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本当に許せないのは

「故意にライラック様の御心を乱したと言っているのに……これで終わったら、あの女は何も変わらないじゃないですか……」


 ペティが奥歯を噛み締める。

そんなペティの言葉にフローラル様はこてんとかわいらしく首を傾けた。


「うーん、まあそうですね。そもそも私に好意的な同性の方なんていらっしゃらないし、騒動起こしたことで避けられても、今更ですよね」


 そして、楽しそうに言葉を続ける。


「貴族の女性の未来なんて結局は誰に嫁ぐかってことです。私はアーノルド様がいいんですけど、ダメでも貴族と縁を結びたがってるどこかの商人でもたぶらかせばいいだけですしね」


 ふわふわと笑う顔はとてもかわいくて……。

確かに、フローラル様ならば貴族は無理でも、お金のある庶民であれば射止めることができるかもしれない。

そうなれば、今回の事が原因となってフローラル様がなにか不利益を被る事は少ない。

この騒動を大きくしたのがフローラル様だとしても、それさえも逆手にとって、うまくこの世界を渡り歩いて行くのだろう。


「……私はいやです……だって、あの女はライラック様に謝ってない……それなのに、ライラック様があんな場所で……」


 今まで俯いていたペティが顔を上げる。

私を一心に見つめる顔は、今にも泣きそうで……。


「私のせいですよね……」


 ペティの声が震える。


「私の行為とあの女の行為を比べて……私のほうが責任が重いから、あの女を責めることができない」


 その声はしっかりと現状を認識していた。

ペティが言っているのは、フローラル様が何度も引き合いに出していた話。

責任が重いのはどっちですか? と。

フローラル様を責めるのであればペティも責められるべきなのだ。


「セド様が『誰かを責めるための話し合いではない』とおっしゃいました。それに守られているのはあの女ではなく……私」


 ペティがぎゅっと唇を噛む。

そして、私から視線を外し、その場に座っている人の顔を見回した。


「ライラック様とセド様は私を責めない。リーラ様も他のみなさまも……誰も私を責めない」


 ペティの目は苦しい、と言っている。

誰でもいいから責めて欲しい……と。


「私はそんなことをしてもらえる存在ではないのに……」


 それだけ言うと、ペティはもう一度私を見る。

その瞳は濡れて、ゆらゆらと揺れていた。


「きれいな人が……優しい人が損をする世界なんていやです」


 その言葉は掠れていて……。


「きれいな人はきれいな人たちと生きていくべきです……そこに汚いものはいらない」


 けれど、しっかりと私を見つめていた。


「ライラック様。私がライラック様のそばにいたのは、すべて自分のためです」


 そこまで言うと、ペティは椅子から立ち上がり、私の元へと歩いてくる。

ペティのその決意の籠った瞳に促されるように、机からペティへと向き直れば、ペティはその場に両膝をついた。

そして、私の手を取り、ペティの額へと当てる。


 これは、私が先ほどフローラル様にとった姿勢だ。

礼を尽くして、謝罪をするためのもの。

私が椅子に座っているから、立ったまま腰を屈めるのではなく、床に両膝をついたのだろう。


「私は男爵家の妾の子です。認知もされず、市井で生きていた平民の子です」


 ペティが言葉を続けていく。


「そんな私が養女とされ、ここにいるのは、男爵家がライラック様と縁を持とうとしたからです」


 それはペティが私のそばにいてくれた理由の話で……。


「同性で同じ年、ごくわずかですが魔素が扱えたため、ライラック様に近づくよう言われて、ここにいるのです」


 それはまるで懺悔のよう。


「実の娘であれば、ライラック様に近づき、不興を買うのが怖い。けれど、私であればなにかあったとしても、私を切ればいいだけ。私はただの養女で男爵家とは関係ない、と元通り、市井の帰せばいいだろう、と」


 そうして聞かされたペティの身の上話はお世辞にもいい話だとは言えない。

ペティは切り捨てられるのが前提で、この学園に来ている。


「だから、ライラック様が人を嫌うように、あまり反応を返さなくても、なにかをしてくれるような素振りがなくても……そばにいることがデメリットしかなくても……それでも、私はライラック様のそばにいるしかなかった」


 ……実際、たくさんの人が私と少しだけ話し、そして離れていった。


 そばにいて不興を買えば、消される。

かといって、そばにいることでなにか利益をもたらすわけでもない。


 そんな私と一緒にいたペティ。


 ……それは理由があったから。

ペティはただそこにいるしかなかっただけなのだ。


「最初は怖くて……きっと、私なんかすぐにライラック様の不興を買って、この学園からいなくなるんだろうってどこか諦めていました。男爵家の養女なんて身分が違いすぎるから。……それなのに……」


 ペティの手にぎゅっと力が入る。

けれど、ペティはそんな自分をなだめるように一度息を吐いた後、また言葉を続けた。


「ライラック様……私は汚い身の上です。ライラック様とは世界が違うのです」


 ペティの言葉が痛い。


「あの女がなにかたくらんでいることを知って、私はようやく自分の役割がわかりました。宰相の子息であるサーフィス様に言われたのです。『ライラック様は優しすぎて我慢をしてしまうだろう』って。『私たちにできることはあるでしょうか?』って」


 それは先ほど、サーフィス様が私に話していたことだ。

リーラやペティをあおって、フローラル様へけしかけたのだ、と。

そして、フローラル様もサーフィス様が協力者だ、と言っていた。


「私にもできること。……それはあの女と一緒に消えること。私なんかがライラック様にできることなんてそれぐらいしかない」


 二人は気づいていたのだろう。

ペティが持っていた気持ち。

それをうまく使えば、ペティが自らを消すために、フローラル様を使おうとするだろう、と。

そうして、ペティの気持ちを刺激し、騒ぎが大きくなるように仕向けたのだ。


「あの女は信じているって言いました……ライラック様はそんなことをする方じゃないって……。そうですよね……。ライラック様は私を切り捨てたりしない。……わかってたはずなのに……。でも、なんとかしなきゃって……私は消えなきゃいけないんだって……。あの女も一緒に消えれば、ライラック様の世界から汚いものはなくなるからって……」

 

 ……ペティはフローラル様のことを『あの女』と呼ぶ。

許せないのだ、と。

責められるべきなのだ、と。 


 でも、ペティが一番許せないのは――


「もう、私……どうしたら……」


 ――自分自身。


「ライラック様にあんなことをさせてしまって……。いつも凛として美しくて……。それなのに……どう償えば……あんな風にライラック様を傷つけてしまった。私なんかのせいで、ライラック様が……っ」


 ペティの目からぼろぼろと涙が零れる。


 ……きっと、ずっとずっと苦しんでいたんだ。

自分を消したくて……。

だけど、ペティにはそんな自由もなくて……。


 だから、ちょうどよく現れたフローラル様に嫌がらせをすることにした。

きっと、ペティはそれが周囲に知られても構わなかったのだろう。

自分のことなどどうでもよかったのだ。

ただ、私が悩んでいるのなら、その悩みの元と一緒に消えようって……。


「ペティ……」


 ずっと床に両膝をついているペティ。

そんなペティに近づくために、私も椅子から腰を浮かせて、ペティのすぐ前に両膝をついた。


「な、んで」


 そんな私の行動にペティがびっくりしたように額をつけていた私の手から顔を上げる。

思わず離れそうになったペティの手を引き止めて、その手を胸の前でぎゅっと握った。


「ペティの気持ちをもっと早く聞けばよかった」


 濡れたペティの目はまんまるで……。

その目を見ていると、私の目も勝手に熱くなった。


「一人で秘密を抱えているのは苦しくなかったですか? 私やリーラと世界が違うなんて……そう思う度に寂しくなりませんでしたか?」


 まっすぐペティの目を見る。

すると、ペティの目からは雫があふれてきて……。

だけど、ペティはそれを嫌がるように首を振った。

そのせいで、絨毯にポトポトと雫の跡がついていく。


「……っもう、いいんです……もうっ、十分ですから……。こんなきれいな世界に私はふさわしくないんですっ……」


 ペティはずっとそれを言っている。

きれいな世界にペティはふさわしくない、と。

……けれど、私の世界はそんなにすごいものだっただろうか。


「ペティ……ペティは私がどんな世界になればいいと思っているか知っていますか?」


 それは、私自身がずっと忘れていたこと。

セド様と婚約して、どうせ自分は悪役なんだって卑屈になっていった。

そして、フローラル様に勝手に嫉妬して……。


「私は、毎日ダンスができればそれでいいです」


 そう。私の世界なんてそれだけでよかったんだ。


「できるだけ人と会話をしたくない。社交での腹の探りあいも得意ではありません。きれいな花のドレスは思いっきり踊れないから好きではないです」


 やりたくないことを挙げていけば、たくさんある。


「フローラル様のことも、ペティのことも。責めようと思えば簡単です。でも、その後がいやなんです」


 即断即決はするなと言われてきた。

困ったときは悪役顔の微笑みでかわしてきた。


 ……それでよかったと思う。

悪役になりたくないから、力を使わなかった。

それだけの理由だけど、それがあるから、今の私がある。


「フローラル様だけを責め、ペティを庇えば、他の貴族は裁量に手心を加えたと知り、私におもねってくるでしょう」


 私のそばにいることにメリットが出てしまえば、今のように放っておいてはくれないだろう。

私を味方に引き入れようとするもの。

そして、味方にならないのならば邪魔だ、と判断されるかもしれない。


「そして、フローラル様もペティも責めれば、下位貴族に冷たく、そばにいる人間でも平気で処罰すると恐れられます」


 きっと、二人を罰した後の学園は今とは変わってしまうだろう。

なんだかんだ、私はまだ誰かを表立って非難したことはない。

だから、みな私の前で粗相はしないようにしているが、それなりに平和な学園生活を送れているのだ。

それが崩れれば、今のようにはいられない。


「私がダンスをしようとすれば……めんどくさいことばかりの世界になってしまいます」


 学園の中では高位貴族が幅を利かし、下位貴族は隠れるように生活することになるだろう。

私に媚びて気に入られたもの、張り巡らされた糸をうまく潜り抜けたもの、上手に綱を渡りきれたもの。

そんな人と生きていく世界が待っている。


「フローラル様の思惑も……ペティの理由も……。私はもうなんでもいいのです」


 色んな思惑があっていい。

いろんな理由があっていい。


「ペティがきれいな世界って言ってくれたけれど、私の世界はそれだけです。楽しくダンスがしたいだけ」


 だって、私自身には高尚な理由なんてない。

人をどうにかするような、そんな立派な思想があるわけではないのだから。


「……どうですか? こんな世界ならペティがいたって何の問題もないでしょう?」


 だから、誰かを排除する必要なんてないし、そばにいてくれるなら、そのほうが嬉しい。


「それに……一緒にカフェテラスに行こうって約束しましたよね?」

「……っ、だって、あれは社交辞令で……」

「そうですね。定番の断り文句です。でも、私は機会があれば行こうと言いました。だからあれは一緒に行く約束をしたんです」


 それは今朝、リーラとペティと三人で話したこと。

街にあるおいしいカフェテラス。

私やリーラには格式が低いと言っていたが、そんなのはきっとなんとかなる。


「忘れていましたが、私は行動的なほうなんです」


 まだ涙が止まらないペティにふふっと笑いかける。


「私とリーラだけでは行けません。ペティが案内してくれないと」

「そうですね。私も行きたいです」


 今まで椅子に座っていたリーラが私の隣にしゃがみこむ。

そして、私とペティの手にリーラの手も重ねた。


  なんだか二人の手があったかくて……。


「……友達っていいね」


 思わず呟けば、リーラはぎゅうっと手を強く握って……。

ペティはまた、ぼろぼろと涙を零した。

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