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月明かりの下のダンスは

 胸がずっとドクドクする。


 きらきら輝くシャンデリアの下。

声がした方をそっと見上げれば、そこにあるのは濃いブルーの目。

相変わらず、眉間には皺が寄っていて、不機嫌でどこか冷たそう。


 ――でも、私は知ってる。


 その眉間の皺が取れる瞬間も。

掠れた声で、まっすぐに告げる言葉も。


 ……一緒にダンスをした時に。

楽しいって呟いたら、嬉しそうに笑ってくれた事も。


 耳の奥で鳴るドクドクが大きくて、黒い髪の男の子をただじっと見つめてしまう。

きちんと話をしたいのに、全然声が出てこない。

その目を見ていたいのに、見ていると勝手に顔が熱くなってきて……。


「体調は良くなられたのですか?」


 何も言わない私に黒い髪の男の子が掠れた声で言葉を続けた。

どうやら、前に会った時に体調が悪いと言ってダンスを断った事を気にしてくれているみたいだ。

その声が優しくて、思わず『元気です!』と答えたくなってしまう。

でも、婚約者を決めていない私は、いまだに家族以外とダンスをするつもりはなくて……。


 今日もダンスに誘われれば、悪役顔の微笑みを浮かべて、それとなく断るつもりだった。

ダンスはせず、色々な男の子との会話をがんばろう! と決めて来たのだ。

だから、ここでは『まだ少し……』とかなんとか言って、言葉を濁して、察してもらえばいい。


 なのに……。


 この前の言葉がよみがえる。


 『あなたとダンスがしたい』って。

掠れた声で、まっすぐに告げてくれた言葉。


 ……すごく、すごく嬉しかった。

私もダンスがしたいって、そう思った。


 だから、質問に答えられなくて……。

そのままじっと、黒い髪の男の子を見つめ続ける。


 ……言葉を返さない私はとても失礼だ。

けれど、黒い髪の男の子も私をじっと見つめ返してくれて……。

そして、ぎゅっと唇を結んだ後、ゆっくりと口を開いた。


「……テラスに行ってみませんか?」


 掠れた声が私の耳に響く。


 ……私、全然話してないのに。

この前だって、噴水の所からすぐに逃げ出してしまったのに。


 それでも、また誘ってくれるの?


「今夜は月がとてもきれいです」


 黒い髪の男の子が私を見つめたまま、まっすぐに言葉をかけてくれる。


 ……今日はプレーリーはいない。

キラキラ光る噴水もないし、ましてやテラスにいい思い出はない。

だから、誘いに乗る理由なんてないんだけど……。


 でも。

……もっと、黒い髪の男の子と一緒にいたくて。


「……はい」


 小さく頷けば、黒い髪の男の子はどこかほっとしたように小さく息を吐いた。

そして、私に手を差し出してくれる。

その手に私の手を乗せれば、なんだかその手はすごく熱い。

周りの喧騒をどこか遠くに聞きながらエスコートしてもらえば、世界がなんだかふわふわしているみたいで……。


 そうして、開け放たれていた両開きの扉からテラスへと出て行けば、夜空にはまるくて大きな白い月が出ていた。


「きれい、ですね」


 夜空を見上げて呟く。

黒い髪の男の子の言った通り、とてもきれいな月だった。

そうして月を見上げていると、なぜか隣から息を飲むような音が聞こえて……。


 不思議に思ってそちらを見れば、黒い髪の男の子が元からあった眉間の皺をさらに深くしている。

そして、何かを決意するように小さく息を吐いて、私をじっと見つめた。


「私と一曲踊っていただけませんか?」


 ……ダンスの誘い。


「テラスなら、人目を気にする必要は少ないか、と」


 そう言われて、ちらりと辺りを見れば、確かにテラスには私達以外に人はいない。

室内に続く扉は開け放たれているため、音楽もちゃんと聞こえてくる。


 ……そういえば、私が夜のテラスで一人でダンスをした時もこんな感じだった。

誰も見ていないからと、難しいステップをして、一人でダンスをしたんだ。

令嬢方がやってきて、泣かれてしまって、いい思い出じゃなくなってしまったけど……。


 難しいステップのダンスはとても楽しかった。

そして、その時にふと思ったんだ。


 こんなダンスを一緒に踊ってくれる人がいたらなって。

特定の誰かを思い浮かべてた。


 あの時、一人で踊った夜のテラスと、今、このテラスが重なる。

近くにある顔をじっと見上げれば、そこには濃いブルーの目があって……。


 私があの時、思い浮かべた人。



 それは、きっとあなた。


 ――私はあなたとダンスがしたかったんだ。



 それに気づけば、耳の奥のドクドクがもっと大きな音に変わる。

その音がうるさすぎて、なんだかうまく考えがまとまらなくて……。

それでも必死に頭を働かせて、今の状況を考えた。


 黒い髪の男の子はテラスなら人目が少ないから、ダンスができるんじゃないか、と言ってくれた。

きっと、私がダンスをしないのが体調不良からというわけではないと気づいてくれているんだろう。

でも、人目が少ないとは言っても、まったくないというわけではない。

ここでダンスをすれば、きっと室内からも見えてしまう。

だから、断るのが無難なんだろう。

悪役顔の微笑みで「もう少し月が見ていたい」と言って、ダンスの誘いをかわせばいい。


 ……でも。


 断らなきゃいけない理由はいっぱい出てくるのに、それを言葉にできない。


 ……テラスだからいいよね?

……もし、悲しい思いをする子がいるのなら、ちゃんと謝るから。



 だから。


 少しだけ。



「……はい、お願いいたします」


 心でいっぱい言い訳をして、いっぱい謝って……。

それでも、私は黒い髪の男の子の誘いに了承の返事をした。


 二人で少しだけ見つめ合うと、ちょうど良く、室内から流れてくる曲が終わった。

そして、新しい曲が始まる前に、黒い髪の男の子は一度私から離れるときれいな礼をとる。

それに私も礼を返すと、そっと黒い髪の男の子へと近づいた。


「……この日を待ちわびていました」


 掠れた声を聞きながら、右手を繋ぎ、左手を黒い髪の男の子へと添える。

ちょっと前まであんなにいっぱいダンスをしていたのに、なんだかとても久しぶりだ。


 ……前より、背が高くなったね。


 耳の奥でドクドクを聞きながら、目の前に濃いブルーの目をじっと見上げる。

そして、いつもの呪文。


  あなたが私のすべてです。

あなたが私の主役です。


 心の中で呟けば、大好きな音楽が始まった。

それに合わせて、ステップを踏む。


 ……楽しい。


 いつもしていたダンス。

久しぶりの家族以外とのダンスに勝手に顔が笑ってしまう。

黒い髪の男の子も私を見て、微笑んでいて……。


 初めて踊った時みたいに大胆な踊りじゃないけれど、やっぱりすごく上手だと思う。

あの時だってしっかりしたホールドですごく踊りやすかったのに、今はもっと力強い。


 一人でもしっかり立てるけど、あなたが支えてくれればもっと遠くまで足が届く。

あなたがいれば、もっときれいに背中を反らせる。


 みんなと同じ基本通りのダンス。

だけど、自分がいつもより大きく動けている気がして、どんどん胸が熱くなってきて……。


 ……もっとできる。

ねえ、私、もっとできるよ。


 胸の奥の熱に浮かされるように、濃いブルーの目をじっと見つめてしまう。

ただ見つめてるだけ。

だから、このじれったいような熱が伝わったわけじゃないはずなのに……。

黒い髪の男の子はわかってる、というように小さく頷いた。

そして、その目が悪戯っぽく輝く。


「……私は違うステップもできます」


 そういうと、私の耳元でそっとステップの名前を呟いて、体をスッと開いた。

そのステップは私が一人で踊っていた時にやっていた難しいステップで……。


 打ち合わせもしてないし、二人で練習したわけでもない。

なのに、まるで最初からわかってたみたいにダンスができる。

黒い髪の男の子が次のステップを呟いて、そのリードに体を預ければ、今までできなかったダンスができてる。


 なにこれ。


 なんで、こんな難しいステップができるんだろう。

こんなの社交界で使うことなんかなくて、覚えても一人でしか踊れないって思ったのに……。


 なのに、二人で踊ってる。

二人で息を合わせて、完璧にこなしてる。


「ふふっ……あははっ」


 楽しい。

楽しいよ……!


 胸の中にくすぶっていた熱がどんどん大きくなってはじけていく。

思わず、声を出して笑ってしまうと、目の前にある濃いブルーの目が嬉しそうに細まった。


「まだできます」


 ……ダンス中に声を上げて笑うなんて、全然、淑女らしくないのに。

そんな私を咎めることもなく、黒い髪の男の子はもっと色んなステップを取り入れてくれた。

私もそれに精いっぱい応えていく。


 ……私もできる。



 あなたとなら。


 もっと大きく。


 もっともっと遠くへ。



 楽しくて、勝手に顔が笑っちゃう。

そんな私に黒い髪の男の子がニッと笑って、目線を遠くへと飛ばした。

それはテラスの一番端で……。


「あそこまで行きましょう」


 黒い髪の男の子はそう言うと、そっと私に次のステップを告げてくれる。

それは連続してスピンするステップだ。

今、私達は黒い髪の男の子が目線で示してくれたテラスの端から一番遠くのテラスの端にいる。

どうやら黒い髪の男の子はテラスの端から端までスピンをして移動しよう、と提案してくれているようだ。


 やりたい……!

すごく楽しそう……!


 素敵な提案に、期待を込めて濃いブルーの目を見つめれば、黒い髪の男の子が私の右手をぎゅっと握り直す。

そして、くるりと世界が回り始めた。


 遠心力に負けて体が離れないよう、しっかりと体を合わせる。

目線を外へと逃がしながら、黒い髪の男の子のリードに合わせて、足を運んで行く。

そうして一度回り始めれば、あっという間にテラスの端までついていて……。


 スリーカウントを三回。

たったそれだけで、遠くだとおもっていたテラスの端にもうついている。

そして、ゆっくりと体を開き、左足を引いて、背中のラインと首の角度に気をつけながら、白く光るテラスのタイルを見つめた。


 ……これは一人で踊った時にもやったダンスの決めポーズだ。

ゆったりとカウントを使い、美しいポーズをしっかりと見せる。


 でも、あの時よりももっとしっかりと背中が反らせる。

背中に添えられた黒い髪の男の子の右手としっかりと繋いでくれた左手が私の体を自由にしてくれる。


 こんなにダンスができる自分なんて知らなくて……。

楽しくって、嬉しくって笑った顔のままもとに戻れない。


 なのに、もう曲の終わりは近づいてくる。


 ……もう終わってしまう。

このままずっと、終わって欲しくない。


 ――あなたとダンスがしたい。


 ずっとずっと楽しい時を送っていたい。


 濃いブルーの目が嬉しそうに細まって欲しい。

そして……ずっとずっとあなたの目の中に映っていたい。



 私があなたの主役で。

あなたの世界が私でいっぱいになって欲しい。



 ――ずっと一緒にいたい。



 ……なんだ。

すごく簡単な事だったんだ……。


 上手く話せなくても。

恋なんてよくわからなくても。


ダンスをすれば、私の心はこんなにもすぐにわかる。




 これが恋だ。


 ――私、この男の子が好きだ。

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