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湖のさかなは

 プレーリーに対する嫌がらせが発覚してから、私は他の人とも話すようになった。

うん。今までプレーリーとしか話さないのがおかしかったんだよね……。


 でも、やっぱり話をするのは色々と大変だった。

ダンスと違って、誰でもいいやと話すと色々と痛くもない腹を探られるらしい。

なので、お父さまや兄に意見を仰ぎながら、徐々に人の顔と名前を一致させつつ、話す相手を見極めている。


 正直、めんどくさい。


 相変わらず話をするのは苦手だし、どうしていいかわからない時も多いのだ。

でも、こうして話す人を増やしたおかげで、プレーリーに私を紹介させようという人が減ったはず。

だから、苦手な事でもがんばろうと思える。

……もう、私のせいでプレーリーが嫌な思いをするのはいやだから。


 そうして、ダンスを楽しみつつも少しだけ話をするようになったパーティー。

あれから、嫌がらせをしていた赤い髪の男の子とパーティーで出会うこともなくなった。


 ……それは私のせい。


 プレーリーに嫌がらせをしていた赤い髪の男の子は社交界から距離を取っているのだ。

あの日以降、赤い髪の男の子には『バルクリッドの娘に初めて断られた男』という、不名誉なレッテルが張られてしまった。

デビューをしたばかりの十二歳の子供同士の出来事。

大人は少し気にする程度だったが、同年代の間では瞬く間に広まってしまった。


 幸いなことに、プレーリーに嫌がらせしていた事などは表に出てはいない。

けれど、赤い髪の男の子が何かをして、私から不興を買った事は明白で……。

赤い髪の男の子はその容姿と性格、将軍の息子という立場で、同年代の子息や令嬢たちから人気があったらしい。

それが、あの日以降、スッと人が引いて行った。

将軍と言えど、二代限りの爵位。

一緒にいるうま味よりも、ライラック・バルクリッドに睨まれる事をみんな恐れたのだ。


 ……赤い髪の男の子は同年代の中で居場所を失ってしまった。


 それが私が行動を起こした結果。

もちろん、プレーリーだって嫌な思いをしたのだから、少しぐらいは嫌な目に合えばいいと思う。


 でも……。

プレーリーへの嫌がらせをやめるなら、それで良かった。

私の事を嫌いになっても、赤い髪の男の子なりに自分の道を進んでくれればそれで良かった。


 社交界からの締め出しなんて。

そんなことまで望んでいなかったのに。


 ……力を使うとこうなるかもしれないとは思っていた。

精いっぱい考えても、私の能力以上の結果がついてくる。


 私の記憶では、攻略対象者である赤い髪の男の子は女嫌いで無口な男性になるはずだ。

そうなってしまう過程などは知らなかったが、どうやら私のせいだったらしい。

公衆の面前で貶められ、今まで仲良くしていた者が掌を返す。


 なるほど。

確かにそんな目にあえば女嫌いになるかもしれない。

ついでに社交界も嫌いになって、無口になってしまうんだろう。


 悪役令嬢である私から受けた仕打ちが彼の性格を作り、それとは正反対のヒロインを好きになる。

乙女ゲームの下地がこんなところで作られていたなんて……。





 穏やかで暖かな日。

今日は魔法を知るために、魔術師が来る事になっていた。


 この国では魔術師がとても重要な役割をしている。

貴族と優秀な魔術師だと優秀な魔術師の方が位が高いかもしれない。

まあ、貴族は貴族、魔術師は魔術師なので、お互いを比べるのは無理があるのだけれど。


 今日はプレーリーの家の伝手で同年代の魔術師が来てくれるらしい。

本来、学校に行くまでは触れられない魔法を見せてもらえるということで、すごくワクワクしている。

今か、今かとそわそわと待っていると、扉が開いて、一人の男の子が入って来た。


 銀色の髪はまっすぐで、肩のあたりで切り揃えられている。

こちらに向かって歩く度にきらっと輝いた。

その目は真っ赤で、顔つきは私よりもかわいらしい。


「はじめまして。今日はお越しいただき嬉しく思います」

「ああ。よろしく」


 なんていうか。

銀色の髪がさかなみたい。

窓からの光を受けて、うろこが光ってるみたい。


 お互いに挨拶をしながら、ぼんやりとそんなことを思う。

薄く笑いながら、礼を取ると、なぜか銀色の髪の男の子はすごく嫌な顔をした。


「ねえ、君。今、僕の髪を見て、なにか思ったでしょう?」

「……素敵だと思っておりました」


 まずい。

魚のうろこみたいだと思ったのがバレた?


 誤魔化そうといつもの悪役顔の微笑みを作ると、銀色の髪の男の子は更にぎゅっと眉間に皺を寄せる。

そして、嫌悪感もあらわに私へと言葉を吐き捨てた。


「……だから貴族は嫌なんだ。そうやって仮面を被って、心の中ではろくでもない事ばかり考えてる」


 ……効かない!

悪役顔の微笑みが効かない!


 万能だったはずの技がまるっきり役立っていない。

むしろ、事態が悪化した。

こうなると私はどうしていいか、さっぱりわからくなる。

誰かに助けを求めたくても、この部屋には侍女であるエミリーがいるだけ。

エミリーに助けを求めるなんてできないし、なんとか私一人で乗り越えなければ……。


 ……そもそも。

なんで突然、こんなに険悪になったんだろう。


「アーノルドが普通の貴族とは少し違うって言うからきたけど……。ねえ、君だって僕にこんな態度を取られたら嫌でしょう? 思ってる事を言ってよ。僕は今は貴族の養子だけど、生まれは庶民だからね。君の方がずっとずっと上なんだから」


 銀色の髪の男の子が赤い目を細めて私を見る。

それを受けて、私はとりあえず悪役顔の微笑みを消した。


 ……うん。今の話でわかった。

多分、庶民の出だから、悪役顔の微笑みが嫌いだったんだ。

そうだよね、私の微笑みは貴族の悪の象徴って感じだもんね。


「この髪を見て、どう思ったの?」


 赤い目がじっと私を見る。

嘘は許さない、とその目は言っていて……。


 ……どうしよう。

言ってもいいのかな。


 記憶を思い出してから、自分の気持ちを話さないように努力してきた。

きっと私の思ってる事は失礼な事だ。

言わない方がいいと思うんだけど……。


 無表情で見返したけれど、赤い目は相変わらずじっと私を見ている。

しばらく逡巡した後、私は心を決めて、小さく呟いた。


「……あの、……光が当たってきれいだな、と。さかなみたいだと思っておりました」


 ごめんね。

髪がさかなみたいって言われたらいやだよね。


「……さかな?」


 せっかくプレーリーの家が紹介してくれたのに、魔術師の人を怒らせてしまった。

魔法が見れるんだ、とワクワクしていた心がしゅんとしぼんでいく。


「……はい。焼くとおいしいです」


 精いっぱい無表情を心がけたけど、多分、ちょっとしょんぼりしてしまった。

私の言葉を聞き、銀色の男の子は呆然としたように私を見る。

そうして、しばらく私を見ていたが、何かを隠すように両手でバッと顔を覆った。


「ごめん……。僕、すごい被害妄想だった」


 ……怒ってない!


 なんだかよくわからないけれど、銀色の髪の男の子はさかなと言われても、大丈夫だったらしい。

よかったよかった、と微笑みそうになったが、寸前で微笑んではいけない事を思い出す。

必死で無表情を作っていると、銀色の髪の男の子が手で顔を覆ったまま、恥ずかしい、と小さく呟いた。


「この髪は珍しいから……変に思われることが多くて。僕の前では何も言わなくても、裏では悪く言う人が多い。……八つ当たりだった。本当にごめん」


 ……どうしよう。


 銀色の髪の男の子の突然の告白に胸がざわざわする。

きっと色々と嫌な目にあって、それが私の悪役顔の微笑みのせいで、蘇ってしまったんだろう。

想像するしかできないけれど、そういうのってすごくつらいよね。


 何か言葉をかけた方がいいのだろうけれど、いい言葉が浮かばない。

必死で頭を働かせて、とりあえずこの場の空気を変える話題を探す。


「プレ……アーノルド様の領地に湖がありますよね」


 困ったときのプレーリー頼み。

銀色の髪の男の子はプレーリーと親しいようだったので、プレーリーの領地を話題に出す。


 プレーリーの領地はきれいな湖があり、観光客が多い。

そして、それが主な産業になっている。

銀色の髪の男の子はもきっと行った事があるはずだ。


 私の言葉に銀色の髪の男の子は顔から手を外し、こくりと頷く。

よっぽど恥ずかしかったようで、顔が赤いがそれは見なかったことにした。


「前に湖の上に作られたコテージに行きました。バルコニーの下は湖で、すぐ近くに水面があるのです。

すごくきれいでじっと見ていると、そこを何匹も魚が泳いで行って……」


 その時の事を思い出すと思わず微笑みそうになる。


「その時に光を浴びて、魚のうろこがきらきら輝いていました。……その銀色の髪を見ているとその時の事を思い出したのです」


 でも、今は微笑めない。


「だからじっと見てしまいました」


 どうしよう。微笑みたい。

でも、微笑めない!


 必死で無表情のまま言葉を続けると、銀色の髪の男の子はぺこりと頭を下げた。


「本当にごめん。外見で判断されるのが嫌だって思ってたけど、僕も勝手に君を判断していた」


 その声は真摯で、私へちゃんと謝ってくれていると感じられる。


 ……うん。それはいいんだ。

私の微笑みは誤解されるために使っているんだから。


「いえ、私が不躾でした。……それで、あの」

「なに?」


 私は銀色の髪の男の子をまっすぐに見た。


「……微笑んでもいいでしょうか」


 お願い。

微笑ませて下さい。


 無表情のままそれを告げると、銀色の髪の男の子は慌てたように、もちろん! と微笑むのを許してくれた。

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