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馬車の中は

 テラスでまさかの出来事に遭遇した私。

ぼんやりとしたまま室内へ戻り、なんとかパーティーを終えることができた。


 そして、パーティーの会場から我が家へ戻る馬車の中で、兄に話しかける。

兄とは仲がいいわけではないけれど、今日の出来事を話さずにはいられなかったのだ。


「……お兄様。私がダンスをすると令嬢たちは泣くのでしょうか」


 馬車の中では無言が基本の私。

それが珍しく、私から話しかけたので兄は少し驚いたように返した。


「どうしたんだい? 何か言われた?」

「婚約者を取らないで欲しいと、泣きながら謝られました……」


 茫然自失。私としては本当に不測の事態だった。

なのに、兄はすぐに合点がいったようで、ああと頷く。


「なるほど。ライラックが嫌がらせでその令嬢方の婚約者とダンスをしていると思われたんだね」

「……なんで」

「その顔のせいだろうね」


 こげ茶色の髪を靡かせ、薄いブルーの瞳で私を覗く。

兄の色彩はお母様似だ。でも、目はつり上がっているし、前髪をアップにしている今はより悪役っぽい。

……まあ、色合いのせいか、その柔らかい口調のせいか、私よりはちょっと優しそうに見えるけれど。


「私の顔……」


 濃いブルーの髪をすっきりとまとめ、黒い瞳は人を射抜く。

……うん。やっぱり、この悪役顔のせいなんだ。


「……ただ、ダンスがしたいだけなのに」


 令嬢たちは何を見ていたんだろう。

私は誰彼構わずにダンスをしている。

それを嫌がらせと取られては、もう誰ともダンスができないじゃないか。


「婚約者のいる方でも、妻子がある方でも、ダンスをするのはマナー違反ではないはずですよね?」

「ああ。もちろん。社交のためだからね」

「……では、どうして私は」

「その顔のせいだろうね」


 ……そのセリフ、さっきも聞いた。

ずーんと落ち込んで、薄く開いた目で馬車の窓から外を見る。

ああ、夜の街並もきれいだな。


「ライラックは思い込んだら一直線だからね。周りの事なんて何も気にしていなかっただろうけど、令嬢方は君が誰を選ぶんだろうってずっとハラハラしていたんだよ」

「……まだ誰も選んでいません」


 そうだった。

そもそもかっこいい婚約者を探そうと思って、ダンスを始めたんだった。

目的と手段が入れ替わって、早一年。

まだ誰ともそういう仲にはなってない。


「バルクリッドの一人娘だからね。既に婚約者がいる男性でも、君が望めばなんでも叶うんだよ」

「……はい」


 バルクリッド。その名には力がある。

私は何も考えずにダンスをしていただけだけど、その度に私のパートナーの婚約者はハラハラしていたのだろうか。

もし、私が横恋慕して、婚約者になりたいと言えば……きっと叶ってしまう。


 ようやくその考えに思い当たり、また、ずーんと落ち込んだ。


 私は横恋慕なんてしないのに。

いや、恋とかした事がないからわからないだけで、もしかしたら婚約者がいる人を好きになる事もあるかもしれない。

だけど、それを奪ったりするもんか。


 だって、それは私がゲームの主人公にされるかもしれない道だ。

私は誰かの物を奪ったりしない。

私のような脇役感を他の人に押し付けるなんて決してしない。


「……私はそんな事、絶対に望まないのに」


 外を見つめながらボソリと呟いた。


 ただダンスがしたいだけなのに。

やっと見つけた楽しい事なのに。

……それさえもままならない。


「ライラックが積極的にパーティーの出てくれて助かったけどね。私は学校があるから行けないし、父上も仕事で忙しい人だから」

「……はい」

「それに、ダンスをしているライラックのおかげでバルクリッドの宣伝にもなった。そのドレスだって今日も好評だったよ」

「……はい」


 外を見つめたままの私に兄がゆっくりとかみ砕くように話をしてくれる。

私はただダンスはしたいだけだったけど、少しは父や兄の役に立てたのだろう。

さすがに悪い面だけだったら、こんなにも自由にさせてくれる事はなかったはずだ。


「令嬢方も少し先走っただけさ。……ライラックがテラスに一人でいる事など今までなかったからね、きっと今しかない、と思ったんだろう。これからは一人にならないように気を付けなさい」

「……はい」


 ……兄の話を要約するに。

一人にならないように気を付けて、今まで通りにダンスをすればいい、と。

そういうことだろうか。


 兄も明らかな悪役顔だが、その言葉に愛がある事がわかる。

言い方はそっけないけれど、今までだって好き勝手にダンスをする私を怒る事もなかったし、今だって私がダンスをするのを止めるそぶりもない。


「ありがとうございます」


 私は外に向けていた目線を兄に戻した。

そこには冷たい色をした薄いブルーの瞳。

でも、その色の奥に私を気遣うものが確かにある。


 ……ダンスをすればいいんだと思う。

今日の事は忘れたらいいんだ。

名も知らぬ令嬢など気にしなくたっていい。


 私は兄の瞳を見ながら、ぎゅっと眉根を寄せて、唇を噛んだ。


「でも、私がダンスをすると令嬢が泣くのです……」


 そう。茶色の髪の令嬢はボロボロと泣いていた。

きっと、とっても辛かったのだろう。

悩んで、悩んで……。

意を決して私の元に来たのだ。


 ググッと胸から目に気持ちがせり上がって来る。

油断したら零れてきてしまいそうなそれを、目を瞑る事で必死に抑えた。

そして、ゆっくりと告げる。


「もう、お兄様やお父様以外とはダンスをしません」


 婚約者のいる人、その関係性、それを全部覚えれば、何人かとはダンスができるかもしれない。

でも、同じ人とだけダンスをすれば、また新たな噂が出る。

バルクリッドの一人娘が特定の人とだけ仲良くすれば、また私には思いもよらない事が起こるんだろう。


「……ダンスがしたいのは、私のワガママでしたから」


 ……ダンスが好き。

ダンスをするのはすごく楽しかった。


 でも、そのせいであんなに泣かれるなんて思わなかった。

きっと他にもつらい思いをした人がいるんだろう。

私のワガママの裏で泣いている人がいたのかと思うと、胸がしくしく痛んだ。


「……そんな顔なのに、心が優しいんだから」


 兄が小さく溜息をついて、私の頭を撫でる。


 ……お兄様だって悪役顔のくせに優しい。


 馬車が街並みを走っていく。

私はその馬車の中で、せり上がって来る気持ちを必死に抑え続けた。

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【3/20】コミックライド様より連載開始
アイリスNEO様より発売中

悪役令嬢はダンスがしたい 悪役令嬢はダンスがしたい
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