若さとは
そうして、私とセド様はバザム伯爵領へと向かうことになった。
宝石の鉱脈が発見された小国タルーニャとの交渉を拒むバザム伯爵を説得するためだ。
私たちのやるべきこと。
それはバザム伯爵の王家への不信を消すこと。
タルーニャを併合しようとしているわけではなく、タルーニャの独立性を重んじた上で、宝石の取引をしようとしていることを信じてもらうことにある。
その結果、バザム伯爵が態度を軟化させ、タルーニャとの交渉に入ってもらえれば、バザム伯爵が更迭されることはなく、タルーニャの独立性も守られるだろう。
今はそのぎりぎりの線に立っているのだ。
……セド様はそのどちらも守りたいと言った。
そして、それには私の力が必要なのだ、と。
そんなセド様がかっこよくて……。
その言葉が嬉しくて……。
だから、私はバザム伯爵領へ向かう馬車の中で、よし、と拳を握りしめる。
バザム伯爵領へは馬車で向かった。
バザム伯爵領は王都から距離があり、途中にある領へと立ち寄りながらの旅路となる。
本来なら、バザム伯爵領へと直行するべきだが、今回の表向きの用事は第二王子とその婚約者の挨拶周りということになっているのだ。
王宮で行われた新年の会などで、セド様の婚約者として挨拶はしているが、高齢などを理由に来れない人もいた。
とくに南は王都から遠いために、セド様と二人で挨拶周りをすることは不自然ではないのだ。
きっと、セド様が私を誘ったのは、そういう理由もあるのだと思う。
この旅は私という婚約者を紹介するためであり、タルーニャのことは関係がない。
形だけでもそうしておかないとバザム伯爵は訪問を拒否しただろう。
しかし、今回は私がいるために拒むことができなかったのだ。
……だから、目の前にいるバザム伯爵が機嫌悪そうにしているのは仕方がないことだと思う。
そう。各領地を巡り、ようやく訪れたバザム伯爵領。
そこで出迎えたバザム伯爵、その人は不機嫌を隠そうともせず……。
「……この度はこの遠き地までお越しいただき大変光栄です」
あまり背の高くない、髪を真っ白にした老人はまったく気持ちのこもっていない歓迎の挨拶を述べた。
その厳しい視線はバザム伯爵がこちらを信用していないことを如実に表している。
その様子に、セド様のエスコートを受け、馬車から降りた私は一度だけ目を瞬かせた。
……うん。歓迎とはほど遠い。
ここに来るまでに滞在した領地は歓待してくれたので、バザム伯爵の怒りは際立って感じられた。
まったく関わったことのない人から向けられる怒気のこもった視線というのは、やはり嫌なものだ。
けれど、セド様はその視線に怯むことなく、まっすぐに伯爵を見つめると、いつも通り眉間にしわを寄せたまま言葉を返した。
「歓迎ありがとうございます。こちらが婚約者のライラックです」
しっかりとした、いつも通りのその声。
それに合わせるように、私もできるだけ美しく見えるよう、淑女の礼をする。
今日はバルクリッドてはなく、王家の側からの訪問だ。
だから、ドレスは隣国の交易品である刺繍入りのものではなく、リーグシナで作られた、きれいなブルーグリーンに染められた布地を使った。
王都より暖かい気候だから、涼しげに見える軽い生地にしたのだ。
そんな私をじっと見ていたバザム伯爵はふんっと鼻息を立てる。
そして、ぼそりと呟いた。
「見た目がきれいだから連れてきたのか。馬鹿にしとる」
……ひとりごとのように。
けれど、はっきりと聞こえてしまったその声にしんと場が凍るのがわかる。
そう。その言葉に固まったのはこちらについてくれている人たちだけではない。
バザム伯爵の周りにいる人たちも、明らかに狼狽していることがわかった。
つまりそれは……。
「……どうやら、すべての人がこちらに不信感があるわけではなさそうです」
「はい……」
セド様が私を少しだけ引き寄せ、こっそりと耳元で言葉を告げる。
だから、私もそれに小さく返事をした。
そうなのだ。たったこれだけのことだが、それでも周りを見れば、自分たちのことやバザム伯爵の立ち位置が見えてくる。
誰も表立ってバザム伯爵に反論するものはいないようなので、みな、バザム伯爵の顔を立てようという気はあるのだろう。
しかし、王家と対立したいわけでもない様子が伺える。
きっと、このこともセド様は即座に頭に入れ、また相手の心を溶かせるように気を配るのだろう。
だから、私は私にできることを。
それはいつものように微笑んで、言葉を告げること。
「……褒めていただき、うれしいです」
懸命に練習した悪役顔の微笑みが役に立ってくれる。
あまり表情を崩さないこと。
それが、バザム伯爵に嫌味を言われた程度では折れないことを伝えてくれるから。
そうして、私が微笑むと、バザム伯爵はぐっと言葉を詰まらせた。
でも、私はバザム伯爵を威圧したいわけではないので、隣に立つセド様を見上げる。
すると、セド様は私を見て、ゆっくりと頷いた。
「ライラックは容姿がきれいなだけでなく、心が美しいのです。そして、かわいいところもある」
セド様が眉間にしわを寄せながら、それでもまっすぐに言葉をかけてくれる。
……私、悪役顔なのに。
でも、セド様はいつも私のことをかわいいと言ってくれて……。
それがうれしくて、何度言われても、ついつい頬が緩んでしまう。
本当は今すぐに抱きついて大好きだと伝えたいけれど、さすがにこの場ではできない。
……でも、なんとか伝えたい。
だから、言葉には出せなくても、じっとセド様を見上げた。
すると、セド様はなにかに耐えるようにぎゅうっと眉間にしわを寄せて……。
「この目に見つめられると、私はもうダメなのです」
耐えるようなセド様の言葉。
すると、凍っていた空気がゆるゆると動き出して……。
「……なんじゃ。本当に婚約者の惚気にきただけか」
バザム伯爵が毒気を抜かれたように呟く。
そして、バザム伯爵家の人々もこちらについてきてくれた人々も、口元を緩めてほわほわとした空気に包まれた。
「若いっていい……」
どちらから聞こえてきた言葉かはわからない。
けれど、その言葉になぜかみな、うんうん、と頷いた。






