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あなたの言葉が

プレーリー視点です

 幼い時、バルクリッド侯爵の屋敷に行った。

そして、庭を散策していた私を見つけて、きらきらと笑ってくれたライラック様。

次に会った時に、まったく変わってしまっていたけれど、きっとそれはライラック様が言うところの『記憶』というもののせいだったのだろう。


 それはまっすぐなライラック様にはとてもショックなことだったのだと思う。

自分の人生が誰かの添え物でしかない。

それも、みんなに嫌われる悪役。


 ……でも、そんな中でも、いつもライラック様はまっすぐだった。


 きちんとした令嬢になろうと努力もされ、自分の力についてもいつも考えていた。

そんな窮屈な世界でも、ダンスをすれば、きらきらと輝く。


 そして、そんなライラック様が涙を流していた。

人を寄せ付けないようにしていたライラック様がぽろぽろと流す涙はとてもきれいで……。


 だから、勝手に私の胸も熱くなるのだ。


 本当に良かった、と――。





 談話室での話も終え、一人、旧校舎への道を登っていく。

……今日、ここに登るのは二度目だ。

そして、大きな木の下へと行くと、そこにはフローラル嬢が膝を抱えて座り込んでいた。

ピンクグレーの髪が風にふわりとなびいている。


「何をしてるんですか?」


 明らかに不自然な場所にいる彼女に仕方なく声をかけた。

すると、彼女はちらりと私を見た後、すぐに目線を戻す。


「……風を感じています」


 そして、出てくるのは意味不明な答え。

それにはぁと聞こえるように溜息をつくと、彼女はすねたように私を見上げた。


「女の子が落ち込んでいそうな時はそっと横に座って寄り添ってください。なんですか、その微妙な距離。しかも立ったままって」


 こっちに座って下さいと言う彼女の言葉は聞こえなかったことにして、そのまま目線を外す。

すると、もうっと小さく怒った後、じっと大きな木のほうを見た。


「……ライラック様、この木を登ったらしいですよ」

「そうですか」

「この木を登れば、私もライラック様になれないかなぁと思って来てみたんですけど。……木が大きすぎてびっくりしました。これをスイスイと登るなんて、それは無理だなって諦めたところです」

「……ライラック様はダンスをするために鍛えていらっしゃいますから」


 彼女の言葉に少し驚く。

まさか、自分も登ろうとするなんて……。


 こんな高い木に女の子が登るなんて無茶だ。

けれど、彼女は変なところで行動力がありすぎるから、あながちありえないことではない。

だから、ライラック様が特別だということを遠回しに伝えると、彼女はムッと眉を顰めて、私を見上げた。


「アーノルド様のことだから、ライラック様が木に登っているのもご覧になったんですよね?」


 疑問符がついているくせに断定している質問。

その質問に困ったように眉尻を下げて、何を言っているかわからないと首を傾げると、彼女はふんっと鼻を鳴らした。


「わかってますよ、サーフィス様に聞きましたから。アーノルド様はセド様と話して、サーフィス様を見張っていたんだろうって。だから、きっとここでしたライラック様とサーフィス様の会話も聞いているはずだって」


 ……そこまで知っているなら、わざわざ私に聞く必要なんてないのに。

でも、それを肯定する必要もないから、また困ったように微笑んでおく。


「今も私が心配で来たわけじゃない。私とサーフィス様がこれからどうするのか、とか、私がこれ以上何もしないように、とかの通告をしに来たんですよね」


 そこまで言うと、彼女はロマンスのかけらもない、と溜息をついた。

そして、私から目の前に広がる光景に視線を移す。


 ……こうして会話をすればすぐにわかる。

彼女はとても頭がいい。


「……もう、これで終わりにしてください。今回のことだってかなりぎりぎりの行為です。セド様とライラック様が優しいから、たったこれだけのことで終わったんです。そんな二人の優しさに付け入ろうとすれば、それを守ろうとする人に消されます。そんなことになれば悲しむのはセド様とライラック様です」


 そう。セド様とライラック様が許しても、他が許すとは限らない。

そして、彼女ならそれぐらいわかっているはずだ。


「わかってます。セド様は男性に人気ですしね。同性人気のない私の唯一の取り柄である異性人気まで無くなったら、嫁ぎ先もなくなっちゃいますし。そもそも次に騒動を起こしたら、あの男爵家の養女に刺されそうです」


 冗談みたいな口調で、ふふと笑いながら話す。

いつもの彼女の口調そのままだが、それはなぜか失敗したようで、ぎゅうっと唇を噛み締めた。


「……そうしたら、ライラック様はすごく悲しみますね」


 ぼそりと呟いて、そのまま口を閉じる。

そして、よく話す彼女にしては珍しく、ただ無言でじっと景色を見た。


「……世界が違う」


 小さな声が風に溶けていく。


「私、全然敵わなかったです。一生懸命考えて、めんどくさそうな人の手も借りて……自分の身を捨てるぐらいぎりぎりを渡って、なんとかこじ開けてやろうって思ってたのに。……ライラック様に全部変えられてしまいました」


 その言葉からは、なんだか懐かしい光景が思い出されて……。


 それは私が将軍の子息を陥れようとしていた時のこと。

今の彼女のようにうまく物事を運んだつもりだった。

けれど、ライラック様はそんな私の思惑なんて軽く吹き飛ばしてしまった。


「謝罪なんてずるい。……そんなのされたらどうしようもできないじゃないですか」

「……私の時はテラスの扉を開けて、ダンスを断っただけでしたよ」


 口を尖らせる彼女に、私自身の経験もそっと乗せる。

すると彼女は不思議そうに私を見上げた。


「私もいろいろと計画を立てるほうですから。あなたが感じたことはかなり前に体験しています」


 そんな彼女にふふっと笑う。

『世界が違う』

そう。まさにそんな風だった。


「そうやってこちらの計画を簡単に壊していって……。でも、そばに寄り添ってくれる」


 私が言葉を続ければ、彼女も思うことがあるのだろう。

急いで私から視線をそらして、ぼそぼそと呟いた。


「……ライラック様は一度も私のことを責めませんでした。私の計画は上手くいかなかった。……けれど、本当の理由だけは教えない、って意地になって……。ライラック様はそんな私に気づいたようだったのに、理由を聞くこともありませんでした」


 彼女の言葉にあの時のライラック様の横顔が思い浮かぶ。

凛とした顔で星を見つめていた。

少しだけ濡れた瞳はきらきらと輝いていて……。


 ライラック様はあの時だって誰かのことを責めることはなかった。

私に理由を聞くこともなかった。

ただ一生懸命に私のいいところをあげて……そして、一緒にいてくれた。


 多分、あの話し合いの間、彼女はずっとそれを感じていただろう。

リーラ嬢やペティ嬢をあおるようなことを言い、ライラック様を悪役だと言い放った。

そして、決して謝らなかった。


 けれど、ライラック様はそんな彼女さえも責めることはなくて……。

彼女の理由を無理やり暴いたりしない。

彼女が守りたい思いをずっと最後まで尊重していた。


「……サーフィス様はもうライラック様のことをどうにかしようとはしないそうです」

「そうですか」

「はい。よくわかんないんですけど、『名前を覚えてくれているならそれでいい』ですって。さっき話を聞いたんですけど、なんだか変な感じで、ちょっと引いてしまいました。初恋をこじらせるとこうなっちゃうんだなって」


 初恋。

宰相の子息であるサーフィス様に似合わない言葉に笑いそうになってしまう。

けれど、確かにサーフィス様がライラック様に抱いた気持ちは、そういう思いだったのかもしれない。

色んなものを見てきた彼女がサーフィス様を観察して、それが最も近い感情だ、と判断したのだろう。


 確かにそうかもしれない。

あの日、サーフィス様はテラスに来る前のライラック様を見ていたはずだ。

それが印象に残って、そんな風になってしまったのだろう。


「……それで、ライラック様とサーフィス様は木の上でどんな話をしたんですか?」


 聞いていたんですよね? と私を見上げる彼女に少しだけ視線を送る。

そして、ゆっくりと息を吐いた。


「そうですね。……ライラック様らしい話でした」

「……なんですか、それ」


 呆れたようなその声に思わず笑ってしまう。

でも、それが一番しっくりくる。


 木の上でも凛と立ちあがったライラック様。

サーフィス様の手を取らず、器用に木を下りていった。

それでも、引き止めるサーフィス様にライラック様は笑って言ったのだ。


『友達は助けなきゃ』


 その笑顔が。

その言葉が。


 胸に響いた。


 私に言われたわけでもないそれが、あの時のライラック様に重なって見えたから。

……きっと、そんな気持ちで、私を助けようとしてくれたんだと思うから。


 そんな私をキッと彼女が睨む。


「……なんで助けに来てくれなかったんですか」


 責めるような、怒っているようなそんな声。

それは先ほど談話室で話していたことの続きのような言葉だ。


「結構うまくいってたんです。……後はアーノルド様が助けに来てくれれば……そうしたら……」


 けれど、必死で私を見上げる目はどこか悲しそうで……。


「――きっと、ライラック様はアーノルド様を好きになったはずなのに」

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