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夜のテラスは

 私が社交界デビューをしてから一年。

デビューをしてから色々な事があった。

プレーリーの嫌がらせ事件に魔術師への魔素流し込み事件……。

それらは私の悪役令嬢歴史を華々しく飾り、私の悪役顔の微笑みはますます力を増した。

そっと微笑めば、誰もが私を追求できないのだ。


 ……まさに万能!


 人の顔と名前を覚えるのが苦手な中でも、プレーリー以外にも話す人を増やし、交友関係を広げてきた。

そうすれば、めんどくさいこともついてくるわけで、悪役顔の微笑みがそれを見事にスルーさせてくれている。


 将軍の息子やシェーズ様には申し訳ないけれど、これはこれで良かったのかもしれない。

そういう噂のおかげで、めんどくさいことを避けながら、思いっきりパーティーでダンスができるのだから。


 自分の悪役顔について色々と思う事はあるけれど……。

うん。ダンスができるならそれでいいか。





 そうして、十三歳になっても色々なパーティーに参加し続けた私。

今ではバルクリッドの宝石とかバルクリッドの幼蝶などと呼ばれるようになっている。


 うん。宝石はいい。

でも、幼蝶って要はイモムシじゃないの? と疑問に思っていたりもするが、きっと深い意味はないと信じたい。


 今日も私はパーティーに出ている。

いつもは寒色のドレスが多いのだけど、今日は珍しく黄色のドレスを着ていた。

淡い黄色の生地に暖かい地方でしか咲かない、鮮やかな黄色の生花がスカートの左側にたくさんつけられている。


 この国では温室がないと咲かない花。

それをたった一日限りのパーティーのドレスに使用している。


 バルクリッドの技術力と経済力をこれでもか、とアピールしているのだ。


 ……私はあまりこういうドレスは好きではない。


 生花を使うと、ダンスをする際に少し気になってしまうから。

ダンスを思いっきりしたい、という私のワガママでパートナーと接する必要がある部分には花を取りつけてはいない。

それでもやっぱり、花が潰れないよう丁寧な扱いをしなければならないのだ。


 いつも通りにいろんな方と踊り、少しの間、談笑する。

普段なら室内から出る事はないのだけれど、なんだか今日は少しばかり、外の空気を吸いたくなった。

生花のドレスの扱いに疲れて来たのだ。


 室内から続くテラスへと足を向けると、きれいな庭が広がっている。

私はそっとテラスの手すり付近まで近づき、空を見上げた。

漆黒の夜空に星がキラキラと光っている。


 きれいだな。


 テラスへと続く窓が開け放たれているため、室内からはダンスの音楽が聞こえた。


 夜のテラス。

キラキラ輝く星空の下、花のドレスを着た私。

手入れされたきれいな庭に私の大好きな曲が響いている。


 なんだかとっても素敵な空間で、知らず知らず、口角が上がってしまって……。


 ダンスも好きだけど。

たまには、こういうのもいいな……。


 一人の時間が楽しめるようになった私。

なんだかちょっと大人っぽくなったようで、ふふっと笑ってしまう。


 ……誰も見てないし、一人で踊っちゃおうかな。


 室内から響いてくる大好きな曲に気づけばカウントを取り始めてしまう。

大人っぽくなった、とさっき思ったばかりだけど、やっぱりダンスで頭がいっぱいだ。


 パートナーはいないけど、そこにいるかのようにきっちりとホールドを張る。

そして、音楽に合わせて体を動かした。


 いつもよりちょっと難しいステップ。

パーティーには合わないからできないけど、ここなら自由だ。

左足を横に蹴り上げ、ゆっくりと右足の後ろへと入れる。

その動きを利用して、くるりと回転すれば、花をつけたスカートがふわりと揺れた。


 ……楽しい。


 そのままゆったりと動き、右足を少し引き、左足をスッと伸ばす。

背中を反らし、テラスのタイルに目線を持っていけば、そこには星の光が反射していた。


 一人でもダンスはできる。

でも……。


 ここにパートナーがいてくれたらいいな、と思う。

一緒に楽しくダンスをしてくれる相手。


 私だけじゃできない。

そんなダンスを一緒にしてくれる人。


 そこまで考えると、なんだか胸がきゅっとなって、思わず足を止めてしまう。

ホールドも崩して、自分の考えに、はて? と首を傾げた。


 ……ダンスは誰としても楽しいはず。

でも、さっき私は……。


 一緒にダンスをしてくれる人を。

特定の誰かを思い浮かべたような……。


 そうして、動きを止めた所で、ふとこちらに歩いてくる令嬢が見えた。

三人程がこちらへ向かってきており、皆、一様に顔は固い。

その表情にさっきまで考えていた事は消え、その令嬢たちに興味が向かう。


 ……私に何か用かな。


 テラスには私しかいない。

令嬢たちに見覚えはないが、なにか私に用があるのだろう。

私は不思議に思いながらも、体の向きを変え、令嬢たちを出迎えるような形になった。


「ご機嫌麗しゅう存じます」

「……ええ」


 令嬢たちは私の前までくると、きれいな礼を取る。

私がそれに頷いて答えると、令嬢たちはごくっと息を飲んだ。


「ライラック様……。私が何か気に障るような事をしましたでしょうか」


 令嬢たちの真ん中に立っている、茶色の髪と同じ色の瞳を持った令嬢が意を決したように、震える声で言葉を告げる。

そして、言葉を言い終わると、突然ポロリと涙をこぼした。


 ……どうした!?


 夜のテラス。

キラキラとした雰囲気の中、かわいらしい令嬢が涙を流している。

その肩は小さく震え、悲壮感たっぷりだ。


 テラスで一人、ダンスをしていただけなのに、まったくの不測の事態。

驚きすぎて、たぶん無表情になってしまっている。

だって、何が起こっているかなにもわからない。


 茶色の髪の令嬢は両手を胸の前で強く握りしめられている。

周りの令嬢は痛ましげにそれを見ると、悲痛な面持ちで私をみやった。


「ご無礼をお許しください。ライラック様」

「ですが、私達に思い当たる節がなく、直接聞いてみるしかない、とこのような手段に出てしまいました」


 私は驚きながらも、その三人をちらりと見る。

すると、目があった令嬢たちはブルリと体を震わせ、足元へと視線を向けた。

三人とも顔は青く、必死で何かに耐えているようだ。


 ……たぶん。

私が無表情なせいだ。


 未だに令嬢たちが何をしに来たかはわからないが、なんだか私に謝っているように思える。


「……謝罪をされているのでしょうか?」

「はい、このような謝罪など受け入れていただけないとは存じますが、このように馳せ参じた次第です」


 茶色の髪の令嬢は震えながらも、必死で言葉を続けている。

どうやら謝ってくれているようだが、私には一切心当たりがない。

というか、この令嬢たちも思い当たる節がないって言ってるから、一体なにがなにやらである。

私は混乱するあまり、落ち着こうと大きく息を吐いた。

その音に、更に令嬢たちは体を震わせる。


「申し訳ありませんが、そのような謝罪は受け取ることができません。あなた方が心当たりがないのであれば、私にも心当たりはありません」

「……っ」


 三人の令嬢が息を飲むのがわかる。

……いや、どうして息を飲むの?


「お願いいたします。もう……これ以上……っ」


 そして、茶色の髪の令嬢はハラハラと涙を流した。


 ……私、なにか間違ったんだ。

謝って来たから、理由がないなら謝らなくていいですよ、とそれを当たり障りなく伝えたつもりなんだけど……。


 あまりの勢いの落涙にどうしていいかわからなくて、目を瞑る。

令嬢たちはただ申し訳ありません、と繰り返し謝った。


「私達がライラック様の御心に逆らってしまったのだと思います。しかし、婚約者との仲を裂かれてしまえば、私達は生きてはいけません」

「どうぞ、お見逃しください」

「なにとぞ……っ」


 婚約者の仲を裂く……? 私が?


 目を瞑ったまま、令嬢たちが言った事を必死で頭の中で反芻する。

つまり、私がこの令嬢たちの婚約者を取ろうとした……と思われたという事だろうか。


 というか、この令嬢たちの婚約者って誰?

そもそもこの令嬢たちは誰?


 私が覚えた貴族の顔と名前にこの人たちはいない。

だから、バルクリッドから見れば、毒にも薬にもならないような、そんな関係の家の令嬢なのだろう。

そして、よくわからないけれど、私の行動がこの令嬢たちを傷つけ、不安にさせた。

それを止めて欲しくて私の元に来た……と。


 私はあまりの意味不明さに混乱していた。

ずっと無表情だったわけだけど、なんだかもう無理だ。

微笑んだ方が怖いかもしれないけど、微笑みたい。

よくわからない時は笑って誤魔化す。うん。淑女のたしなみ。


「つまり、私があなた方の婚約者に手を出さなければいい、という事ですね?」

「……っ、申し訳ありません」

「申し訳ありません」


 令嬢たちは体を震わせ、必死に足元を見ながら、口々に謝罪を述べる。

確認をしたかったのに、いきなり謝られてしまった。

ダメだ。話ができない。もう疲れた。


「わかりました。考えておきましょう」


 意味のわからなさが限界に達した私は令嬢たちから目線を外し、庭を見た。

ああ、星明りの下の緑もきれいだな……。


「……っ、ありがとうございます」


 私のそんな言葉に何かを感じ取ったらしく、茶色の髪の令嬢が最上級の礼を取り、他の者もそれに続く。

……うん。なんで最上級。


 疲れ切った私は、口元だけで笑みを作ると、チラッと室内を見る。

『向こうへ行って欲しい』。その合図はちゃんと令嬢たちに伝わったらしく、三人はそそくさと去って行った。


 一人取り残された私は小さく息を吐いて、ぼんやりと空を見上げた。

相変わらずそこには星がキラキラと輝いていて……。


 きれいなのに。


 ……さっきみたいにワクワクしない。

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