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あなたの目が

本日は三話更新しています。

前話「あなたの言葉が」からご覧ください。


プレーリー視点です。

「――きっと、ライラック様はアーノルド様を好きになったはずなのに」


 彼女はそれを言うと、ボロッと涙を零した。


「ライラック様がここにいることを知ってたんなら、悩んでいるライラック様に声をかけたらよかったんですっ。サーフィス様なんかより、アーノルド様のほうがよっぽどライラック様の心を掴めるんですから」


 そうして一度堰を切った言葉と思いは止まらないようで、抱え込んでいた膝を離し、一気に立ち上がった。


「それか、ライラック様が私に謝ってきた時にセド様よりも早く来ればよかったんです! ライラック様はここからまっすぐに私のところに来たはず。それを追いかけていたなら、セド様よりも早く来れたんじゃないんですか! 靴を拾ってる場合じゃないんですよ!」


 そう。私がライラック様の靴を拾ったのはその時だ。

よくわかったなあと感心していると、彼女は私との距離をぐぐっと詰めた。


「私が捨て身でこんなにお膳立てしたんですから、かっこよく颯爽と助けて下さいよ……!」


 そして、ぎゅうっと私の上着をつかんだ。


「アーノルド様がそんな風だったら、ライラック様が気づかないのだって当たり前です。だから、もっと攻めたらよかったんです!そうしたら、ライラック様だってアーノルド様に気づきます。気づいたら絶対好きになります。絶対に絶対です」


 ピンクグレーの髪を揺らして、彼女が何度も私の上着を引っ張る。

その言葉が真実なんだ、と何度も何度も。


「だって、アーノルド様が一番かっこいいです」


 突然、声が掠れる。


「私が見た中で……知っている異性の中で一番……」


 そして、ゆっくりと手を離した。


「……おかしいです。アーノルド様の思いが報われないなんて。……そんなのいやだ」


 立ったまま、腰の辺りでぎゅうと両手を握りしめ、じっと地面を見つめている。

それは、彼女がセド様とライラック様との間に騒動を起こした理由で……。


 ――彼女は私のことを思い、セド様とライラック様をどうにかして引き離そうとしていたのだ。


「初めはアーノルド様がちょうどよかったんです。……伯爵家の次男で頭もいい。私の家は子供が女しか生まれませんでした。私はその長女。だから、私の夫は子爵位を継げるって知ればすぐになびいてくれるはずでした」


 でも、全然ダメだった……と彼女は呟く。

そしてまた言葉を続けた。


「父は四人の娘の中で一番いい夫を連れてきた者が跡取りだって言ったんです。長女の私じゃない。四人で競わせて、いい夫を……子爵家のためになる人物を連れてきた者にするって」


 ……それは貴族の家ならば考えることかもしれない。

どうせ、男児がいないのだから、娘の婿で一番いい者を跡取りにしよう、と。


「女は全員敵です。いい夫を見つけなきゃいけないのに友情なんて邪魔なだけ。色んな異性と知り合って一番いい夫を探さないといけない。……そう思って、異性に気に入ってもらえるよう、ずっと考えてきました」


 確かに、彼女の容姿はかわいらしく、仕草も計算されているのがわかる。

それは彼女が自分の目的を果たすために、ずっと磨いていたものなのだろう。


「……でも、この学園に入ってみて、自分が狭い世界に生きてたんだって知りました。子爵なんてそんな偉くないんだなって。上にいる人たちがいるから、私たちが生きてるんだなって……」


 彼女が自分を落ち着かせるようにはぁと息を吐く。


「そうしたら、あんな田舎子爵領なんか継がなくてもいいやって思いました。芋しか特産品がないのに、馬鹿みたい」


 そこまで言うと、手を握りしめたまま、そのこげ茶色の目で私を見上げた。


「多分、そう思えたのもアーノルド様のおかげなんです。……アーノルド様はセド様や他の方と違って、爵位を継げるわけじゃない。今は伯爵家の次男だけど、それは今だけ。だから、私みたいなのに言い寄られたら、絶対に爵位になびくはずなのに、全然なびかないから」


 そして、困ったように眉根を寄せた。


「もしかして、私が必死になってるものってそんなに必要でもないのかなって思ったんです」


 小さな声。

でも、私に伝えようと必死に言葉を続けていく。


「……ただ自分の力を見つめて。それをおごることもなく、かといって卑屈になるわけでもなく、自分を使って自分の道を歩いてる。そんなアーノルド様を気づけば好きになっていたんです」


 ……まさか彼女がそんな風に私のことを見ているなんて知らなかった。

好きだという言葉やそういう態度ならいやというほどもらったが、彼女がこんなに自分を出しているのは初めて見る。

いつも計算された表情と計算された行動をするのが彼女だから。


「……そうしたら、思ってしまったんです。好きな人には幸せになってもらいたいなって」


 彼女はぎゅっと唇を噛み締めて、また地面にうつむく。


「アーノルド様はライラック様を見てるのに、なんでライラック様はアーノルド様を見てくれないんだろうって……そうしたら、セド様とライラック様のほころびが見えました。……私なら、このほころびを大きくできる。やってみようって」

「……行動力のある愚か者が一番厄介だと言いますが、その通りですね」


 ……本当に。

頭がいいのか悪いのか、非常に判断に困る。


「セド様はきっとあなたのそういう思いも全部わかっています。わかった上であなたが一人にならないよう、けれどライラック様に失礼にならないよう……。そして、私へも配慮しながらずっと行動していたんです。セド様はあなたのことも思って一緒にいたのに、セド様の気持ちを考えないなんて……」


 まるで小言のように出てきてしまうそれに我ながら溜息が出る。

何度も何度も彼女に伝えたが、結局無駄になってしまうそれ。


「だって、私が好きなのはアーノルド様だから」


 まっすぐなその答えに、またはあと溜息が出てしまう。

すると、彼女はじっと私を見上げた。


「セド様のことが大事なら、アーノルド様がもっと積極的に私を排除したらよかったんです」

「……そうしたら、あなたはそれをライラック様にアピールするんですね。セド様のためにがんばる私。それはライラック様のためでもある。秘めた思いを胸にがんばる私に惹かれていくライラック様。そんな私たちを見て、セド様がそっと身を引く。……そんな物語ですか」

「……すごいです。もしかして、恋愛の本、読んでますか?」


 彼女のあおりに物語の話を返せば、彼女は目をパチパチと瞬かせた。


「あなたは本当に行動力のある愚か者ですから、少しでもなにかあれば、あっという間に物語の登場人物にされてしまいます。ですから、絶対に登場しないように気を付けていたんです」

「……ちょっとでも出てきてくれたら、脇役からヒーローに抜擢したのに」


 残念と呟く彼女。


「……そんなあなたを利用した私も私ですが」


 そう。結局は私も彼女と同じ。


「あなたがライラック様と私をどうにかしたい、と思っていたことは知っています。だから、大きな騒動でなければ、起こしてくれてもかまわないと思いました」


 彼女の思いや計画を知っていても止めなかった。


「セド様とライラック様が少しよくない雰囲気で……。あなたが掻き回してくれれば、きっとすべてうまくいくと思いました。……セド様とライラック様ならきっと全部を守り抜く。あなたの思惑も含めて、全部いい方向にしてくれると」

「……ちょっと信頼が過剰ではないですか?」


 そんな私の言葉に彼女はボソリと呟く。

でも、私はそれににこっと笑って答えた。


「私はあなたのように行動した後ですから」


 今の彼女ならわかるだろう。


「セド様がいつも周りを気遣っています。それが第二王子として微妙な立場にいるセド様の生き方です」


 いろいろなことを考えすぎて、眉間のしわが取れなくなってしまって、一見近寄りがたい。

けれど、いつも冷静な目と温かい心で周りを見てくれている。

衝動的に動くことはないけれど、それでいいのだと思う。


「セド様はたくさんのものを守ってくれる。そして……ライラック様はすべてを変えてくれる」


 そんな二人が一緒にいるのだから、この信頼は決して過剰ではない。


「ライラック様の一言が。ライラック様のたった一つの行動が。世界を変えていくことを、いやと言うほど知っていますから」


 そう。本当にいやになる。

こちらがどんなに考えたって、あっという間に変えてしまう。

しかもそれは自分が計画していたことよりも、もっといいもので……。


「私はずっと報われています」


 ただの伯爵家の次男で。

恵まれた体躯を持っているわけではないし、魔力が高いわけでもない。

高貴な血筋も女性に好かれるような容姿があるわけでもない。


 普通。


 それが私だ。


 けれど、ライラック様は……。

あの日、あの庭でライラック様に会った時から、私はずっとライラック様に照らされ続けている。


 すごい、と無邪気に私に笑いかけてくれた。

私を見る度に少しだけ目尻を下げて、私を歓迎してくれた。

私を見る目にはいつも信頼があって、それに応えたかった。


 ――ライラック様の目に映る自分が誇らしかった。


 そして、そんな私にいつも変わらぬ心を向けてくれた。


「……もう、本当に。十分すぎるほどもらっているんですよ」


 本当に。

心からそう思う。


「私のことを言ってもよかったのに。あなたがどう言おうと私はライラック様にそんな思いを持っていないのだから」


 彼女はきっと、私がライラック様を思っているというのを隠したかったのだろう。

けれど、元々持っていないものなのだから、それを言われても私はまったく困らない。


「いやです。あんなところで言っても、アーノルド様が振られて終わりです。もっと成功率を上げてから告白しないと無駄死にです」

「だから、何度も言っていますが、そもそもの前提が間違ってますからね……」


 また溜息が出る。

すると彼女はぎゅうと強く両手を握った。


「……謝れば、ライラック様は許してしまう、それはいやです」


 ……それは彼女なりの反省なのだろう。

謝って許されて生きていくのではない。

悪役で、いやな女のままでいたいのだ。


「……ライラック様は最初からあなたを責めていないと思います」


 きっと。

ライラック様が責めているのはライラック様自身だけだろう。


 ……昔からずっと。


「もう二度目はないでしょう。セド様とライラック様はこの国にとって大事な方たちです」

「……わかっています。談話室に来たお二方を見て、これ以上は無駄だと悟りました。ほころびが結ばれてて、もう私が付け入る隙なんてなかった」


 声を低くした私の本気がわかったのだろう。

彼女も真剣に返した。


「そもそも騒動を大きくできたのはライラック様の言う『記憶』があったせいです。それにいろんな人の思惑が乗って上手く行っただけ。次はこんなことになる前にセド様やライラック様にあっという間に変えられてしまいます」


 彼女はきちんと現状を理解している。

そして、セド様やライラック様の力を知った。


「……サーフィス様も手伝ってくれないですし」


 さらに協力者もいなくなれば、同じようなことを起こすことはかなり難しいだろう。

未来のことは断定できない。

けれど、彼女が二人に害をなすことはないように思えた。


 そんな彼女には少しだけ涙の跡がある。

仕方なくハンカチを取り出すと、彼女は急いでそれを受け取った。

けれど、まったく涙を拭う様子がなくて……。


「もう、返しませんから」

「ええ」

「……代わりに新しいのを贈ります」

「いりません」

「一緒にお店に選びに行きましょう」

「行きません」

「じゃあ、私が選んだのに刺繍をして送ります」


 断るほどに重くなる。


 こんな騒動を起こして、自分の身を危険にさらして、それを私に利用された。

それでも、その気持ちは変わらないのか……。


「やった、アーノルド様のハンカチ」


 小さく嬉しそうに呟く彼女に、もう溜息しか出ない。

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