私の未来は
夢みたいだ。
月が輝く夜空。
白いタイルを敷いたテラスの上で、黒いタキシードを着た男の子が片膝をついて私を見つめている。
『共に歩んでくれませんか』
それはプロポーズの言葉。
男性から女性にそれを乞う場合は、片膝をついて行うのが慣習になっている。
濃いブルーの瞳がまっすぐに私を見ていて、ダンスをして熱くなった体がもっと熱くなった。
夢みたいだ。
私と黒い髪の男の子はたった三回しか出会ってない。
一回目はダンスをしただけ。
二回目はせっかく話してくれていたのに逃げ出してしまった。
そして、三回目の今日、二回目のダンスをしただけだ。
だから、こんなに早く物事が動くなんて変かもしれない。
でも。
好きだ、って思った。
そして、好きだと思った人が、自分の事を好きになってくれていたんだ。
だから、黒い髪の男の子の言葉に、ただただ胸がいっぱいになった。
うれしいって。
心がそれでいっぱいになって、胸の音がうるさくなる。
『即断即決をしてはいけません』
ずっと言われてきた言葉。
時々、破ったこともあったけど、それでもできるだけうまくかわして、家族に相談してから決めるようにしてた。
だから、今回もお礼だけして家族に相談した方がいいんだろう。
でも、返事がしたい。
ここで戸惑って、チャンスを逃がしたくない。
――濃いブルーの瞳にずっと私を映して欲しいから。
だから、私はそっと手を差し出した。
片膝をついた男性に女性が右手を差し出す。
それが、プロポーズを了承する時の慣習だ。
体が熱くて。
胸の音がうるさくて。
「はい……」
とにかくもういっぱいいっぱいで、その一言を発するだけなのに、喉がからからに乾いた気がする。
黒い髪の男の子はそんな私の返事に、本当にうれしそうに笑った。
そして、差し出した私の手をぎゅっと握って立ち上がる。
ダンスをしていた時みたいに体が近くに寄って、なんだか恥ずかしい。
ドキドキしながら顔を上げて濃いブルーの瞳を見れば、その目は優しく細まっていた。
それに励まされるように、ゆっくりと口を開く。
「……あなたの名前を聞かせてください」
プレーリーが紹介してくれた人だから、きっと私の敵ではない。
本当に婚約できるかはわからないけれど、きちんと父親に相談して、色々と根回しをしていけばいいはずだ。
少しぐらい爵位が低くてもかまわない。
家族が反対しても、説得していく。
そう決意しての言葉だったけど、黒い髪の男の子は私の言葉に少し驚いたようだった。
優しく細まっていた目が少し大きくなり、眉間にも少し皺が寄っている。
……それはそうだよね。
名前も知らないままだったなんて失礼だ。
謝罪するように、少しだけ目線を下げれば、黒い髪の男の子は握っていた私の手に少しだけ力を入れた。
それにうながされるようにもう一度目を合わせれば、真剣な表情で私を見る、濃いブルーの目がある。
「セド・ミモザ・リーグシナ」
掠れた声。
「……それが私の名前です」
あんなに体を熱くしてくれていたはずの声が、急激に私の体温を奪っていく。
そして、その言葉に頭が真っ白になるのを感じた。
「リーグシナ……?」
「はい。もしかしたら気づいていないのかもしれない、と思ってはいましたが……」
黒い髪の男の子の眉間にぐっと皺が刻まれる。
その眉間の上。
そこにある髪は黒色で……。
だから、私はあなたを知らない。
知らないはずなのに……。
セド・ミモザ・リーグシナ。
その名前を持つ人物を私はよく知っている。
それはこの国の第二王子の名前であり、攻略対象者。
そして、記憶の中での私の婚約者。
でも、だって……。
「髪の色が……」
記憶の中の第二王子は鮮やかな金色の髪だった。
ずっとずっと避けていた金色の髪。
だから、ちがうはずなのに……。
「貴方が私を避けているのではないか、と思っていました」
呆然としている私を濃いブルーの瞳がじっと見ている。
その目はやっぱりまっすぐで、否定しようとする私を逃がしてはくれない。
「それは貴方が王族と関わるのをきらっているからではないか、と」
……王族。
そう。目の前の男の子は王族なんだ。
冷えた体。
頭は妙に冷静になって、男の子の言葉を拾い続ける。
「髪の色を変え、第二王子としてではなく、個人として参加しました」
男の子の言葉に、懐かしい人物を思い出した。
髪の色を変えて見せてくれた魔術師、シェーズ様。
私の髪も黒い髪に変えてくれたんだ。
そっか……。
なんだ、そうだったんだ。
目の前の男の子を紹介してくれたのはプレーリー。
そして、シェーズ様を紹介してくれたのもプレーリー。
だから、その二人が知り合いでも何もおかしくない。
二人は知り合いで、金色の髪を黒色に変えてもらって、パーティーに出席していた。
「私が第二王子であるということをわかっている者がほとんどですが、私が髪の色を変えて個人として来ていることを尊重してもらいました」
そう。みんな知ってたんだろう。
髪の色を変えたって顔を変えられるわけじゃない。
きちんと社交をして挨拶や会話をしていれば、髪の色が変わったとしても第二王子だとわかるはずだ。
そして、第二王子がわざわざ髪の色を変えているのだから、お忍びなのだろう、とあえて触れずにいてくれた。
初めてダンスをした時を思い出す。
とても派手に、目立つダンスをしたのに、なぜか誰も寄ってこなかった。
少し不思議に思ってはいたが、あれは目の前の男の子に気を遣って、誰も寄ってこなかったんだ。
そして、一度プレーリーの所までエスコートしてくれたおかげで、私が色んな人から探りを入れられることもなかった。
後はいつも通りにダンスをしていただけだし、それ以来、目の前の男の子と出会う事もなかったから、他の貴族たちも気にしなくなった。
目の前の男の子が第二王子だと知らなかったのは私だけ。
ずっと避けていて、顔を見ることも言葉を交わすこともなかった私だけ……。
でも、なぜわざわざそんな事をしたんだろう。
第二王子が髪色を変えてまでパーティーに来る理由がわからない。
だから、少しだけ眉を顰めると、目の前の男の子は一度唇噛んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「貴方を知りたかったからです」
掠れた声が冷えた体に入ってくる。
「貴方が第二王子としての立場を嫌っても、個人として仲を深めたい、と」
あなたのことを必死で避けてたのに。
「そして、貴方とダンスをして、貴方を素敵だと思いました」
私のことなんて気にしないでよかったのに。
「貴方がダンスをしなくなって……守りたい、と思いました」
だから……。
そんな風にまっすぐに私を見ないで。
私に言葉をかけないで。
「私はこの国の第二王子として、外交に携わりたいと考えています」
もういやなのに。
「そのために社交の術として、立ち振る舞いやダンスを修めてきました」
あなたとは関わりたくないのに。
「一般的なものだけでなく、少し特殊なものも」
濃いブルーの瞳はいつだってまっすぐに私を見てる。
返事もせず、見上げるだけの私なのに、ちゃんと私を見てくれる。
そして、また優しく細まった。
「貴方とのダンスは楽しかった」
あなたが嬉しそうに笑うから。
「第二王子としての義務ではなく、本当に楽しかった」
……あなたの言葉が嬉しくて。
「貴方と一緒にいろんなものを見たいのです」
でも。
あなたの語る未来が――。
「貴方がリーグシナのものを身に纏い、各国の社交の場へ行く。きらきらと輝く貴方と世界を渡って行きたい」
――遠くて。
どうしよう。
目がしみる。
……私の人生は私が決めるんだ、って。
このよくわからない記憶を思い出して以来、ずっとずっと思ってきた。
脇役なんかになりたくなくて。
私の人生は私のものなんだ、って。
ダンスを好きになったのも。
あなたを好きになったのも。
全部全部。
自分で決めたんだ、って。
そう思ったのに。
気づけば攻略対象者と出会って、嫌われるような事をしてしまった。
自分ではそんなつもりはないのに、みんなに嫌な思いをさせて、悪役になっていた。
そして、かっこいい婚約者を探すんだってがんばったのに。
結局選んだのは、記憶の通りの第二王子で……。
……やっぱり私は脇役なのかな。
川に流されるだけの落ち葉で。
ただくるくると回っていただけなのかな。
主役になりたい、と。
あなたの主役になりたい、と。そう思ったのに。
冷えた体で唇を噛み締める。
……テラスの扉は開いている。
だから、私と目の前の男の子とのやりとりを見ている人はいるかもしれない。
だけど、これは非公式な事だ。
彼はお忍びでここに来ているだけだから、父に言えばなかったことにしてくれるかもしれない。
だから、今からでも手を離せばいい。
私は知らなかったから、と言い訳をすればいい。
目の前の男の子は私が王族と関わるのが嫌だと思っているようだから、それを持ち出して断ればいい。
でも。
こんなに体は冷えて、頭は冷静になっているのに、繋いだ手が熱い。
この熱さを離したくないって思ってしまう。
もしかしたら……。
このままずっといられるかもしれない。
これからヒロインが出てくるなんてわからない。
ううん。もしヒロインが出てきても、第二王子を選ぶとは限らない。
だから……。
私、もっとがんばるから。
ダンスの途中に声を上げて笑ったりしない。
貴族の顔と名前ももっと覚えるし、勉強だっていっぱいする。
もっと上手に会話ができるようになる。
……完璧な淑女になるから。
だから……。
「……一緒に行きたいです」
一緒に世界を見たい。
一緒にダンスがしたい。
「夢みたいですね……」
――それが、叶うなら。






