求めているどんぐりは
私の言葉にセド様は少しだけ息を吐いた後、ゆっくりと息を吸った。
どうやらびっくりしすぎて、時が止まってしまっていたようだ。
これ以上驚かせるのもよくないので、私も姿勢を正し、前を向く。
そうして歩きを再開すれば、談話室はすぐそこ。
セド様はドアの前で立ち止まり、私を抱き上げたまま、器用にノックした。
「遅くなった」
「いえ」
ノックをしてすぐにドアが開く。
どうやらプレーリーがドアの近くで待機してくれていたようだ。
プレーリーが開けてくれたドアをくぐり、談話室の中に入れば、室内はしんと静まり返っていた。
人が入ってこないようにするためだろう。
プレーリーがドアにガチャリと音をさせて、鍵をかけた。
「ライラック様……」
リーラとペティはドアに近い椅子に腰かけていたようで、私の姿を確認すると立ち上がった。
そして、リーラが私を呼びながら、こちらへとやってくる。
後ろを歩いてくるペティはなんだか思いつめているようで、両手が強く握りしめられていた。
「私は大丈夫です」
リーラとペティの様子を見れば、私のことを心配してくれていたのだろうとわかる。
だから、二人を落ち着かせるように小さく微笑んだ。
「二人は大丈夫でしたか?」
私がいない時に責められたリ、不利な状況になっていないだろうか。
確認のためにそれを問うと、リーラは硬い表情ながらも、大丈夫だと頷いてくれた。
「はい。詳しいことはセド様とライラック様がいらっしゃった後にしようということで、今はお二人をお待ちしていました」
リーラの説明にわかりました、と答える。
どうやら私たちが来るまでの間に何かがあったということはなく、ただ待ってくれていただけらしい。
「待たせた。では少し話そう」
私とリーラが話している間、立ち止まってくれていたセド様が歩き始める。
その後をリーラとペティ、そしてプレーリーが続いた。
談話室はかなり広い部屋で、生徒が自由に歓談できるように開放されている。
いつもなら多くの人でにぎわっている談話室も授業中だから、今は関係者しかいない。
庭に面した壁には大きな窓がいくつもあり、室内は明るかった。
机や椅子が各所に置いてあり、庭に直接出られるように大きなガラスの扉もついている。
私はあまり利用していないけれど、とても素敵な場所だと思う。
セド様は談話室の奥まで進むと、窓際の一番大きな机へと着いた。
そして、私をその机の椅子へと腰かけさせてくれる。
私から体を離したセド様は私の右隣へ座り、左隣へはリーラとペティが座った。
……これはいつも授業を受ける時の席だ。
談話室に入って緊張していた心が少しだけほぐれる。
すると、後ろをついてきていたプレーリーが私のそばへと来て、そっと何かを差し出した。
「靴をお持ちしました」
……あ。
プレーリーが差し出したのは私が走る最中に脱ぎ捨てたヒールだった。
さすがプレーリー。
気遣いに抜かりがない。
「……ありがとうございます」
でも、脱ぎ捨てた靴を拾って届けてもらうなんて、やっぱりちょっと恥ずかしくて……。
靴を受け取る時にちょっとだけ目が泳いでしまう。
けれど、それでは失礼になるから、がんばってプレーリーを見上げる。
すると、プレーリーはいつもみたいに柔らかく笑ってくれていた。
その笑顔に心がほわっと温かくなる。
……そういえば、最近はプレーリーともあまり話さなくなっていた。
セド様と婚約するために、しばらく忙しかったし、婚約してからはセド様がそばにいてくれることが多かったから。
そして、学園に入ってからは、ヒロインのことで胸が苦しくて……。
自分のことで精いっぱいで、周りをに気を遣う余裕がなくなっていたのだと思う。
久しぶりのプレーリーの笑顔。
ぼんやりとした顔に枯草色の髪。
ヘーゼルの目は優しすぎて、ほとんどなくなっちゃってる。
なんだかその笑顔が懐かしくて……。
プレーリーがにこって笑うから、私もふふって笑っちゃう。
すると、あー!って大きな声が響いた。
「ずるい! 私だって、私だって、そんな風にアーノルド様と笑い合いたいです……!」
談話室に響く、かわいらしいけど、なんだか拗ねてるみたいな声。
それにびっくりして、声のしたほうを見ると、そこにはヒロインがいて……。
ヒロインはむぅといった感じで右側の頬だけ膨らませて、上目遣いでプレーリーを見ていた。
「私が近づくとすぐ逃げちゃうくせに……」
膨らませていた頬をしぼませ、代わりにかわいらしく右手を添える。
そして、少しだけ唇を尖らせれば、ヒロインのかわいさがより一層増した。
ピンクグレーの髪は窓から入る光を受けて、きらきらと輝き、まさにその姿は絵のようだった。
……え? どういうこと?
ヒロインの姿は絵になる。
けれど、言っていることがよくわからなくて、未だ近くにいるプレーリーを見上げれば、プレーリーは困ったように眉尻を下げた。
「申し訳ありません。ライラック様を巻き込んでしまいました」
プレーリーはそれだけ言うと、私から離れ、ペティの隣へと座る。
すると、ヒロインはいまだ座っていなかった攻略対象者へと声をかけた。
「さあ、みなさんも」
そう言って攻略対象者に席を進めながらも、しっかりとプレーリーの左隣はキープしている。
すると、円形の机にある椅子はすべて埋まった。
……なるほど。
こうなればもうプレーリーは席を変えることはできない。
周りを気遣いつつ、プレーリーの逃げ場を塞いでいく技に感嘆する。
ほわほわ明るくて優しいヒロインと思っていたが、それだけではないようだ。
「……先ほどのフローラル嬢の私的な事情というのはこのことです」
ヒロインの技に見入っていると、セド様が小さな声で私に説明してくれる。
それは、あずまやで話したヒロインがセド様に近づいていた理由、ということだろう。
「これからその話をしようとしていたのに、話が始まる前に、まさか自ら態度で示すとは……」
セド様は疲れたように溜息をつき、右手で眉間をぎゅっと揉んだ。
「本当に厄介な」
心底めんどくさそうにセド様が呟く。
けれど、私は驚きすぎて、そんなセド様を気遣う余裕がなかった。
だって、ヒロインの態度とセド様の話を重ねて見えてくるのは……。
ヒロインは明らかに他の男性よりもプレーリーを気にしている。
ヒロインはセド様をどんぐりの木だと思っていて、その木のそばでどんぐりが落ちてくるのを待っている。
つまり、ヒロインが求めているどんぐりは――
――プレーリー?






