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この世界は

 ここはヒロインのための世界で……。

ヒロインが選べば、その恋はきっとうまくいくんだろうって思っていた。


 セド様、ローワン様、シェーズ様、サーフィス様、ウィロー様。

みな見目も整っていて、将来も有望な攻略対象者。

実際に一緒にいるところもよく見たし、順調に仲良くなっているんだろうと思っていたのに……。


 なのに、ヒロインが選んだのはプレーリー?


 その事実をうまく受け止めきれなくて混乱していると、セド様がゆっくりと話を始めた。


「今日の騒動について、だいたいのことは把握している。まずみなに伝えたいのは、これは誰かを責めるための話し合いではない、ということだ」


 セド様がしっかりと周りを見回し、低い声で続ける。


「ここにいる人物はそれぞれが目立つ存在だ。騒動のすべてを見ている者は少なかったかもしれないが、このことはすぐに学園内に知れ渡り、波紋を広げる。この話し合いはその波紋を最小限にするためのものだ。ここにいる者で共通認識を持ちたい。いいな」


 セド様の言葉にそれぞれ返事をしたり、頷いたりして意思を示す。

セド様はそれに一度頷くと、すっと目線をリーラとペティに移した。


「まずはあなた方がフローラル嬢へと諫言をした。間違いはないな?」

「はい。最初は特に何も思っておりませんでした。セド様以外は婚約者もいらっしゃいません。そこに貴族の令嬢が近づいたとしても、それは私達がどうこう言う問題ではありませんから」


 リーラが貴族の令嬢らしく、背筋を伸ばしてしっかりと答える。

いつもにこにこしておっとりしているように見えるリーラも、こうしてみるとやはり伯爵家の令嬢なのだ、と感じられた。


「ただ、ある日からフローラル様がセド様に近づきすぎているのでは、と感じるようになりました。これは……その、異性の方にはわからないかもしれません。女同士のものだ、と納得して頂くより他はないのですが、セド様と一緒にいる様子を、あえてライラック様に見えるようにしていると感じられました」

「……そうか」


 はっきりと告げたリーラの声にセド様の眉間にぎゅっと皺が寄る。

私は少し不安になって、隣にいるリーラを見つめた。

あまり率直に言いすぎると、セド様を貶すことになり、不敬ということで、リーラが罰されてしまうかもしれない。

リーラだってそれはわかっているはずなのに、まっすぐと前を向いたまま、話を続けた。


「セド様のおっしゃる通り、まずはもう少し周りを見てはどうか、と進言するだけでした。けれど、何度伝えてもフローラル様が聞き入れてくれることはなく、私達の言動も行動もエスカレートしました」

「わかった」


 そんなリーラの言葉にセド様が頷く。

セド様はリーラの話を最後まで聞き、不敬だと異を唱えることもなく、非を責めるようなこともしなかった。

最初に宣言した通り、誰かを罰するために話をしているわけではないのだろう。

ただ当事者の口から状況を聞きたい。

そのための話し合いなのだ。


「被害は?」


 セド様の視線がヒロインへと移る。

すると、ヒロインはかわいらしくんー、と首を傾げて答えた。


「物的なことを言えば、教科書一冊が水浸しになったことと、ペンを一本、窓の外へと捨てられたぐらいですね」


 かわいらしい表情に似合わず、冷静に被害状況を話す。


「後はすれ違いざまにちらっと睨まれること、一人で歩いている時に後ろから突き飛ばされたことぐらいでしょうか。まあこちらは被害というほどのことでもないですけど」


 そこまで言うと、ヒロインはふふっと微笑んだ。


 ……あれ?

すごく悲しかったとか、すごく怖かったとか、そういう話になるんだろうと思ったのに。


 ヒロインからはそんな気配が一切感じられない。

もしかしたら、強がっているだけなのかもしれない、と慎重に観察してみたけれど、そんな色はどこにも見つけることはできなかった。


「女同士の嫌がらせという点で考えれば、かわいらしいほうですよね。私を無視するように結託したわけでもありません。授業を妨害するようなこともなかったですし。私が話す度に笑うとか、目が合うとみんなで笑うとかよりは心的被害も少ないです。嫌がらせをされる理由も明確ですしね」


 あっけらかんと言ってのけるヒロイン。

その話しぶりはかわいらしく、最後に星のマークでも付きそうな感じだった。


 ……ヒロインは状況をわかっている。

わかった上で、リーラやペティの諫言を聞き流し、嫌がらせを受け流していたのだ。


「ただ私がお慕いしているのはアーノルド様です」


 ヒロインが甘えるようにプレーリーを見る。

そして、苦笑いのような表情を浮かべた。


「セド様のことをなんとも思っていないのに、色々と言われても困ってしまって。特にそちらの男爵家の養女の方は行動が過激ですし」


 ヒロインが眉尻を下げる。

突然ペティの話題になったが、当のペティは俯き、じっと机を見ているだけだ。

そんなペティをリーラはちらりと横目で見た後、ヒロインへまっすぐに視線を投げた。


「確かにあなたがライラック様に見せつけているというのは、こちらが判断したことです。けれど、セド様との関係が私達の勘違いだと言うのであれば、なぜそれを私達に言わなかったのですか? 困ったように笑うだけで、なにもおっしゃらなかった。それが今になってアーノルド様にころりと態度を変えて……。それでも、こちらの問題だ、と言いたいのですか?」

「えぇっ、私はそんなことは言ってませんよ? 勝手に推測してるのはそちらです。私は元からアーノルド様を慕っております」


 リーラのきっぱりとした物言いにヒロインは両手をぎゅっと口元で握った。


「そうですね。そう言えばセド様もあなたを無下にできない。だから、口先だけでそう言って、結局はライラック様を害そうとしたのでは?」

「そんな。そんな怖いこと、私、思っていません」


 ヒロインが心外だ、と目を潤ませる。

けれど、リーラはそれにひるまず、まっすぐ背中を伸ばしていた。


「私は私のしたことに後悔はありません。ただ、こうしてセド様の手を煩わしてしまったこと、ライラック様の御心を守れなかったことを心苦しく思います」


 いつものにこにこしたリーラじゃない。

凛々しくて、自分の行動の責任は自分で取るのだという強い意志を感じさせる。


 ……助ける、だなんて。

そんなのおこがましかったかもしれない。


 リーラはきちんと考えた上で、それでもやらなくちゃいけないと思ったから、行動を起こした。

伯爵令嬢として、戦う術も心得ていて、私に助けてもらうつもりなんて微塵もなかったのだから。


「……リーラ」


 でも……。

手が震えてる。

顔色だってまだ悪いままだ。


「リーラ」


 名前を呼ぶ。

こうして、敬称もなく呼べることが、いつもどこかくすぐったかった。


「……ありがとう」


 このタイミングでお礼を言うなんて変だけど……。

でも、リーラが懸命にヒロインと話すのを見ていると、リーラのしたいことがわかるから。


 ……ペティを守ろうとしているんだよね。

ヒロインが私やリーラではなくペティへと話題を移したから、ヒロインを攻撃することでペティの話題を反らし、リーラが矢面に立とうとしている。

そして、それに守られるのはペティだけじゃない。

……私のことも守ってくれようとしているんだ。


 そんなリーラの強さが私の背中を押してくれる。


「フローラル様の気持ちについて、最初に誤解をしたのは私です。二人はそんな私を見て、行動を起こしてしまったのです」


 そう。やはり根本を辿れば、私がセド様と話しをせず、一人で嫉妬して抱え込んでしまっていたから。

私がきちんとしていれば、リーラもペティもこんなことをしなかった。

ヒロインだって、嫌がらせをされることなんてなかったはずだ。


 原因は私。


 彼女のことをヒロインだ、と決めつけていた自分。

記憶があるから、と彼女のことを見もせず、セド様をとるのだと勝手に思い込んでいた。


 ――ここは乙女ゲームの世界。


 そこでの私は悪役で。

誰からも嫌われるはずで。


 だから、どこか拗ねた目でみんなを見ていたのかもしれない。

どうせみんな私を悪く思ってるって……。


 でも、リーラやペティがいてくれたから。

そして、そんな私の気持ちをセド様が全部壊してくれたから。


 私はセド様の主役。

脇役の悪役令嬢なんかじゃない。

だから目の前にいる彼女もヒロインじゃない。

ちゃんと自分の人生を生きている一人の女の子だ。


「先ほど謝罪をしましたが、もう一度させて下さい」


 庭でしたものとは違う。

あれはヒロインのことを思ってのものもあったけど、リーラやペティを助けるためでもあった。


 でも、今度はそうじゃない。

本当に心から。

情けない私のせいで、迷惑をかけてしまったヒロインに……フローラル様へと謝りたい。


 そう思って、しっかりとフローラル様を見る。

すると、今までかわいらしい表情を崩さなかったフローラル様は、ぽかんと口を開けて私を見ていた。


「ええー……。そこは『私たちは悪くないわ!』とか、言って下さらないと……」


 そして、疲れたように溜息をついて、めんどくさそうに髪をかきあげた。


「謝罪はいりません。そんなのなんの得にもならないし。これ以上ライラック様に謝られては、本気でアーノルド様に嫌われてしまいますしね……」


 フローラル様がちらっとプレーリーを伺う。

プレーリーはそれにあまり表情を崩すことなく、少し首を傾けた。


「さっきからそこでじっと俯いている男爵家の養女が不穏だから、突っつけば、もう一回ぐらいチャンスが来るんじゃないかと思ったんですけど……」


 フローラル様が残念、と小さく呟く。

そして、にこっとかわいらしく微笑んで私を見た。


「ライラック様が誤解されたとおっしゃられていますが、それは当然です。そう見えるように振舞いましたので」


 窓からの光を受けて、悪戯っぽく笑う。


「脚本、私。演出、私。主演も私。あ、協力者は宰相の息子のサーフィス様です」


 そして、悲しそうにふぅと溜息をついた。


「私がヒロインで、ライラック様は悪役。そして、アーノルド様がヒーローでばっちりだったんですけどね」

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