眠る前の時間は
よくわからない胸の痛みに襲われた私。
逃げるように室内へと戻り、ぼんやりしている間にパーティーは終わっていた。
ダンスをしないと決めた最初のパーティー。
……うまくいかなかった。
全然うまくできなかった。
社交界にデビューしてからダンスばかりしていた。
けれど、ダンスをしないと決めたのだから、これを機会にこれからは同年代の人とも話せるようになろう、と思ったのに。
それがこの結果。
……自分にがっかりだ。
せっかくプレーリーが色々としてくれたのに。
同年代、というだけでこんな感じになってしまうんだろうか……。
そもそも私には同年代の知り合いが少ない。
ちゃんと話せる人と言えばプレーリーしかいないかもしれない。
十歳までは庭でちょうちょを追いかけていたため、友人はいたものの、あまりちゃんとした話はできなかった。
そのうち、淑女になるための勉強でいっぱいいっぱいに。
十二歳でデビューしてからはダンスばかりをして、話をすることもなく……。
そのうちに攻略対象者への色々で噂が独り歩きを始め、私に寄って来る人はほぼいなくなってしまったのだ。
同年代の子とうまくいかない。
将軍の息子は社交界から追放し、シェーズ様は寝込ませ、令嬢たちには泣かれ……。
更に今日は話を一方的に終わらせ、逃げ出してしまった。
……友達が欲しかったな。
今まではダンスをしていたから、そんなのは気にならなかった。
ちょっと悲しくなっても、寂しくなっても。
ダンスをしていれば、人と関われて、嫌な気持ちもなくなっていたから。
でも、今はダンスはできなくて……。
自分が決めたこと。
なのに、心にはその事ばかりが何度も浮かぶ。
「エミリー……」
パーティーが終わり、今日はそのままプレーリーの家に泊まる事になっている。
一緒にプレーリーの家へと来て、私の世話をしてくれていたエミリーに声をかけた。
……エミリーだって今日は疲れてる。
主人として、こんな風に弱音を吐くのはよくないんだけど……。
「……エミリー」
ベッドに入って、掛布団を顎の辺りまで引き上げて、部屋を出て行こうとしていたエミリーをもう一度呼ぶ。
エミリーは疲れているはずなのに、優しい笑顔で私のところまで来てくれた。
「はい、お嬢様」
ベッドの傍で聞こえるエミリーの声。
いつも優しくて、時々困ったように笑う、エミリーの声。
温かなその声に私の弱音は簡単に口に出てしまう。
「……ダンスがしたいよ」
五歳から一緒にいてくれたエミリーは、私から見ると困ったときに助けてくれるお姉さんで……。
だから、縋るようにエミリーを見る。
すると、エミリーは一度口を開き……そして、ぎゅっと口元を結ぶと、考えるように少しだけ目を瞑った。
「……お嬢様。本来なら、侍女は主人に意見を求められても、自分の意見を言うことはできません」
「……はい」
「お嬢様はお嬢様の考えられるように。私はその考えに沿って動く事が仕事です」
「はい」
そう。侍女であるエミリーに相談しても、エミリーは私の意に沿うような答えしか言えない。
例えエミリー自身が何か思っていても、私を肯定することしか言えないんだ。
「……ですから、今は時間外と言う事で」
「……エミリー」
エミリーは優しい。『時間外』という言葉で、私を甘やかしてくれる。
それがうれしくて笑顔で頷けば、エミリーは私の枕元のしゃがんで、私と目を合わせた。
「お嬢様がダンスをしない理由をわかっております。……ご令嬢方を傷つけないためですね?」
「……私がダンスをすると、不安になるようです」
泣いていた茶色の髪の令嬢を思い出す。
すごく……すごくつらそうだったなぁ。
「お嬢様の立場が明確でないから、疑心を生むのだと思います。……お嬢様がご自分の立場を表明すれば、ご令嬢方が抱く不安も少なくなるのではないでしょうか」
ぼんやりと令嬢たちとの事を思い出していると、エミリーがゆっくりと言葉を選びながら、私に話してくれる。
その言葉はちょっとだけ回りくどくて……。
せっかくエミリーがくれたヒントを逃さないように、エミリーの言葉を何度も頭の中で繰り返す。
エミリーは考えているすべての事を話してくれているわけではないのだろう。
けれど、少し考えればエミリーの言いたい事がわかってくる。
私の立場をはっきりさせないから、令嬢たちは不安になる。
令嬢は婚約者をとらないで、と私に言っていた。
それはつまり、私が令嬢たちの婚約者を私の婚約者として欲するかもしれないと思ったからだ。
どうして、そんな風に思ったのか。
それは……。
私に婚約者がいないから?
ということは……。
「……私が婚約者を決めれば、令嬢たちは不安にならない」
エミリーの言葉から導き出された結論を声に出すと、エミリーは私を見て、優しく微笑んでいた。
な・る・ほ・ど!
婚約者を決めれば、令嬢たちは私の行動をいちいち悪く受け取らない。
あれ? と思っても、私には婚約者がいるんだから、ただの社交だとわかるはずだ。
つまり、令嬢たちを泣かせる心配はない。
そうすれば、私はまたダンスができるわけで……。
すごい!
これでまた、いろんな人と踊りたい放題!
私の悩みを一瞬で吹き飛ばすその提案に、心の中でエミリーに拍手喝采する。
これで、私の問題はあっという間に解決だ!
「お嬢様は心に決めた方や、少し興味がある方などいらっしゃいますか?」
エミリーが柔らかく私を見ている。
エミリーの目線は優しい。
けれど、私はそのエミリーの言葉に頭をガンッと殴られたような衝撃を受けた。
「……まだ。誰も……」
自分の言った言葉に自分でずーんと落ち込む。
婚約者を見つけるためにダンスを始めた。
そのうちに目的を見失い、ただただ楽しくダンスをしていただけだった。
私は自分のマヌケさ加減に薄く笑ってエミリーから目線を反らした。
三年前。エミリーにかっこいい婚約者をみつける、と啖呵を切ったのは誰だったんだろうか。
……私だ。
婚約者を見つけるためにダンスを始めた。
そして今、ダンスがしたいがために、婚約者を決めようとしている。
なんという本末転倒!
「……お嬢様」
小さく。けれど、はっきりと聞こえた溜息の音。
それに気づかないフリをして、もう一度目線をエミリーに戻した。
「エミリー。遅い時間なのに、こうして話してくれて助かりました。私だけだったら悩むだけで前に進めなかったかもしません」
「……いいえ。お嬢様は悩みながらでも前に進んでいたと思います」
きちんと目を見て、お礼を言えば、エミリーも優しく笑ってくれる。
それが嬉しくて、更に笑ってしまった顔はそのままに、エミリーにしっかりと告げた。
「私、かっこいい人を見つけてきます」
がんばる! と頷くと、エミリーは困ったように笑った。
三年前と同じセリフだけど……。
今度こそちゃんとする!
エミリーはそんな私に挨拶をして、今度こそ本当に部屋を出て行く。
一人残された部屋はエミリーに話をする前とは違って、心細くも悲しくもならない。
「……婚約者を決める」
エミリーが教えてくれた。
婚約者さえ決めれば、もう令嬢たちに遠慮する必要はないのだ。
――そうすれば踊りたい放題。
ニヤリと上がってしまう口角を必死で戻しながら、掛け布団を被る。
目を瞑れば、キラキラ輝く空間の中、楽しくダンスをしている私がいた。
活動報告に侍女視点の小話upしました






