第三十四話 離別
まずは更新できなかったことにお詫びを。
言い訳になりますが、お盆に入った所にPCが故障してしまい、お盆ということで今日までほったらかしにされていたもので・・・すみませんでした。
次の日、海斗の家に行くと簡単なレクチャーを済ませた後海斗はまた行くらしい。どうやら仕上げの作業にかかるとか。
「じゃ、頼んだぞ」
龍夜にそう耳打ちした後に海斗は転移の術で消えていった。どうやら町の金物細工の店の工房を借りているらしい。
早紀が不満そうに海斗の後ろ姿を見つめていたが、龍夜達のほうを振り返ってきっぱりと宣言した。
「海斗の後を追うわよ!」
なに?と龍夜と志乃は硬直した。
「よし、これで完成だ」
何回も通った金物細工の店の工房でおやじさんにレクチャーを受けながらなんとか作った。
銀のチェーンに小さなルビーを先端に付け、周りには花を彫った真鍮で固めてある。裏にはN・Sと彫ってある。
「・・・すげえ出来だな・・・俺でもここまでの作品は作れねえ、さすがだな海」
なぜか親父さんは俺のことを海と呼ぶ。
「ありがとうございます。・・・明日お願いします」
「おう、朝一で届けてやるよ」
親父さんの頼もしい声を聞きながら金物細工の店を後にした。
「あら?早紀ちゃんじゃない?どうしてここに?・・・まあいいわ、ちょっと急ぐの」
街に出たとたんにサリエスさんと出会った。何やら急いでいるようだったが最後にいたずらも忘れなかった。
「あら?海斗は?あの子も盛りの時期だから眼を離すとそこら辺の女の子襲っちゃうかもよ?ちゃんとたずな握ってないと♪・・・あ、そうだった、海斗に今すぐやってもらわなくちゃいけない依頼があるのよ」
そう言って走り去っていった。
いつもの早紀なら笑って流すんだろうけど、今の早紀の精神状況では結構ダメージを受けたはずだ。
覗き込んでみると、案の定浮かない顔をしてきょろきょろと海斗を必死に探していた。親犬から引き離された子犬のように、必死に。
「大丈夫よ、早紀ちゃん。海斗君はそんなことする人じゃないって、サリエスさんのいつもの意地悪だって」
それとなく志乃がフォローを入れていたがあまり効果はないようだ。
「うん・・・」
その後も一時間程探したのだが、海斗は見つからなかった。少し休憩するかな、と公園へと続く路地に入ると鮮やかな金髪をした見慣れた人物が若い女性を無理矢理抱きしめている所が目に飛び込んできた。
女性の眼は恐怖で見開かれており、もがいていた。
隣で早紀がひっ、と息を飲むのが聞こえた。早紀が以前、襲われたトラウマが蘇ったのかもしれない。
ショックでまだ早紀は気付いてないようだが男のほうは確かに海斗だ。志乃も理解しているようで目配せをすると眼を怒らせて頷いてきた。そこで女性が海斗を突き飛ばし奥のほうへと逃げていった。
海斗を問いつめようと思い、海斗のほうへと近づいていった。近づくにつれ、早紀の眼が驚愕で見開かれていった。もう言い訳ができないように『心の眼』を使って海斗が何をしたかを視た。
「おい、海斗!お前、なに・・・やって、って、そうか!しまった!海斗がそんなことをするはずが、早紀!それは勘違い・・・」
しかし海斗の記憶を除いた龍夜が視たのは海斗はただ単に転びそうになっていた女性を助けた所だけだった。志乃に目配せをした後早紀を止めようとしたが遅かった。
こういう行為にトラウマを抱えている早紀は耐えられないだろう、特にそういうことをしているのが海斗だということに。
案の定爆発してしまった早紀は海斗に向かってひどい言葉を次々へと投げかけた。海斗は呆然と聞いていたがつう、と頬を一筋の涙が落ちた。
初めて見る海斗の泣き顔に動揺し、壊れかけていく海斗の心をこれ以上視ることもできなくて無理矢理にでも早紀の口を防ごうとしたが、早紀は最後にぽつりと呟くと脱兎のごとく駆け出した。
志乃が慌ててそれを追い、龍夜も続こうとしたが海斗が放心状態で立っているのに気付き、少しの間逡巡した。
あの状況を正確に知る龍夜が行かなければ状況は解決しないだろう。
結局海斗を置いて早紀の後を追った。
二週間前に早紀の誕生日をクリスに聞いたんだがプレゼントが見つからなく、しょうがないのでサリエスに相談した。からかってくるかと思いきや、案外真面目に手作りのアクセサリーなんてどう?と提案してきた。そしてこの店を紹介され、時間を見つけてはここで作業をしていた。
さっさと帰るかな、と道を急いだとたんに角で人とぶつかった。
相手は女性だったようで、簡単に路地に倒れてしまった。助け起こそうとして手を差し出そうとすると相手の女性は慌てて立ち上がろうとして転びかけた。
「大丈夫ですか?」
間一髪で抱きとめると、そのまま体を起こしてあげた。しかし体を離したとたんにいきなり突き飛ばされて路地に尻餅をついてしまった。
そしてそのままその女性は走り去っていってしまった。なんだったんだ、と体を起こして泥を払っていると前からよく知る気配が三つ近づいてきた。
何でこんな所にいるのか分からなかったが、とりあえず声を掛けようと顔を上げた。するとそこには眼にいっぱいに涙を溜めた早紀が眼に映った。
誰かに襲われたのか、と考えたが隣にいる二人も無事なのでそれもない。と考えたときに龍夜と志乃も怒っているのに気がついた。
「おい!海斗、お前、なに・・・やって、て、そうか!しまった!海斗があんなことするはずが・・・」
「え?どういうこと?龍夜」
どうやら龍夜が『心の眼』を使って何があったのかを見たらしい。
「おい、早紀待て、それは勘違い・・・っ!」
なにを勘違いしていたんだ?と前にいる早紀を見たとたんに早紀が大声で叫んだ。
「信じられない・・・そんなことするなんて!・・・海斗なんてだいっ嫌い!もう近寄らないで!」
辛くて辛くてどうしようにもない、という感じで早紀は叫んでいた。信じていたものに裏切られたように。
もうなにを勘違いしていたかなんてどうでもいい。今はこっちが大事だった。
「・・・え?」
「もう近寄らないで!って言ったの!最低!こんなことする人だとは思わなかった!」
海斗には今なにが起きているのか分からなかった。なにが早紀を怒らせているのか、その理由が自分だと分かった瞬間、今まで早紀に怒鳴られていたのが自分だと分かった瞬間に、胸に大きな穴があいたような気がした。
「早紀・・・?なにを・・・」
縋る思いで伸ばした手は早紀によって思いっきり叩かれた。
「信じてたのに・・・海斗だけは・・・」
早紀は最後にそう呟くと背中を向けて走り出した。早紀の眼からは涙が溢れ出ていた。辛いものから逃げ出すように、志乃が慌てて追いかけていった。
「悪い、志乃の誤解はちゃんと解いておく!」
龍夜が何かを言ったようだったがそれさえも耳を素通りしていった。
さっきいわれた早紀の言葉がずっと耳に残っていた。
『海斗なんてだいっ嫌い』
『もう近寄らないで』
『信じてたのに』
信じてたのに?なにを?近寄らないで?なにに?だいっ嫌い?俺が?
壊れそうになる心をかろうじてつなげていたのは今までの早紀との思い出だった。
『海斗大好き!』
『これからもずっと一緒にいて』
『海斗がいないと・・・私・・・』
どちらが本物なのかが分からない。今何がおこったのかが正確に理解できない。おやじさんにアクセサリーの配送を頼んで、普通に帰ろうとしていただけなのに、出る前の早紀はいつもとそんなに変わらなかった。秘密で出てきているんだから少しは疑問に思っているだろうけど、嫌われるようなことをいつした?
分からない。分からない。分からない。何で早紀があんなに怒っているのか、なんで悲しんでいるのか、何も分からない。さっきの早紀の言葉が容赦なく海斗の心の壁を崩していく。
心が壊れそうになるのを必死につないでいったんは落ち着けようと頭の中を整理しようとした。
だが、それは無理だった。何かを考えようとすると早紀に投げかけられた言葉が頭の中に響く。
割れる様な痛みをこらえつつ路地から出た。なにをすればいいのかが分からない。なにがしたいのかが分からない。
とりあえずこの状況を打破しようと龍夜の元へ行こうとすると今度はサリエスの気配が近づいてきた。
とりあえず話を聞いてから行こうと思い立ち止まってサリエスを待った。
「あ、海斗?よかった、今から緊急の依頼があるの。私と龍斗は手が離せないし、ぱぱっと行ってきてくれない?・・・あなたちょっと顔色悪いわね、大丈夫?今にも死にそうな顔色だけど、・・・まあいいわ、低級とはいえ神だから早紀ちゃんに見つかる前に行ってきて、じゃね」
サリエスは海斗の用事も聞かずに転移の魔法を使って海斗の体を何処かに飛ばした。




