社交界デビューは
私の十二歳の誕生日。
社交界デビューに向けての準備はなかなか大変なものだった。
その日が来る事は生まれた時からわかっていたので、準備はかなり早く始めている。
それでもやはり、その日は特別で……。
用意されたドレスはバルクリッドの娘として恥ずかしくない、高級な布地が使用され、刺繍と共に、たくさんの宝石が縫い付けられている。
更に、胸元を飾るネックレスにはバルクリッドが隣国を通して手に入れた交易品。
この国ではバルクリッドしか手に入れられないような深いブルーが美しい大粒の宝石で……。
お父さまが私のために用意してくれたと思うと嬉しくて、思いっきり抱き付いてしまった。
そして、ついに誕生日パーティー当日。
待ちに待った私の社交界デビューの日だ。
この日のために用意されたドレスを着て、アクセサリーを身に着ける。
濃いブルーの髪をきっちりと結い上げれば、鏡に映る私は幼いながらも、立派な淑女に見えた。
「お嬢様、お綺麗です」
エミリーが鏡に映った私を見て、ほぅと溜息を漏らす。
周りの侍女のみんなも優しい顔で私を見てくれるので、胸はドキドキとうるさいぐらいに鳴っていたが、きちんと淑女らしく微笑みを浮かべる事ができた。
「この日に向けて、たくさん準備してきましたから」
そう。記憶を思い出してから、精いっぱい努力してきた。
思った事をすぐに話してしまう事やあまり頭の回転がよくない事は直そうと思ってもなかなか難しくて……。
結果、よくわからない時は微笑みでかわすよう、マナーの先生に叩きこまれた。
姿勢を正し、表情を変えないように努めれば、なんとかなる、との事だ。
心の中の声は止められないが、まあ、それは問題ないだろう。
言わなければわからない。これ重要。
鏡の中にもう一度微笑む。
鏡の中では濃いブルーの髪をきっちり結い、キリッとつり上がった黒い瞳の少女が冷たい微笑みを浮かべていた。
……悪役。
「では、行きましょう」
明らかに悪い顔をしていたが、見なかった事にして立ち上がる。
そうして、侍女が開けてくれた扉から出て、ホールへと向かった。
我が家には王城ほど大きくはないが、きちんとしたパーティーホールがある。
この日のためにお父さまやお母さま、家の者が準備をしてくれ、それはもう華々しくスタートした。
たくさんの来客、おいしそうな料理。それをきらびやかなシャンデリアが照らしている。
お父さまの挨拶が終わり、私からも挨拶をする。
バルクリッドの娘がどんなものか、皆が品定めをしているのはわかったが、これまで必死に勉強をしたおかげか、特に問題もなくそれを終えた。
まあ、一つ問題があるとしたら、私の顔が明らかに悪役である、というその点だろうか。
薄いブルーから濃いブルーに変わるグラデーションが美しいドレスさえも悪役に花を添えている。
……悪役顔の血筋って怖い。
そして、挨拶が終わると、ついに待っていた!
ダンスの時間である。
今日、この日のためにたくさんの努力があったのだと思うと、胸にこみ上げるものがある。
社交界デビューのパートナーは婚約者がいる者はその人と一緒に踊るのだが、婚約者のいない私は兄と踊ることになった。
正直、変な感じだ。
兄とは仲が良くも悪くもない。なんというか、それ以上でもそれ以下でもないというか……。
それに、四つ上の兄は十六歳。もうかなり背も高く、ホールドが難しいのだ。
とにかく、今日のパーティーの主役は私なので、一番初めに踊らなくてはならない。
私と兄がダンスホールへ出ると、何組かがそれに倣い、ダンスホールへと出る。
お互いに挨拶をしてホールドへ。
そして、一度目を瞑り、ゆっくりと兄を見た。
あなたが私のすべてです。
あなたが私の主役です。
いつもの呪文を心で呟いて、踊りが始まる。
後はもう、楽しく音に合わせるだけだ。
音楽に合わせて足を動かし、カウント2でライズする。
兄だって、小さい私とは踊りにくいはずだが、極力ホールドを上げないようにしながらライズしてくれた。
ああ。
本当にダンスって楽しい。
兄の目には私しかいない。
私の目には兄しかいない。
それが本当に嬉しくて、顔が勝手に笑ってしまう。
兄と仲がいいとか悪いとかどうでもいい。
だって、今は私と兄だけ。
音に合わせて、体を動かせば、この世界は私と一緒に動いていく。
しかし、楽しい時間はあっという間で……。
そうして、曲が終わり、私と兄は離れて礼をした。
すると、周りからワッと歓声が響く。
どうやらそれは私と兄に対しての物だったようで、私と兄は顔を見合わせた。
兄が私の手を取り、ダンスホールから出ると、即座に人に囲まれる。
「素敵でした。まるで花が咲いたようです」
「天使かと見違えました」
「その深いブルーの髪も夜の闇のようで……」
取り囲んでいた人たちがこちらに賞賛の言葉をたくさんかけてくれる。
ふと隣を見れば、兄もたくさんの令嬢に囲まれ、同じように賞賛を浴びていた。
もちろん、すべてが裏の無い言葉ではないだろう。
バルクリッドの娘に取り入りたくて、必死で褒め言葉を並べているのかもしれない。
それでも……。
私は嬉しい。
みんなが私を見てくれる。
私が主役だと、褒めてくれる。
私が大好きなダンス。
それがあれば、私だって主役になれるんだ。
私は嬉しくて、たくさん踊った。
色んな人がダンスに誘ってくれ、それらすべてに頷く。
上手い人も下手な人も、多少の年の差も気にしない。美醜も家格もなんのその。
本当に誰でも良かったのだ。
だって、踊り出せば、その人が私のヒーローなのだから。
「ライラック様はダンスがとてもお上手ですね」
白髪交じりの男の人が小さく微笑んで私に声をかけてくれる。
さすが年の功というだけあって、小さな私に合わせて踊ってくれているこの人はとてもダンスが上手なのだと思う。
しっかりとしたホールドで私が踊るための枠がきちんとあるのだ。
そんな人に褒めてもらえたのが嬉しくて、そんな人と踊っているのが楽しくて……。
うまい返事ができない私はその幸せな気持ちを乗せて、笑顔で答えた。
悪役顔のとびっきりの笑顔なんていらないかもしれないけど、私にできるのはこれくらいしかないから。
そうして、曲が終わればまた次の人。
本来なら会話を楽しんだり、料理を食べたりしないといけないのだと思う。
けれど、私は踊り続けた。
社交界に出れば、これをずっと続けられる。
「なんて幸せ……」
記憶を思い出して良かった。
ダンスに出会えてよかった。
パーティーが終わり、着替えも終えた後、ベッドに潜りこんだ。
踊り疲れて、早く眠れると思ったのに、なんだか楽しかった事が勝手に頭の中をめぐり、なかなか寝付けない。
ベッドの上で一人、夢のような時を思い出していた。
ホールド→ダンスをする際の上半身の姿勢の事
ライズ→体を引き上げる事






