35:余生の楽しみが……
カフェを出てしばらく歩くと、クローズしているホワイト・ベーカリーが見えてきた。ソフィアは愛らしくペコリとお辞儀をし、部屋へと戻っていく。そしてここから数メートルも行けば、マティアスの暮らす部屋がある。
そして今この場にはガブリエルもいて、そのガブリエルと私は帰り道が同じだ。
となれば常識的に考えて、マティアスはこのまま自分の部屋に戻り、帰り道が同じガブリエルがついでに私を送る。これが妥当に思えた。
それなのに。
マティアスは「送迎をするって決めていたから」の一点張りで、私のことを家まで送ってくれることになった。
ガブリエルが少し距離をとって先を進み、マティアスと私がその後ろを並んで飛んでいる。
昨日はマティアスではなく、アクラシエルと同じように並んで飛行していた。
そこでふと気づいてしまう。
よくよく考えると、ソフィアはまだ攻略対象のそのすべてに、会っていないはずだ。出会ったのはガブリエル、そして今日、初めてマティアスと会った。
それなのに私は……アクラシエル、ウリエル、ラファエル、ガブリエル、マティアスと、既に5人と知り合っていた。
というか、私、四人いる大天使のうち、三人とは既に知り合いだ……。
私は『大天使の宮殿への宮仕え』で、入浴の手伝いの『役割』に就きたいと願っていた。そしてその大前提には、大天使と私は知り合いではない、というものがあった。
なぜなら、学校と部屋の往復をしているだけでは、大天使と出会うことはないと思っていたからだ
家と学校を往復していれば……ガブリエルと知り合うこともない。ミカエル様を不用意に見かけてしまい、悶々と悩むこともない。他の大天使とも出会うはずがない。
それにソフィアは学校に入学してくると思っていたし、だから学校でソフィアをいじめないと心に誓っていた。
そうやって卒業まで過ごせば、悪役令嬢ポジションにつながるフラグを回避できると思っていた。そしてソフィアが無事マティアスと結ばれた後に、楽しい余生として。大天使の宮殿で、入浴の手伝いの『役割』を、満喫するつもりでいた。
入浴の手伝いの『役割』に就く私は、大天使とは知り合いではない、これは必須条件。
知らない相手であれば、まだ客観視できる。ゲームをプレイしている時のように、モニター越しで眺めているような気持ちになれる。それに知らない相手であれば、微笑みかけられることも、見つめられることもない。そうなればこちらは、淡々とその素敵なお姿を堪能できる。そう考えていたのに……。
既に三人の大天使とは、顔見知りになってしまった。
その状態で入浴の手伝いの『役割』なんて……。
無理だ。
お互いを知っているなら、会話もするだろうし、私のことを見るはずだ。
その状態で服を脱がせる?
下着を脱がせる?
体を洗う?
香油を塗る?
「なんだ、アリエル。手が震えているじゃないか」
ウリエルならそんなことを言って、私の腰を引き寄せかねない。
「どうしたんだい、アリエルちゃん。私の体に……興奮しているのかい?」
ラファエルなら平気でこんなことを言いそうだ。
「アリエル、そんな状態では、『役割』を果たせないのでは?」
真面目なガブリエルからは、解雇されそうだ。
それもこれも、知り合いだから言われてしまいそうな言葉ばかり。
見知らぬ天使が入浴を手伝っていれば、大天使は無関心だろうし、私が顔赤くしても震えてもスルーだろう。でも、お互いを知っているとなれば……。
素敵なお姿を堪能するなんて……。
無理、無理、無理‼
私の……余生の楽しみが、なくなった……。
「おい」
マティアスの声に現実に戻る。
「ガブリエルが何度かこちらを見ているぞ。もうそろそろ家なんじゃないか?」
私はハッとして地上を見る。
確かにもう目と鼻の先に家が見えていた。
「は、はい。あれです」
「なんだ、もう目の前じゃないか」
マティアスは呆れ気味に私を見る。
ガブリエルは宙で停止し、昨日のように私を見送ろうとしている。
「飛行している間、ずっと考え事をしていたな。大丈夫か、アリエル?」
呆れ顔から一転、心配そうにマティアスが私を見る。
とても優しい眼差しだ。
この眼差しで見守られていたソフィアを、羨ましく感じてしまう。
「大丈夫です。学校で出た課題のことをちょっと考えていただけです」
「そうか。あまり根をつめるなよ」
伸ばされた手が、私の頭に優しく触れる。
心臓がドクンと跳ね上がった。
マティアスのカッコよさに痺れながら、でも頭の片隅には、悪役令嬢ポジションという言葉が浮かんでいる。
ゆえに。
「はい。飛行中に別のことを考えすぎると、危険ですよね。注意します」
そう言った後にこう続けた。
「もうここで大丈夫ですから。わざわざ送ってくださり、ありがとうございます」
速度を落とし、ガブリエルにも頭を下げ、再度マティアスにもお辞儀をすると……。
私は自分の家へ向かい、降下を始めた。
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次回更新タイトルは「見知らぬ美少年に起こされる」です。
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それでは明日もよろしくお願いいたします!










































