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婚約者選びは

大変遅くなり申し訳ありません。

 色んな事を考えて動けなくなってしまった私。

侍女であるエミリーに弱音を吐いてしまったが、エミリーはそれを優しく受け止めてくれた。

そして、ヒントも与えてくれたのだ。


 ――婚約者を決めれば、新しい世界が広がる。


 確証はないけれど、それは私の心にストンと落ちた。

ダンスに夢中でうっかりしていたが、しっかりと婚約者を探していきたいと思う。


 三年前。婚約者の事をお父様と話したが、あれから状況は変わっていない。

相変わらず政略結婚の話はないし、自由にさせてくれている。

だから、やっぱり恋愛結婚。

パーティーでかっこいい人を見つけるのが、私のやるべき事!


 だから、今までのように適当に会話をして、ダンスばかりをしていてはダメだ。

ちゃんと言葉を交わして、相手の事を知っていかなくてはならない。

話をするのは苦手だけど……。


 ダンスのために。がんばる!




 そうして、気合を入れ直し、次のパーティーまでの数日間を過ごした。

相手の人と話すためのイメージトレーニングもし、恋についてもエミリーから聞き、婚約者選びへの準備はばっちりだ。


「エミリー。恋はドキドキするんですよね?」

「はい。人により変わりますが、胸が高鳴り、顔が熱くなることもあります」

「……わかりました」


 恋についての最終チェックをエミリーに聞きながら、隣国から輸入した生地で仕立てられたドレスを纏って行く。


 今日のドレスは私の髪色に合わせた濃いブルーのドレス。

ドレスのライン自体はシンプルだが、そのドレスは全体を薄いブルーの糸で繊細な刺繍が施されている。

隣国は刺繍の文化がとても発展しているのだけど、今日のドレスに刺繍さてれいる糸は、なんと光を蓄えて、淡く発光するのだという。

明るい室内では発光している事はわからないだろうが、それでも、動く度に光を反射しているように見えるため、とてもきれいに映るはずだ。


 いつものパーティーだけど、いつもとは違う目的のパーティー。


 気合の入った私にぴったりのドレスだ。

ドレスに合わせて、髪をすっきりとまとめて、透明な石のアクセサリーをつければ、鏡に映るのは誰もが振り返る、バルクリッド侯爵の娘。

……うん、まあ悪役顔なのは、おいとこう。

今日の舞台はメルディ伯爵家。次女の社交界デビューのパーティーだ!


「エミリー、行ってきます」

「はい。行ってらっしゃいませ」


 かっこいい人、見つけてくるからね!


 ふふっと笑えば、エミリーは少しだけ眉尻を下げて、でも、それを私から隠すみたいに、きれいに礼を取った。

ちょっと気になったけれど、エミリーを心配させるのはいつものこと。

しっかりと婚約者を決めてくれば、エミリーが心配も吹き飛ぶはずだ。


 そうして、メルディ伯爵家が用意してくれていた部屋からお父様にエスコートしてもらい、会場へと移動する。

会場はすでにきらびやかな衣装を着た人々がおり、たくさんの灯りに照らされ、きらきらと輝いている。

主催者が挨拶に来てたので、私とお父様も言葉を返した。

そして、程なく曲が流れてダンスが始まる。


 家格的には一曲目に踊ってもいいのだが、お父様と私が踊ると目立ちすぎるため、一曲目は踊らないことが多い。

なので、二曲目に踊り、ダンスホールから出ると、あっという間に色々な人に囲まれた。

いつもならその誘いを受けて次々と踊る。

そして、前回なら断りまくって、談笑だけで済ませた。


 しかし、今回は違う!


 私は囲んでいる人々をサッと見回し、その中から一人の令息にターゲットを絞る。

茶色の髪を丸い形で切っている少年。

きっと歳は私と同じぐらいだろう。

なんだか素朴な出で立ちで、どこかプレーリーを感じさせる。


 そっとお父様の手を引き、チラリと見上げる。

お父様は私の意図に気づいてくれたようで、少しだけ屈んでくれた。

その耳元へ口を寄せ、ポソポソと小さく話す。


「わかった」


 私とお父様が話していると今まで囲んでいた人達に緊張が走った。

……きっと、悪役顔の親子が相談しているという事が不安を煽ったんだろうな。

お父様のたった一言でさえ、周りの人はドキリとしたようで、思わず、と言った風に目を伏せている。


 ……どうしよう。

あの子と話がしてみたいなぁ、なんて。

そんな事を言っただけで、こんな雰囲気になるのか……。


 婚約者選びも大変だなって思わず目を細めてしまう。

それでも、こうして色んな人と話しながら婚約者を探さなければならない。

うん! ダンスのためにがんばる。


 そうして、お父様とその令息の父親に挨拶し、いい感じの所で令息と二人で抜ける。

令息はたどたどしくも優しくエスコートしてくれ、見た目通り実直な感じの少年だった。


 でもなぁ。


 何かが違う。

ドキドキしない。


 私は恋をした事がないからわからない。

なので、エミリーからの情報を頼りに自分の心を確かめる。


 恋をするとなんだか胸がドキドキするらしい。

そして、ついついその人に目が行ってしまったり、その人の事を考えてしまったりするらしい。


 ……だから、多分、これは違う。


 嫌いじゃない。

いい子だと思う。


 でも、ずっと一緒にいたい、とか胸がドキドキしたりとか。

そういう事はないから。


 私は壁際に置かれていたイスから立ち上がる。

令息は私の横に座っていたが、私が立ち上がるのを見て、自分も立ち上がった。

私は令息の顔を見て、薄く微笑む。


「今日はお話しできて大変光栄でした。またの機会がありましたら、ぜひお話させてください」


 そして、そっと礼を取る。

令息はそんな私を見て、少しだけ目を揺らして、ぎこちなくも、優しく微笑んだ。


「私の方こそ今日は恐悦至極でした」


 では、と令息も私に礼を取り、その場を去っていく。

私はその背中を見送って……。

そっと胸を抑えた。


 ああ……。なにこれ、すごく胸が痛い。


 ドキドキとは違う。

なんだか苦い……罪悪感みたいなものが胸にじわじわと広がった。


 別に令息と何があったわけでもない。

話してみたいな、と思ったから話してみて、恋じゃないから話を終わらせただけ。

これは社交界でみんながやっていること。

婚約者を見つけるために色んな人と話して、色んな人を見て……。


 ……でも、なんか、あれだ。

これは……きっと、された方はつらい。


 さきほどの令息だって、私の事を好きだったわけじゃないと思う。

でも、少しは期待したはず。

今までこんな事をしなかった私が、二人で話をしたいって言ったのだから。

なのに、私の方から話を終わらせて……。


 ……胸がズキズキする。


 私は小さく溜息を吐き、そっと目を伏せる。


 ダンスがしたい。

婚約者を選びたい。


 ……けれど。

色んな人と話して、色んな人を見て……そして、比べて。

そうやって誰か一人を見つけるまでに、私はどれだけの人を『違う』と切り捨てて行くんだろうか。


 仕方のない事なんだと思う。

でも、できれば……。

このズキズキが少しの回数で終わって欲しい。


 なので、私は目を伏せたまま、これまでの事をゆっくりと思い出してみた。

今まで気にしていなかっただけで、もしかしたらドキドキした相手がいたかもしれない。


 胸を抑えたまま、思い出せる顔を色々と思い浮かべる。

少しでもいい。

ちょっとしたドキドキでも。


 そうして、色々な顔、出会った時、ダンスした時を思い出してみる。

すると、ふと、心に引っかかる出来事。


 ……プレーリーの家で見た噴水。

あそこで話した、濃いブルーの目の……。


 と、そこまで考えると、胸がきゅうって苦しくなった。

胸を抑えたままの右手の辺りは、なんだかドクドクと脈打っている。


 ドクドク?

ううん……それともこれがドキドキ?


 ……わからない。


 わからないけど、でも確かに私の胸はいつもとは違う。

あの時だって何度も胸がきゅうってした。

すぐに逃げ出してしまったけど……。


 ……次はいつ会えるかな?


 もし。

もし会えたなら。


 ちゃんと目を見て。

逃げずに、話をして。


 ……この胸がドクドクなのか、ドキドキなのか確認して。


 それで――。

そうしたら――。


 考えれば考えるほど、もっと胸がドクドクする。

そうやって、自分の事に集中していたせいで、パーティーだと言うのに、全然周りを気にしていなかった。

だから、隣に人が来ていた事にも気づかなくて……。


「こんばんは、良い夜ですね」


 相変わらずの掠れた声。


 自分の事に集中していたとはいえ、いつもの私なら、すかさず悪役顔の微笑みを浮かべて、そうですねって答えられる。

ちゃんと姿勢を正して、無難に乗り切れるのに。


 でも、その声がいきなり聞こえたから。

だって、今、ちょうど考えていた所だったから。



 体がピッて固まって……。


 胸がドクンって高鳴った。

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