計算と打算は
ヒロイン、悪役、ヒーロー。
身に覚えのあるその言葉に、思わず肩がぴくりと動いた。
……もしかして、フローラル様も記憶があるんだろうか。
その言葉の真意を知りたくて、じっとフローラル様を見る。
フローラル様は相変わらずかわいらしく笑顔を浮かべていた。
「よく恥じらいもなく堂々と言えますね……」
そんなフローラル様に隣に座っていたプレーリーがはぁと溜息をつく。
それにフローラル様はこてんと首を傾げた。
「嫌がらせにも負けず、健気に学園に通う女の子。アーノルド様好みだと思ったんですけど」
そして、ふふっと笑う。
「私が書いた授業のまとめを廊下に投げ捨てて去っていくライラック様。それを私一人で拾っていると、アーノルド様がやってくるんですよ。泣きそうになってる私と一緒に一枚一枚拾ってくれて……。最後の一枚は偶然同じタイミングで手を伸ばして、少しだけ指先が触れ合うんです。素敵な展開ですよね」
物語のような話をするフローラル様。
それは私の知っている記憶とは違っていて……。
「最近、流行ってる本です。学園で知り合った二人が少しずつ愛を育んでいく話で、すごく人気なんですよ?」
そう言ってにこっと笑った。
それは私の記憶にある薄いガラスの向こうの景色ではない。
もし、それを話すならもっと慎重に言葉を選んで伝えるだろう。
だから、フローラル様の言うヒロイン、悪役、ヒーローと言うのは、プレーリーや私を当てはめただけなのだろう。
なんだか張ってしまっていた気がふっと緩む。
「……それは面白そうな物語ですね」
そのせいで、気づけばフローラル様が教えてくれた本の感想を漏らしてしまっていた。
すると、フローラル様はええー……と地味に低い声を出す。
「……ライラック様、そこは『私を悪役だなどど……無礼者め!』って言って欲しいです」
……なるほど。
物語の悪役はそんな感じのキャラクターなのか。
なんとなく納得していると、フローラル様はそんな私に一瞬、困った様な目をした。
けれど、それは本当に一瞬で……。
瞬きをした後のフローラル様はいつものまるい目に戻っていた。
それでも、なにか秘密があるのではないか、と注意深くフローラル様を見る。
すると、フローラル様は悪戯っぽく笑った。
「うーん……噂ではぴったりだったんですけどね。ライラック様と言えば、冷血の姫、孤高の薔薇、蠱惑の鳳蝶などの二つ名が有名ですし。どれも悪役って感じですよね」
フローラル様の秘密を知ろうとじっと見ていたのに、その言葉に衝撃が走る。
……え?
私、そんな風に呼ばれてたの……?
フローラル様の変化より、その呼び名のほうが気になってしまう。
そうして、私がそちらに気をとられている間に、フローラル様は言葉を続けた。
「もっとこう陰湿に嫌がらせしたり、高笑いして授業のまとめをヒールで踏みつけてくれないと、私とアーノルド様の物語がまったく盛り上がらないです」、
「そんな物語は存在しません」
私の衝撃をよそに話を続けるフローラル様にプレーリーがさりげなく否定を混ぜる。
絶対にフローラル様にプレーリーの声は届いたはずなのに、フローラル様はまったく聞こえていないような様子で、リーラとペティに視線を移した。
「そこの二人にしてもそうです。こっちが懸命にあおってるのにみみっちい嫌がらせばっかりで。もっとこうバシッと決めて欲しかったです」
そして、ふわりと笑う。
「しかたないから、こちらが場を用意しようと思って」
いい考えでしょ? と人差し指を口元に当てた姿はかわいらしい。
そんなフローラル様にセド様が低い声で尋ねた。
「それで、ローワンやシェーズ、ウィローを呼んだのか」
「はい。そっちの男爵家の養女はいい感じだったんですけど、伯爵家の令嬢がなかなかしぶとくて……。やっぱりここは力のある人に助けてもらうしかないなって。伯爵家の令嬢にどうにもならないことが起こったら、ライラック様も表に出てきてくれると思ったんですよ。もし出てこなくても、伯爵家の令嬢を抑えることができれば、男爵家の養女が暴走してくれそうでしたから、どっちに転んでもいいかなぁと」
フローラル様は計算と打算にまみれた行動を明日のドレスは黄色にしようかな、というような軽さで話す。
それにシェーズ様がガタッと席を立ちあがって、必死に声を上げた。
「ちがうっ、ちがうから! 僕はそんなつもりであそこにいたんじゃない」
フードを目深に被ったまま、フローラル様の言葉を否定するシェーズ様。
そして、その話を補うように鋭い黄金色の目のローワン様が言葉を続けた。
「フローラル嬢が嫌がらせを受けていることは知っていた。あまり大きなことになる前にそれを止めたいと言われ、その相談をするためにあの庭に行った」
つまりシェーズ様とローワン様はフローラル様の目的とはまったく正反対だったということだ。
フローラル様は騒動を大きくするために。
そして、二人は騒動を小さくするためにあの庭にいた。
「社交に疎いシェーズ様とローワン様を手玉に取るのなんて簡単ですよね」
フローラル様がとてもかわいらしい顔でくすっと笑う。
シェーズ様はそんなフローラル様の様子にぐっと息を詰まらせた。
そして、あーもう! と言って、椅子に座る。
そんな連の流れに、セド様は眉間の皺をより深くして、まだ話をしていないウィロー様を見た。
「ウィローは?」
「俺はね、普通にフローラルちゃんに頼まれたんだよ。ついてきてって」
「そうです。ウィロー様については何も策略してません。ついてきてって頼んだだけです」
「うん。女の子に頼み事されたら断れないし」
ウィロー様は器用に編み込まれた茶色い髪の毛先をくるんと撫でる。
「……軽いな」
そんなウィロー様にセド様がはぁと溜息をつくと、なぜかウィロー様は私をじっと見た。
「まあ、それだけでもないんだけど」
そして、パチンと私にウインクをする。
そんなウィロー様にセド様はもう一度溜息をつき、低い声で話を続けた。
「私もフローラル嬢に同じような事を言われている。騒ぎになる前になんとかしたい、と。ただし、ローワンやシェーズと違って介入するなと言ってきた。女同士の話だから私が出るべきではない、と」
「そうです。セド様には出てきて欲しくなかったので。さらにライラック様についての大事な話だから二人で話したいと言えば、いつもなら絶対に叶いませんがセド様と二人になれましたし。後はライラック様の話をすると表情が柔らかくなるので、ライラック様がこちらを見てるとわかるタイミングで耳打ちさせていただきました」
フローラル様は相変わらず、今日は黄色のドレスだから、ネイビーのリボンで髪をまとめよう! というような軽さで、思惑を打ち明けていく。
そんなフローラル様にリーラはぎゅっと顔を顰めた。
「なぜ、今になって、こんなに色々と……」
思わず漏れてしまったのだろう。
リーラの発言は最もだ。
いくらセド様に尋ねられているからと言って、こんなに簡単に話す必要はない。
話し始めた時のように、あおりながらもそれとなく誤魔化せばいいはず。
そんな最もなリーラの疑問にフローラル様はふわふわと笑った。
「私、セド様とライラック様を信じているんです」






