いつも私を幸せにする
本日は三話更新しています
前話とその前「あなたの言葉が」「あなたの目が」から先にご覧ください。
セド視点です。
幼い頃。父母に付き添って、ある領地に行ったことがある。
そこは広大な森があり、上質な木材が取れる場所。
その森にはたくさんの生き物がおり、そこで私はとてもきれいな蝶を見た。
黒い羽に青い模様。
森の開けたところにある花畑で、光を浴びてきらきらと光っていた。
それは本当に美しい光景で……。
だから、思わず声に出してしまっていた。
――欲しい、と。
特になにか意味があったわけではない。
ただ、純粋にそのきれいな蝶を毎日見ることができればいい、と。
そして、その蝶は後日、献上品として送られてきた。
繊細な細工が施された虫かご。
その中できれいな蝶は小さな木の枝にじっとしがみついていた。
きっと、それはもう輸送の際に弱ってしまっていたのだろう。
一度も飛ぶ姿を見ないままに、その蝶は三日後に死んだ。
目覚めてすぐに虫かごを見に行くと、蝶はきれいな羽を閉じたまま、ぽとりと底に落ちていた。
そして、それを見た侍従は珍しい蝶だから標本にしようと言ったのだ。
蝶はそのままどこかへ連れていかれ、次に見た時は額縁に飾られていた。
腐らないよう、色あせないように処理され、きれいな形になるよう針を刺された蝶。
羽の色は私が好きな色そのままで、それはとても美しかった。
――だから、私は知った。
私はあの時、欲しい、というべきではなかった、と。
私が欲しいと思ったのは、たくさんの花を飛び回る蝶だったのに。
光を受けて、自由に飛び回る蝶だったのに。
蝶は死んだ。
美しい形のまま、もう私の欲しかった蝶には戻らない。
……王族に連なる私が望めば、それは叶ってしまう。
そこに蝶の意思などいらない。
私がやるべきことは蝶を守る事だった。
その生息地を守り、住民の理解を得て、保護することだったのだ。
自分の力を知った私は、自分の気持ちで行動するのをやめた。
誰かを好きだとか嫌いだとか。
そんなもので人の生き方を左右したくなかった。
ただ……守りたいと思う。
自分の力が届く限りのものを。
「セド様……」
新年の夜。
王宮ではそれを祝って、大規模なパーティーが開かれる。
目の前で私を見上げる彼女はそのきれいな青い髪をしっかりとまとめ、そこに銀色のティアラをつけていた。
……今、彼女の目が少しだけ曇っている理由はそれだ。
「……今日はあまりダンスができないかもしれません」
ほんの少しだけ眉尻を下げて、いつも共にいる者しかわからないぐらいにしょんぼりとしている。
きっと、ティアラが大きすぎて気になってしまうか、あまりしっかりとは止まっていないのだろう。
けれど、今日はそれをつけなければならない。
そのティアラは王から賜ったもので、今後王族に連なる者の証だから。
「頭の位置をキープしながらダンスをする訓練だと思えば、今日も楽しくなりませんか?」
「……ダンスの訓練」
私の言葉に、なるほど、と納得しているのがわかる。
彼女は本当にダンスが好きなのだ。
だから、今日もたくさんの人とダンスをするのだろう。
もちろんそれで構わない。
彼女はとても華がある。
人と話すことは少ないが、少し微笑んでいるだけで、見た者を感激させるものがあるのだ。
この国の外交に携わる者。
きっとこの美しさはこの国のためになる。
彼女がリーグシナの名を冠し、他国へ行くだけで、その国の国民はリーグシナの名を覚えるだろう。
事務的なことや諸事は他の者に任せればいい。
彼女はただそこにいるだけで意味があるのだから。
……どうしても、不安になる時がある。
彼女は本意ではなく、私のそばにいるのではないか、と。
心の優しい彼女は私のことを思い、それを言い出せないのではないか、と。
――そのティアラは彼女にとって邪魔なのではないか、と。
「……そうですね。これは陛下から賜った大切なものです。……セド様の婚約者の証」
彼女がふふっと笑う。
本当に嬉しそうに。
「それを思えば、ダンスをするのが怖くて……。でも、大切なものだからこそ、頭の位置をきちんと意識出来ていいかもしれません」
その笑顔に右手をぎゅっと握った。
……不安になる自分が恥ずかしい。
そのせいで彼女を傷つけた過去がある。
彼女が本当に好きな人の元へ行けるように、と思ってしまったことがある。
――もう、そんなことは起こさない。
もし、本当に彼女がそう思った時は、きちんと二人で話し合えばいい。
どうすればいいか相談し、二人で分かち合えばいい。
だから、彼女をまっすぐに見る。
そしてエスコートをするために左手を差し出せば、彼女はそれに手を乗せた。
彼女の手はやっぱり少し冷たくて……。
その手に触れる度に、いつも胸が音を鳴らす。
「今日もたくさんダンスをしましょう」
きらきらと輝く貴方を見ていたい。
「貴方の隣にいられること、誇りに思います」
まっすぐな貴方を。
ずっとずっと守っていく。
「だから貴方はどうか、そのままで」
それを告げて、歩き出そうとすると、なぜか彼女はぎゅっと私の手を引き寄せた。
「……セド様、大好き」
私の目をまっすぐに見る瞳が。
私を見て、嬉しそうに笑う瞳が。
胸にあふれてどうしようもなくなってしまう。
「私も貴方が好きです」
貴方が笑うことが嬉しい。
隣にいてくれることが本当に幸せだと思う。
「……セド様、大好き」
そんな私に貴方はまっすぐに言葉をくれる。
……惜しみなく、それを与えてくれるから。
「ずっと大好き」
そう言うと、彼女は私との距離を一気に縮めた。
背中に彼女の手が触れて、どうやら自分は抱き付かれている、とどこか遠くで頭が判断する。
「大好き」
彼女の黒い瞳が私を映す。
間近にあるそれを見ていると、本当に時間が止まっているようで……。
「……セド様、息を吸って下さい」
胸がいっぱいになって、息が止まってしまう。






