ダンスをしない社交界は
もう家族以外とはダンスをしない。
そう決めたけど、それでもパーティーに招待状はひっきりなしに届く。
既に参加を決めていたパーティーもあったので、いつも通りにドレスに着替え、会場へと行った。
会場に到着してすぐ。何人もの男性にダンスに誘われる。
いつもはそれに頷いて、たくさんダンスをするのが楽しかった。
キラキラした空間で、主役になるのが嬉しかった。
……だけど、今日からはもうダンスをしない。
自分で決めたこと。
だから、体調不良だと言ってすべてを断った。
もちろん、断られた人は驚いていて……。
でも、特定の誰かを作らず、平等に断れば、粘られる事もなく、少し談笑した後、皆散っていった。
ダンスをしている人たちを横目に、適当な人と会話をして、適当にごはんを食べ、適当に笑う。
キラキラした空間にいるのに、流れる時間は今までと違うもの。
……楽しくない。
もう帰りたい。
あんなに楽しかったパーティーもこうなってしまえば、ただ苦痛なだけだ。
音楽が聞こえ、体は踊りたいとうずうずするのに、踊る事ができない。
何人もの男性や女性と腹の探り合いをしながら会話をするが、まったく実りはなくて……。
はぁと一つ溜息を零すと、スッと赤色の飲み物が入ったグラスが差し出された。
「今日は踊らないのですか?」
そこにあるのはいつものぼんやり顔。
人のいい、やわらかな笑顔を浮かべる、プレーリーだ。
今日はプレーリーの家で行われているパーティーで、プレーリーも色々と忙しそうにしていた。
「ええ。今日は体調が優れなくて」
「そうですか、残念です。ライラック様と踊れるのを楽しみにしていたのですが」
プレーリーがにこっと笑うので、私もふふっと微笑んだ。
しょんぼりしていた心がちょっと持ち上がる。
……プレーリーとならダンスをしてもいいんじゃないかな。
現在、プレーリーには婚約者いない。
伯爵家の次男だけど、爵位は継げそうになく、将来もはっきりとは決まっていないので、まだプレーリーを狙っている令嬢もいないだろう。
プレーリーとダンスをしてもきっと誰も泣かないはずだ。
ダンスをしたくてたまらない心が、踊っちゃえよ、と私に囁く。
けれど、プレーリーとだけ踊って、他と踊らないとなるとそれもまたおかしいな話だろう。
ようやく作った平穏が乱れて、プレーリーにまた迷惑をかけるかもしれない。
……やっぱりもう誰ともダンスはできないんだ。
私はぎゅっと眉を顰めて、もう一度息を吐いた。
そんな私にプレーリーが優しく声をかけてくれる。
「ライラック様、よろしければテラスへ行ってみませんか」
「テラスですか……」
プレーリーの言葉に心がチクッと痛くなった。
テラスと言えば、先日、不測の事態に出会ってしまった場所だ。
その時の事を思い出すと、すぐには返事ができなくて……。
どうせダンスができないのなら、室内にいても楽しいことはない。
プレーリーは気を利かせてくれたんだと思う。
だけど……テラスにはいい思い出がないから。
プレーリーの嫌がらせ事件に令嬢たちに泣かれた事件。
テラスという言葉だけで何か事件が起こりそうな、そんな嫌な感じがしてしまうのだ。
だから、答えを濁して、プレーリーから視線を逸らした。
きっと、これだけでプレーリーならわかってくれる。
けれど、プレーリーは相変わらず穏やかに笑っているようで……。
「はい。テラスから庭にも出られるようになっていて、噴水もあるんですよ?」
「噴水?」
水がバッっと出てキラキラ光ってきれいなあれの事か!
先ほどまで後ろ向きだった心が、その光景を思い、行こう行こうと騒ぎ出す。
プレーリーが行ってくれるなら、一人じゃないし大丈夫!
私がじっとプレーリーを見ると、プレーリーは嬉しそうに笑った。
「良かった、噴水がお好きなのですね」
「はい。我が家にはありませんので」
プレーリーが渡してくれた甘酸っぱいジュースを少し飲み、それをまたプレーリーに戻す。
プレーリーは自分のグラスと私のグラスをまとめて、近くにいた給仕に渡すと、私をエスコートしてくれた。
そうして二人でテラスへと出ると、夜空には白い月が出ていて……。
大きな白い月。
その月が柔らかい光で辺りを照らしている。
そのおかげで、今日は夜なのに、辺りはあまり暗くない。
プレーリーに手を取られ、テラスから庭へと降りる。
レンガの上を歩けば、今日のドレスに合わせて新調した銀色の靴のヒールがコツコツと鳴った。
噴水はテラスからでも見れるようになっていたが、近くに寄ってみると、より水しぶきが鮮明に見える。
ザーザーと規則的な音が響き、光を弾いてキラキラと輝いていた。
きれいだ……。
月明かりの下で見る噴水は思っていたよりもずっときれいで、勝手に頬が緩んでしまう。
室内にいた時には感じなかった、心のワクワク感。
それが嬉しくて、ふふっと微笑んだ。
「ありがとうございます。とてもきれいですね」
「そう言って頂けると光栄です」
プレーリーにお礼を言うと、プレーリーもいつも通りにぼんやり顔で笑ってくれる。
噴水っていいなぁ。
家にもあったらいいのになぁ。
さっきまで、疲れていた心があっという間に上向いて行く、この噴水パワー。
これが家にあれば、ちょっとやだなって思った時に見に行けば、いつでも元気になれる気がする。
どういう仕組みかわからないけれど、お父様に言えば作ってもらえるかもしれない。
プレーリーの家と我が家はいい関係を築いているから、作った人がわかれば紹介してもらえばいいしね。
キラキラ光る噴水を見ながら、我が家にも作れないか考える。
プレーリーは無言で噴水を見ている私を邪魔することなく、隣で一緒に見てくれた。
やっぱり、プレーリーは落ち着く。
さすがぼんやり顔だ。
そうして噴水を見ていると、ふと、私達の傍に誰かが寄って来る気配を感じた。
その気配にピクッと反応してしまう。
……また、何かが起こったらどうしよう。
この前の事を思い出し、心に不安がにじんでくる。
すると、横にいたプレーリーは私を落ち着かせるように柔らかく微笑んだ。
さっきと同じ、穏やかな笑顔。
けれど、プレーリーは微笑んだまま、一歩、私から距離を取った。
「ライラック様、私は中へ戻らねばなりません」
……え?
こんなに安心させておいて、まさかの発言。
誰かがこちらへ来た今だからこそ、プレーリーがいてくれると心強いんだけど……。
少し驚いて、プレーリーを見てしまう。
すると、プレーリーの横にこちらへ歩いてきた人が並んだ。
それは黒い髪に濃いブルーの瞳の持ち主で……。
……一年ぐらい前に一緒にダンスをした、あの男の子。
なんだかとっても久しぶり。
思わずじっと見上げると、プレーリーが柔らかく微笑んだままで、なんでもない事のように言葉を続けた。
「噴水を気に入って頂けたようでしたら、彼と一緒にご覧になるのはいかがですか?」






