悪役になるのは
フローラル様がこげ茶色の目を細くして、私とセド様を見る。
「お二人は先を見ることができる方です。ですから、私が何を言ったところで結論は変わらない。先ほどセド様は『誰かを責めるための話し合いではない』とおっしゃいました。それがこの話の結論ですよね」
首を少しだけ傾け、セド様に視線を投げる。
セド様はそれにぎゅっと眉を顰めて返したが、フローラル様はそれにふふっと笑った。
「私は責められません。……そもそも、私のしたことなんて大したことじゃないですし。セド様と少しお話をしていただけ。それも二人だけなのは先ほどの一回だけ。そして人目がある場所です」
そう。フローラル様がしたことを俯瞰して見ると、特になにかをしたわけではない。
確かに異性との接触は多かったが、それは女性同士で嫌われるというだけのもので、罪ではないのだ。
「それに比べてライラック様のご友人方は? 一人になった私に強い言葉で叱責しているのを見た方は何人もいらっしゃいます。それだけならただの諫言ですが、教科書を水浸しにしたり、ペンを捨てたり、一人でいるところを突き飛ばしたり」
ね? とフローラル様がリーラとペティを見てかわいらしく笑う。
フローラル様はあえてすべてを言いきらなかった。
けれど、それは明らかにリーラとペティの方が責任が重いと伝えていて……。
……きっと、フローラル様はたくさんのことを考えているのだ。
自らがやりたいこと。
それを達成するためにやらなければならないこと。
そして、越えてはいけない一線は越えないこと。
それらを常に考えて、ここにいる。
「庭でセド様と話している時のライラック様の顔を見た時、きっとうまくいくと思いました。やっと表に出てきてくれるんだろう、と。ですから、セド様との話も早々に切り上げて、離れてもらいました。そして、少し離れていたローワン様たちに近くに寄ってもらって、後はライラック様が来るだけだったんですよ?」
いじけたような口調で私を見る。
「……でもライラック様がいらっしゃらないっていう」
上目遣いの目も計算しつくされている、完璧な角度だ。
「そんな時のためにサーフィス様に頼んで、騒動が起きていることを伝えてもらうことにしてたんですが、ちょっと信用しきれなくて。まあ、もしだめなら当初の予定通り、伯爵家の令嬢を抑えるだけにするかって諦めた時にちょうどライラック様がいらっしゃいました」
こげ茶色の目がきらっと輝く。
かわいらしく両手を口元に持ってきて、ぎゅっと握った。
「やっとライラック様の登場だ! って胸が高鳴ったのを覚えています。私の頬を張るぐらいのことをしてくれるんじゃないか、と」
握られたばかりの両手はあっけなくほどかれて、フローラル様はがっくりと肩を落とす。
「でも、ライラック様がしたのは謝罪っていう……」
本当に期待外れです。と溜息をついた。
「あの謝罪で私とライラック様のご友人方の間で起こったことはすべて終わりです。……そもそもの問題だって女性同士ならよく起こる諍いですしね。セド様やライラック様が関わっているようだったから、みな気にしていただけで、問題自体は大きなものじゃない。そして、ライラック様は高位貴族として責任を持ち、場を鎮めた」
まったく悪役らしくなかった、とフローラル様が頬を膨らませる。
そして、相変わらず眉間に皺を寄せているセド様を見てふわふわと笑った。
「みなが気にしているのは取るに足らない女性同士の諍いの原因ではなく、将来力を持つであろうローワン様やシェーズ様、ウィロー様とセド様、ライラック様との関係がどうなるのか、ということ」
確かに、学園の生徒、そしてその親である貴族が気にしているのはそちらのことだろう。
リーラは少しは興味の対象だろうが、フローラル様やペティは興味の対象から外れている。
「今、この場で行いたいのは原因の追究と責任問題ではなく、今後の対策の話ですよね?」
「……ああ」
「ですので、私が本の話をしたところで何も変わりません。ただの妄想ですしね」
セド様の眉間の皺にも負けず、フローラル様はそう言ってふわふわと笑う。
本の話。
ただの妄想。
それがフローラル様の答えなのだろう。
セド様が言っていた『共通認識』。
それを形にしているのだ。
フローラル様はプレーリーを慕っている。
そして、うまくいかない思いを叶えるために、本のような物語になればいいと思った。
それは妄想で、リーラとペティは振り回されたのだ、と。
……何も変わらないと言いながら。
――自分を悪役にしている。
……だって、やっぱり変だ。
いくら原因追求が目的ではないとはいえ、赤裸々に話す意味がない。
こんなに頭がいいフローラル様であれば、もっとほかの手段も取れるはずなのに。
プレーリーに好かれたい。
それが第一の目標なら、こんな風に話を展開する必要はない。
だから、きっとフローラル様にはなにか他の目標があるのではないだろうか。
そして、それを隠すために自分を悪役にしている?
くるくると表情を変えて、身振り手振りを交えたフローラル様の話はとてもわかりやすい。
だからこそ、そこにフローラル様の強い思いがあるように感じられて……。
「……私が怖くありませんか?」
思わず、フローラル様をじっと見ながら言葉が出てしまう。
すると、フローラル様がまた一瞬だけ困っているような目を見せた。
「……そうですね。ライラック様にはこんな話は通用しない、と思うと怖いです」
けれど、瞬きをすれば、いつも通りのフローラル様で、怯えたように胸元を両手で抑える。
「ライラック様が出てくれば、善悪なんて関係ないですもんね。セド様に話しかけるからあの子嫌い、とでも言えば、私は明日にはこの学園にいないかもしれません。更にライラック様からバルクリッド侯爵に『あの子爵領、潰して』とお願いすれば、一か月後には私の父は領主の座を追われているでしょうし」
……そう。私にはそれができる。
だから、フローラル様、自らが悪役であると宣言することはとても怖いはずなのだ。
私の都合のいい世界にするのは簡単。
その後の影響など考えず、嫌いな人はぜんぶ消してしまえばいい。
フローラル様がプレーリーの心が欲しくて、私を巻き込んだというのであれば、私の胸の痛み、セド様に対して募った不安をフローラル様にぶつけてしまえばいい。
「でも、私はわかりましたから。ライラック様はそんなことはしない」
たくさんの計算と打算が入っているその言葉。
だけど、フローラル様が私のことを見てくれていたのはわかって……。
「……はい。私はしません」
しない。
ううん。したくない。
胸の痛みも。
セド様への不安も。
全部、私のものだから。
自分の傷を誰かのせいにして。
自分と同じぐらい傷つけばいいって。
そんな自分にはなりたくないから。
「私、ライラック様のこと、信じているって言いましたよね?」
こげ茶色の目を細めて、フローラル様が笑う。
きっと色んな策略が張り巡らされているそれ。
言葉通りに受け取るわけにはいかないけれど……。
「……本当にこれで終わりですか?」
すると、今まで思いつめたように俯いていたペティがぼそりと呟いた。
「……私はいやです。これで終わりなんて。傷つけた方が笑って、優しい人が我慢するなんて……。そんな世界……いやです」






