悪役令嬢は
本日は二話投稿しています。
前話「私の秘密は」を先にご覧ください。
セド様が示したのは茶色い髪を器用に編み込んだウィロー様。
ウィロー様を見ると、ウィロー様はどこかぎこちなく微笑んだ。
「……ウィロー様ですか?」
「はい。彼は素朴な少年だったのですが、貴方に出会って運命が変わった、といつも言っています」
素朴な少年?
セド様の言葉にウィロー様を見つめて、過去に出会った人を思い出してみる。
すると、なんとなく思い浮かんできて……。
「……もしかして、パーティーで一度だけお話させて頂いたことがありますか?」
「っそうです!」
「あの、茶色い髪を丸く整えられていて、二人でお話ししましたよね」
「はい! あのダサい田舎貴族のぼんぼんです!」
どこか緊張したように私を見返していたウィロー様の顔がパッと明るくなる。
そして、嬉しそうに破顔した。
「あの時の俺は本当にダサくてモサくて……。流行りなどわからなくて、母が用意したものを着ていただけ。もちろん女性には相手にされませんでした。けれどあの日、ライラック様が俺に声をかけてくれました」
それはエミリーにアドバイスを受けて、婚約者を決めればダンスができる! とはりきっていた時のパーティー。
父に相談して、初めてこちらから声をかけて一緒に話をした男の子。
プレーリーみたいな素朴さがなんだか落ち着く感じだった。
……でも、今のウィロー様にはそんな面影が一切ない。
「……見違えました」
本当に。
ただただ驚いてウィロー様を見ると、ウィロー様は人懐っこい笑顔で応える。
「はい。あの日から世界が変わりました。ライラック様が声をかけた人はどんな人だろうって、異性の間で噂になったようです。そのうちに流行りやモテる恰好というのもわかってきて、どんどん変えて行きました。そうすると、もっと女性が寄ってきて、もう楽しくて」
……なるほど。
そして、こうして立派な軟派な男性になってしまったのか。
「俺は確かにライラック様の記憶通りの人物になったかもしれません。それはライラック様に出会ったから。けれど、俺はライラック様に出会えて本当に良かった」
知らないうちにウィロー様の人生を変えてしまったのだとすると、やっぱりこわい。
けれど、ウィロー様はそんな私の悩みを簡単に吹き飛ばしていく。
「もっと早くお話したかったのですが、俺のことを避けているようだし、俺も評判が悪いからしかたないな、と思っていました」
そして、悪戯っぽく目を輝かせた。
「でも、さきほどのライラック様の言葉を借りれば、避けていたのは今の俺ではなく、記憶の俺なんですよね?」
「……はい。きっとウィロー様のことも傷つけてしまう。そして、嫌われていくのが怖かったのです」
「全然、嫌いじゃないです! むしろす――」
「僕も! 僕も全然嫌いじゃないから!」
ウィロー様の言葉の途中で、シェーズ様が突然席を立ち、大きい声を出す。
びっくりしてそちらを見れば、シェーズ様がフードを外し、黒い髪にサッと手を振った。
その途端に黒かった髪が銀色に輝きだす。
「さっき、僕のことを傷つけたって言ったけど、全然傷ついてないよ! むしろ、ダンスとか社交も少しがんばろうって思ってやる気になったし!」
机に両手を置き、前のめりになるシェーズ様。
けれど、そこまで言うと、ぎゅっと眉根を寄せて俯いてしまった。
「でも、思い返してみたら僕は君に失礼なことばかりしてたなって……。それに魔素酔いなんてすごくかっこわるかったし……」
ぼそぼそと呟いて、両手で顔を隠す。
なんだかその仕草が懐かしくて……。
「シェーズ様は格好悪くないです。……さかなみたいで素敵です」
思わず、あの時みたいによくわからない褒め言葉を言ってしまう。
けれど、シェーズ様はそんな私に一瞬目を大きくした後、くすぐったそうに笑った。
「ありがとう、なんだか懐かしい……」
そして、恥ずかしそうにした後、椅子に座る。
すると、じっと私を見ていたローワン様が低く言葉を発した。
「私はあなたに謝罪をしなくてはいけない」
その黄金色の目はまっすぐに私を見ていて……。
けれど、ローワン様に謝罪される理由がわからない。
謝るのなら私のはず。
「私とのことについて、あなたが自分を責める必要などありません」
戸惑っている私に、それでもローワン様は目を反らさない。
「私は驕っていました。自分は強いと思い込み、私にふさわしいのはあなただけだ、と思っていた。……そんな私をあなたは強いと言ってくれました。そして、そこにいるアーノルドやサーフィス様の企みから私を守ってくれました」
低いその声は淡々と事実を述べているように言葉を続けた。
けれど、そんないいものじゃなかったはずだ。
私はプレーリーが痛い思いをするのがいやで、上手く処理できなくて。ローワン様を傷つけてしまっただけ……。
けれど、その厳しい黄金色の目がふって柔らかく細まった。
「あの日からずっとあなたに励まされ続けている。強い自分でありたい、と努力をする時、いつもあなたのまっすぐな目を思い出します。……その目に映る自分が、もう二度と情けない自分にならないように」
その目を見ていると、いっぱいっぱいになっていた胸にもっと色んな思いがあふれてくる。
私のせいでうまくいかないこともいっぱいあったはずなのに……。
それでも、私のせいにすることなく、ずっと努力を続けていたんだろう。
どうせ嫌われてるって私はローワン様を避けていたのに。
それでも、ローワン様は私のことを嫌っていたわけではなくて……。
胸が痛いのか苦しいのか。
なんだか、よくわからない。
ただ自分ではどうにもできないぐらい、勝手に思いが膨らんでいく。
「夢見の力まであるなんて、さすがライラック様です」
「悪役の、はず、ないです」
そんな私の左手をリーラがそっと引き寄せる。
ペティは相変わらず泣いたままだったけど、身を乗り出して、私とリーラの手をぎゅっと握ってくれた。
「そうですね。まったく悪役らしさないです。配役ミスにもほどがありますね」
フローラル様がないない、と可愛く首を横に振る。
その横には窓からの光を受けて、嬉しそうに笑うプレーリーがいて……。
「私はずっとライラック様を見てきました。ライラック様が悪役だったことなど一度もありません」
いつもみたいに穏やかに笑ってくれるから。
ぼんやり顔で、当たり前みたいに断言してくれるから。
……目が熱い。
その熱さのせいで、もっと胸がいっぱいになっていく。
すると、セド様がそっと私の右手を握った。
「貴方はこの国の宝石です。貴方の輝きに人は知らず知らずに影響を受ける。それは貴方の望むところではないかもしれない。貴方はただダンスがしたいだけで、宝石箱にしまわれて、厳重に鍵をかけられるのは望んではいないのだから」
そして、濃いブルーの目で私をまっすぐに見てくれる。
「私が貴方の世界を守ります」
その声は優しくて……。
「貴方が望まない影響は最小限に抑え、貴方が自由に飛び回れる世界を作ります」
……でも、それってきっと大変なことだ。
私には何もさせずに、小さな世界に閉じ込めておく方が簡単なはず。
「貴方がずっと輝き続けられるよう」
なのに、セド様はいつも私に大きな世界をくれる。
それは出会った時から。
もっと自由に踊りたいって思った時、狭い隙間を縫って、中央まで連れて行ってくれた。
ダンスができなくて落ち込んでいる時、私のダンスが好きだって、ダンスがしたいって言ってくれた。
テラスでダンスをした時、もっとできるってセド様を見つめれば、まだできますって応えてくれた。
セド様が好きだって思った時、まっすぐに私を見て、プロポーズしてくれた。
そして今も。
どうせ悪役令嬢なんだって、いじけていた私をこんなところまで連れて来てくれた。
「貴方がずっと楽しくダンスができるように」
大好きな濃いブルーの目が優しく細まる。
いつもある眉間のしわも今は柔らかく解けていて……。
……どうしよう。
私、全然悪役令嬢なんかじゃない。
――愛されている証拠ばかりが出てくる。
なんだかおかしい。
嬉しいはずなのに、勝手に目から熱いのがこぼれてくる。
「わ、たしは……」
涙はこぼさないって決めたのに。
「みんなと、いっしょに、いたい」
悪役令嬢だって知った十歳の時から。
涙をこぼすのはもうしないって決めたのに。
「ダンスがし、たい、です」
だって、両手が温かいから。
繋がれた手が温かいから。
「ダンスが、したい」
勝手にあふれてくるのが止められない。






