学園生活は
セド様は我が国、リーグシナの第二王子。
普通ならセド様と婚約するのは大変なことだ。
けれど、私はバルクリッドの娘。
バルクリッドと王家が近づくことを嫌う勢力もあったが、各所へ根回しを行えば、私達が婚約することを止めるものは何もなくなった。
あの月夜のテラスでダンスをしてから一年後。
私とセド様はきちんとした手続きを取り、婚約した。
セド様は婚約する前に何度も我が家を訪ねてくれたし、私も王宮へと足を運んだ。
それは婚約してからも続き、特に問題なく関係を維持していると思う。
セド様といると楽しい。
セド様はいつだって私を気遣ってくれ、まっすぐに言葉をかけてくれる。
セド様にエスコートされるパーティーもすごくすごく嬉しかった。
けれど、私はセド様の顔をまっすぐ見ることができなくて……。
掠れていた声がいつのまにか、低くてきれいな声になった。
黒い髪の男の子なんてどこにもいなくて、艶やかな金色の髪がきらきらと光っている。
背だって、もっと高くなって、気づけば私より頭一つは大きくなってしまった。
そこにいるのは、私のよく知るセド・ミモザ・リーグシナ。
記憶の中にある……私に別れを告げる婚約者だ。
セド様の目がこわい。
まっすぐに私を見ている目が、いつか自分以外に向けられてしまうんじゃないか。
その目が氷のように冷たい色をしているんじゃないか。
それがいつも心のどこかにあって、私はいつもセド様の口元ばかりを見るようになっていた。
まっすぐに結ばれた口元。
時々、唇を噛むクセはあまり変わっていないから。
第二王子で外交を担当するセド様にふさわしい自分になるために、勉強を続けた。
各国の情勢や地理、歴史、特産品に経済活動など。
ダンスをする時間もないぐらい、たくさんたくさん覚えることがあった。
だから、その時がくるのはあっという間だった。
領地から出て、王都へ。
そして、王都にある別邸から、学園へ通うのだ。
――こんな日が来なければいい。
そう思ってもその日はやってくる。
――私の記憶なんて、間違いだったらいい。
全部まぼろしで。
――ヒロインなんていなければいい。
婚約から一年後。
私は記憶の通り、学園へと入学した。
いつも通りの時間に学園に到着した後、学園の建物に入り、これから使う教室へと向かう。
教室は受ける授業によって変わるので、場所が変わるのだ。
私はいつも早めに学校に着くようにしているので、まだ廊下にはあまり人はいない。
少し早めに教室へ行き、すり鉢状になった一番底の教壇の前へと足を進める。
そこにはすでに女の子が二人座っていたが、私が来たことに気づいて、すぐに立ちあがった。
「おはようございます、ライラック様」
「おはようございます。今日もいい天気ですね」
二人がきれいに礼をしてくれたので、私もそれに返す。
「おはようございます」
礼をした後、椅子に腰かければ、挨拶をしてくれた二人はその横へと座った。
教壇の前に3人並んで座っている。
私が教室の中央にいるので、その左側に二人が座るとなんだかバランスがちょっと悪い。
「ライラック様、街においしいカフェテラスがあるらしいんですの」
ツヤツヤの若葉色の髪を揺らして、私の隣から嬉しそうな声が響く。
彼女はメルディ伯爵家の長女でリーラという。
学園に入ってすぐ、こんな風に声をかけてくれた。
妹の社交界デビューの日に、私とセド様がテラスでダンスをするところを見たらしく、学園では絶対に声をかける、と決めていたようだ。
セド様が私にプロポーズをしてくれたテラス。
リーラはそれを窓際から見ていて、いたく感動したと言っていた。
「ねえ、ペティ。ペティは行ったことがあるのでしょう?」
リーラが自分の左隣にいる女の子をペティと呼んで、声をかける。
栗色の髪を簡素にまとめているペティはその言葉に少し困ったようで、小さく眉尻を下げた。
「私は行ったことがありますが……ライラック様やリーラ様には少し格式が低いかもしれません」
リーラの向こうから、ペティの申し訳なさそうな声が届く。
男爵家の養女であるペティは私やリーラに比べると、家格が低く、それを気にしているようだった。
けれど、私やリーラとは違い、気軽に街を歩いたり、買い物をしているペティの話はとても面白いので、私はペティの話が好きだ。
「そうですか……では、ライラック様が行くのは難しいですね」
ペティの言葉にリーラが顔を曇らせた。
どうやら、カフェテラスの話を聞いて、私やペティと一緒に行きたいと思ってくれたようだ。
やっぱり私やリーラが気軽に街に出ることは難しいけれど、そうやって一緒に行きたいと思ってくれることが嬉しい。
「また機会があれば、みなで行きましょう」
私が悪役顔の微笑みでそう告げれば、リーラは嬉しそうに、はいと返事をしてくれた。
なんてことない時間だけれど、友達というものがいなかった私にはすごく楽しい時間だ。
たぶん、これが友達で、こうやって何でもないことを話すのがとても大事なんだと思う。
入学時、私の力……バルクリッドの力を頼って、声をかけてくれる人はたくさんいた。
けれど、私が力を使わないこと、そしてあまり話さないことで、入学時にはたくさんいた人も少しずつ減っていってしまったのだ。
けれど、二人はずっとそばにいてくれた。
リーラはいつもにこにこと笑ってくれるし、ペティは面白い話をたくさんしてくれた。
学園に入ることを重く考えていたけれど、そんな私を二人はいつも軽くしてくれる。
この二人に会えてよかったな、と思う。
学園に入ってよかったな、とも。
そうして三人で何でもないことを話していると、教室にも人が増えてくる。
席もかなり埋まったころ、ドアが開いて、声が聞こえた。
「お願いします。今日のお昼、時間をくれませんか」
何かをお願いしている猫のようなあまい声。
すこしだけ上がった語尾が女の子らしい。
その声に胸がずきっと痛むのを感じながら、ちらりと後ろを振り返る。
そこには話をしている男女がいて……。
「……他の者ではいけないのか」
相変わらず眉間に皺の寄った顔。
女の子のお願いを断ろうとしているようだ。
けれど、女の子は上目遣いで見上げて、その答えに食い下がった。
「セド様じゃないとダメなんです」
私の耳の奥に女の子の甘い声が残る。
……断って欲しい。
行かないで欲しい。
けれど、私の願いが届くわけはなくて……。
「わかった」
眉間に皺を寄せたまま、セド様が了承の返事をした。
その答えに女の子はふわっと笑う。
「ありがとうございます」
ピンク色に少しだけ灰色が入ったようなやわらかい色の髪。
お礼をするために小さく頭を下げると、ウェーブがかかったふわふわな髪が弾んだ。
女の子が笑うと、こげ茶色の目がとろけているみたいでとてもかわいいから……。
――ヒロインが出るとは限らない。
――ヒロインがセド様を選ぶとは限らない。
そんな私の夢を、あっさりと砕いていく。






