルーニャの宝石を奪いに来たように見えていたのでしょう。……けれど、貴方が笑うと世界が変わる」
セド様の言葉に耳を傾ける。
いつも通りのまっすぐな言葉に胸がきゅうっと音を立てた。
「バザム伯爵の態度を見て、やはり懐柔には時間がかかるかもしれない、と思いました。そこで貴方を褒めることはバザム伯爵の警戒を解くことができる、と。ですから、あれはある意味、策略です」
「策略……」
そうか。セド様はあの場面であえて私を褒めることで、バザム伯爵に今回の旅の目的が宝石ではなく婚約者のお披露目だ、と印象付けたかったんだろう。
私とは違い、セド様はいろいろなことを考えているから……。
「しかし、出てきた言葉は本心でした。そして、その言葉に嬉しそうに目を輝かせる貴方を見ると、バザム伯爵に、ただ貴方を誤解して欲しくない、と思ったのです。……ライラックは誰よりもかわいいのだ、と」
セド様の濃いブルーの目。その目元がうっすらと赤く染まる。
「私は貴方といると、雰囲気がとてもやわらかくなるのだ、とアーノルドに言われました」
「……プレ……アーノルド様が」
……危なかった。
セド様の目をじっと見すぎて、思わずプレーリーと呼ぶところだった。
セド様は私がアーノルド様のことを心の中でプレーリーと呼んでいることは知っているけれど、やっぱり表立って呼ぶのはよくない。
だから、うまく誤魔化せたと思ったんだけれど、セド様にはばれてしまったらしい。
セド様は私の目を見たまま、ふっと口元をほころばせた。
「私だけがここに訪問し、バザム伯爵に会ったとしても、宝石の話はできなかったと思います」
「……はい」
「貴方がいると、とても心強い」
……セド様の言葉が嬉しい。
私がセド様にいい影響を与えて……それがいい方向に行く。
――それってとっても幸せだ。
「セド様……私もセド様がいると、違う自分になるんです」
「貴方も?」
「はい。……セド様といるとたくさん幸せがあふれてきます」
そう。心があったかくなる。
だから、目の前にある濃いブルーの目をじっと見つめて……。
すると、その濃いブルーの目がとろりと蕩けた。
「先ほどの言葉を覚えていますか?」
「言葉?」
「はい。私は貴方の目に見つめられると、ダメなのです」
そっと耳元でささやかれる声。その音に腰から首の後ろまでぞくぞくとなにかが走った。
「セド様……」
そのなにかに浮かされるように、濃いブルーの目をまっすぐ見る。
すると、セド様はうっと息を詰まらせ、少しだけ私と距離を開けた。
そして、部屋の中をぐるりと見渡して……。
「扉に騎士が二人……壁際に侍女が二人……」
なぜか部屋の中にいる人を数えているセド様。
そして、それを数えると大きくため息をついて、片手で目元を覆った。
「……セド様?」
「……申し訳ありません」
その謝罪の意味がわからなくて……。
手で覆われてしまった濃いブルーの目をもっと見たくて……。
セド様の目元を覆っていた手に私の手を重ねる。
そして、そっと手を取り、私の大好きなその色をもう一度、現す。
ぎゅっとしわの寄った眉間、赤く染まった目元。そして、濃いブルーの目は熱くて……。
「……ダメだと言ったのに」
セド様はそうぼそりと呟くと、左手で私の腰をぎゅっと引き寄せた。
私の手はちょうどセド様の胸元に収まって、その手にはセド様のジャケットの感触。
一気に近くなった距離にただ胸が高鳴る。
すると、セド様はセド様がつけていたマントを右手で持ち上げた。
それはセド様と私の頭の辺りまで上げられ、扉と壁際に立っていた騎士と侍女の目隠しだ。
「もっと貴方を幸せにしたい」
低く呟かれた言葉。
それを紡いだ唇がそっと私に近づいてくる。
だから、私はゆっくりと目を閉じて、その唇を受け止めた。
ふわっとした優しさと。
その瞬間に胸にあふれるきらきら。
離れていくさみしさにセド様の胸元にあった手をぎゅうと握りしめた。
そして、そっと呟く。
「もっと私を幸せにしてください」
――セド様といると、胸にあふれるきらきらが止められないから。
だから、少し熱くなった顔のまま、そうセド様に告げる。
セド様はそんな私にとびっきりの笑顔を返して――。
なぜか扉と壁際からガタガタ、ドンドンッとなにかを叩いているような音がした。






