私の力は
2/2に発売される書籍を記念しまして、お礼の番外編です。
いろいろあったけれど、今の私はセド様との行き違いもなくなり、みんなで楽しく学生生活を送っている。
セド様が身分などをあまり気にせず接しているおかげで、学園の中はおおむね平和だ。
学園を卒業してしまえば、それぞれの場所に戻らなくてはならない。
だからこそ、この学園での生活を満喫したいなぁと思っている。
そんなある日、セド様が王宮へと私を呼び出した。
学園の休みの日にみんなと遊びに行ったり、セド様と散策に出たりしたことはあったが、王宮の部屋で話だけをするというのはとても少ない。
不思議に思いながらも、王宮を訪ね、部屋に通されれば、そこにはいつも通り、眉間にしわを寄せたセドさまがいた。
お互いに挨拶を済ませ、それぞれが一人掛けのソファへと座る。
テーブルの上に用意されたお茶を一口飲んでから、セド様を見ると、セド様はゆっくりと口を開いた。
「今日来てもらったのは、貴方にお願いしたいことがあるからです」
「……お願い、ですか」
その言葉に少しだけ首を傾げれば、セド様ははい、と静かに頷いた。
「私は第二王子ですが、学生のうちは執務は抑えてもらっています。学生の本分は学業であり、友好を深めることがこれからの役に立つ、と。ですので、社交なども積極的には行わず、王家主催のパーティーなどのみにしてもらっています」
「はい。私もです」
そう。私も学園に入学してからはパーティーに出席するのは減って言える。
それは学生だから時間や場所などの問題で参加できないものもあったが、セド様の心を失うことを恐れていたから、セド様にエスコートされるのが純粋に怖かったせいもある。
今はそんなことはないので、またパーティーは大好きになったが、やはり昔のように色んな領を巡り、パーティーに参加し続けるのは難しい。王都で開催されるもの。それも学園が休みであまり時間が遅くないものに限定されてしまうからだ。
セド様の言う通り、学生の本分は学業。
今はそちらに集中し、同年代の人たちとの交流を深めるべきだろう。
「そして、貴方は私の婚約者ですが、厳密に言えば今はまだ王家の一員ではありません」
「……はい。今はまだバルクリッドの娘です」
セド様の言葉に頷く。
なんだか冷たいような言葉だが、セド様の言っていることは事実だ。
私は婚約者ではあるけれど、正式な妻ではない。だから、周りの貴族からすれば私はバルクリッドの一員だ。
セド様との婚姻は卒業するまではしないことになっているから、それはもうしばらく続くはず。
学生のうちはそれぞれのことをしなさい、ということだ。
「ですから、貴方にこんなお願いをするのは心苦しいのですが、貴方の力を借りたい」
「……私の力、ですか?」
セド様が先ほど『お願いしたいことがある』と言っていたこと。
それは私の力を借りたいということ?
でも、私の力とはなんだろう。
考えるように二、三度、目を瞬かせると、セド様はゆっくりと言葉を続けた。
「南にあるバザム伯爵領をご存知ですか?」
「はい……。バザムは南にある領地ですね」
セド様の言葉に我が国リーグシナの地図を頭の中で思い描き、その場所を探す。
「バザムは我が国の南端に位置し、小国タルーニャと山脈を境として接しています。タルーニャは閉鎖的で、我が国で唯一交流を持っているのが、そちらの伯爵家だと」
セド様の婚約者になってから、心を失いたくなくて、必死に勉強してきた。
だから、頭の中にある国内の事情をさらえば、バザムのこともすぐに浮かんだ。
バザムは南にあるため、北寄りにある王都とは離れている。王都の西にあるバルクリッド領はバザムとはもっと遠い。
だから、たくさんのパーティーに出席していた私もバザムまでは足を延ばしていない。
それに、バザム伯爵自身もあまり領地を出ないため、私は会ったことがなかった。
「バザムは牧歌的な場所だと聞いています」
「はい。バザムは特になにかが産出されるような土地ではありません。領地の大きさとしても小さく、ただタルーニャとの緩衝材としての役目を期待されています」
そう。牧歌的と言えば聞こえはいいけれど、結局はあまり重要視されていない領地だ。
セド様の言う通り、小国タルーニャとやりとりだけが役目としてある。タルーニャはあまり友好的ではなく、バザム伯爵しか交流を持てていないのだ。
「タルーニャは我が国とは文化が違うと聞きました」
「はい。山脈の麓、森の中に住む民です。狩りをして生計を立て、神に祈り暮らしているようです」
リーグシナとはまるで違う。
私もまだ文字でしか呼んだことがないから、それがどんな暮らしなのかは想像することしかできない。
「タルーニャは特になにかを求めてくるわけではありません。諸外国との交流は好んでいないようですが、我が国としても間に高い山脈がある以上、特にどうにかしたいわけではない。ですから、全てをバザム伯爵に任せていました」
牧歌的なバザムと小国タルーニャ。
その関係は良くなろうと悪くなろうとどちらでもいい。
……たぶん、そんな判断だったのだろう。
でも、セド様がこの話を私にしているということはその『どちらでもいい』が崩れたということ。
その理由は――
「……タルーニャの山に宝石の鉱脈が発見されました」
「鉱脈が……」
セド様の眉間のしわがぎゅっと深くなる。
それに合わせるように私の声も低くなった。
鉱脈が見つかるのは素晴らしいことだ。その富により国は栄えるはず。
でも……。
「タルーニャはこれから変わります。……否応なく」
そう。それはこれまでのタルーニャの在り方を変えてしまう。
どこからも干渉されず、自分たちの暮らしを守り抜く。
鉱脈が見つかってしまった以上、それを続けていくのは難しい舵取りが要求されるだろう。
「幸いタルーニャの東と南は海。西は砂漠で、現在、交流ができているのは北を接する我が国だけ。けれど、他国がタルーニャの鉱脈に気づけばすぐにやってくるでしょう。鉱脈自体も問題ですが、陸地続きの南に他国の干渉が入るのは我が国としては避けたい。ですから、今のうちにタルーニャと交渉し、他国からの干渉を最小限にしたいのです」
セド様の真剣な眼差しに私も深く頷く。
タルーニャが小国として独立し続けてくれるのならいい。けれど、海を渡った国の飛び地にされたり、砂漠を越えた西の大国に併合されては困る。
「それでバザム伯爵の話になったのですね。……バザム伯爵はタルーニャといい関係を築いていると聞いております。タルーニャの意向を聞きながら、ともに歩めるといいですね」
タルーニャとの交渉がどうなるかはわからないが、こんなときにバザム伯爵がいれば心強いだろう。
だから、きっと大丈夫だろう、とセド様を見れば、その濃いブルーの目はいまだ厳しい色のままで……。
「バザム伯爵はタルーニャとの交渉を拒否しました」
その言葉に思わずはっと息を漏らすと、セド様は眉間にしわを寄せたまま話を続けた。
「……我が国こそがタルーニャを併合しようとしているのだろう、と」
その言葉にその可能性も瞬時に浮かび上がる。
そう。タルーニャから見れば、リーグシナも安心できる国ではない。
「……そうですね。我が国として一番利があるのは今まで不干渉だった南へ進出すること。鉱脈を全て抑え、タルーニャを領土とすることですね……」
「はい。武力で制してもいいのですが、外聞がよくない。ですから、なにも知らぬタルーニャに甘言をし、少しずつ我が国の民を増やす。タルーニャにはこれまでの生活を忘れさせ、ゆっくりとリーグシナとしていく」
……そうして残るのはリーグシナという大国だけ。
「……バザム伯爵は我が国がタルーニャに対して、そのような政策をうつと考えたようです。ですから、タルーニャの独立性を守る意味で、タルーニャとは交渉するつもりがない、と示しているのだと思います」
きっとそれはタルーニャと交流を続けてきたバザム伯爵だからこその思いなのだろう。
小さな領土の伯爵ができる強硬な訴え。
「……でも、その方法では」
ゆっくりとセド様を見る。
セド様の濃いブルーの目。それは憂慮を湛えていた。
「……このままではバザム伯爵は更迭されるでしょう。そして、交渉できるものを失ったタルーニャは我が国に併合される」
……バザム伯爵が避けたかったことが現実になってしまうのだ。
「――けれど、今ならまだ間に合う」
室内に落ちた暗い空気。
それをセド様が打ち払うかのようにしっかりと言葉を告げた。
「私はどちらも守りたい。もちろん、宝石は欲しいですが、それはタルーニャの利益を守った上で公正に取引がしたい。ですが、彼らは森の外から来たものを信じません。唯一がバザム伯爵です。彼を失いたくない」
セド様は第二王子として、守れるものをすべて守るつもりだ。
まだ学生で若い私たちにはできないことがたくさんある。
けれど、できるだけのことを。
「私はバザム伯爵と話しがしたいと思っています。彼が王都に来ないのならば、私が直接向かおう、と」
「……はい」
……かっこいい、と思う。
そんなセド様にいつも守られていた。
だから、セド様を見ていると、なんだか胸の中にじわじわと熱いものが広がっていって……。
「貴方について来て欲しい」
胸にそっと手を当てると、セド様がまっすぐに私を見る。
「バザム伯爵には王家への不信があるのだと思います。私も力を尽くしますが、貴方の力が必要です」
「……それはバルクリッドの力、ということですか?」
最初にセド様に言われてから、頭の隅でずっと考えていた。
私に力があるのなら。
それはやっぱり、バルクリッドの力だと思う。
でも、私の言葉にセド様は首を横に振った。
「いいえ。……貴方のダンスです」
「……ダンス?」
「バザム伯爵は二十年前に奥方を亡くし、社交界とは距離を置くようになりました。……ですが、それまではダンスの名手だったと聞いております。奥方がとてもダンスの好きな方でいらっしゃったと」
私の大好きな濃いブルーの目が細まる。
「貴方のダンスで、伯爵の心を溶かして欲しいのです」
――私の心と同じように。
セド様の言葉に胸の中がもっと熱くなって……。
「……はい。私も行きます」
一人掛けのソファから立ち上がる。
すると、セド様もつられるようにソファから身を起こし、嬉しそうに笑ってくれた。
「よろしくお願いします」
気品に満ちた優雅な礼。
その仕草も全部、全部……。
胸の熱さに突き動かされるように、足を動かす。
お茶の乗ったテーブルをさけて、反対側へと行けば、そこにいるのは私の婚約者。
「セド様……大好き」
だから、そのままぎゅうっと抱き付けば、セド様はうっと息を詰めた。






