第二十四話 符術士
あのあと早紀はさっぱりした顔をして海斗から少し離れた(海斗の腕に抱きついたままではあるが)。
海斗が早紀を促すと彼女はうんっと元気よく頷いて足取りも軽く、学院へと向かった。
早紀は教室に着いても終止満面の笑みでいた。
志乃と話すときも、龍夜とふざけ合う海斗を見るときも、授業を受けるときも、幸せで幸せでたまらない、という表情だった。
周りは、また何かあったな・・・と思わずにはいられなかった。
なにしろ、昨日までも凄い仲良しぶりだったのに、今日はそれは遥かに凌ぐらぶらぶっぷりだ。
早紀も人前ではスキンシップをなるべく控えるようにはしているが今日のを見るとそれは怪しい。
瞳をキラキラさせて、子供のように無邪気に喜びを表して海斗にしがみついて話す早紀。それは媚びているのではなくて、単純に海斗の側に居たい、もっと触れ合いたい、といった純粋な喜びなどによるもので、見ている側もあまりいらだったりはしない(数名の男子生徒は別として)。
それに対して、海斗の表情も愛情に満ちあふれていて、早紀のことを本当に大切にしているのが分かる。もし早紀に手を出す猛者が居れば先程のようになるのは想像に難くない。
早紀は授業中こそまじめに授業を受けているが、休み時間になると志乃と海斗と龍夜のいい所を言い合ったり龍夜と志乃の性格のことで相談したりと、そこらへんはいつもとそんなに変わったことはなかったが、海斗と話すときは体中を使って海斗大好き!!!と言っているようなものだった。
事の経緯を大まかに聞いている二人はよかったな(ね)ーという温かい目で見守っていた。
「そういえば、あのアスクっていう奴ほんとに居なくなったんだな、てっきりしつこいかと思っていたが」
と龍夜が唐突に話題に出した。
今は昼休み、購買へと四人で行ってきてそれぞれ適当に買い込んで教室に戻ってきた頃だった。
「そうだねー」
「まぁ、意外と言えば意外だったかな」
「もう二週間ぐらいは経つもんねーほんとにこないのかな?そのほうがいいけど♪」
そう、意外にも彼は潔く約束を守り、今まで一回も四人の前に現れたことはなかった。
「そうだな・・・そうそう、知ってるか?最近、水色の目と髪をした女の子を捜しているっていう女の人がこの辺りに・・・」
と、龍夜が話題を変えて喋っていたが、早紀の目と髪を見て途切れさせた。そういえば、早紀の目と髪は水色である。
「・・・そういえば、早紀ちゃんってどういう風に孤児院に預けられたんでしたっけ」
そういえば、海斗すらその話は聞いていなかったような気がする。龍夜と志乃の問いかけるような目線に首を振って早紀のほうを見る。
早紀は顎に人差し指を当ててんー、とかわいらしく記憶を探るようにしていたが、そうだった、というふうに手を打った。
「えっとね、たしか孤児院の前に名前入りの紙と一緒に置かれていたらしいの。赤ん坊の時にね」
「・・・っていうことは」
「もしかして?」
「いや、それはないだろ・・・」
と、その後も他愛のない話で盛り上がっていった。
「よっし、お前ら今度は二回目の武術大会するぞー今日」
今日!?とクラス中が声を揃えて叫んだ。普通はこういうものは何日か前に知らされるものなのだがこの担任はいい加減なので当日になってようやく知らせる気になったらしい。
クラスの皆の抗議の視線は担任の一睨みで黙らされた。『気』が籠った睨みは生徒をすくみ上がらせることは容易だった。が、一人その視線に耐えることができる人物がいた。
「・・・なんでもっと早くにいわないんですか・・・」
海斗がこめかみを押さえながらしがみついてきた早紀の頭を撫でながら蘭の睨みは軽くスルーして聞いた。
蘭はちっ、と舌打ちをして海斗をスルーすると皆のほうを向いて続きを言った。
「ま、とりあえずこの組は現在ダントツで一位だ。この調子で今日も頑張れ」
と気安く言い放ったいい加減な担任にため息を吐くしかなかった。
「Water in my hand,hit water polo」
どぱぁんとA組の生徒がH組の生徒に吹き飛ばされるのを見て歓声が上がった。
「よっしゃあ!これで五勝二敗、ダントツトップだ!」
龍夜が喜びの声をあげ、クラスメートがそれに乗っかってさらに歓声を上げる。
「・・・なんていうか、お祭り騒ぎだな」
「もう、龍夜ったらもう少し静かにしてられないのかな?」
「そこが龍夜のいい所だと思いますけど・・・」
と、静かに試合観戦を続けている三人が周りの騒ぎに眉をひそめながら言った(志乃はさり気なくのろけを入れていたが)。
ちなみに龍夜達は既に試合を終えており、残るは僅かだ。
「よし、まぁ海斗と早紀は勝つとして、六勝だな」
当然のように海斗達を勝ちに数える龍夜には苦笑するしかない。
「大丈夫、海斗がいれば安心よ・・・ね、海斗」
ねーというふうに嬉しそうに覗き込んでくる早紀の頭を柔らかく撫で、そうだな、と微笑みながら返した。
「おおっと!?次の試合はなんと、あの『天才』の名を欲しいままにしていたアーベル・アスクを倒した篠宮、それと学院一の美少女、長良ペアだー!」
おおーと会場がざわめく。どうやら今回の司会はにぎやかな人らしい。海斗は志乃と顔を見合わせてすっかり有名になっちゃったなと笑い合っていた。
「それに対抗するのは!?J組の熊田、早川ペアー」
ずーんといかにも終わった的な雰囲気を出して入場してきた相手ペアを見て思わず苦笑してしまった。
「あー、なんかいろいろと気の毒のような気もしますが、とりあえず・・・始めっ!」
相手はくっそーっとやけくそ気味に叫んで剣を取って走り込んできた。
やはりまだ刃物は怖いのだろう、早紀は身を固くしてきゅっと海斗の袖を掴んできた。
「Rays」
海斗が一言呪文を唱えるとぴっ、と指先から光線が出て武器を焼き尽くした。
見る間に戦意を喪失した相手を見て少し気の毒になって一気に終わらそうと口を開きかけたが、そこに聞き慣れた声が響き渡った。
「待ちなさい海斗!その勝負は一時中断よ!」
会場の皆がびくっとなり、一斉に声の主を捜してきょろきょろした。
声の主も居場所も分かっている海斗はため息を吐いた後、早紀の肩を軽く叩いて天井を見上げた。
それに釣られて視線をあげた早紀はビックリして目を見開いていた。そう、そこにいたのはまた例の笑みを浮かばせて空中に漂うサリエス・クラージだった。
「で、どういうことだ?」
「まあまあ、そうかりかりしない。早紀ちゃんと速くいちゃいちゃしたいのはわかるけどね・・・あなたとどうしても戦いたいっていう二人組が居るんだけど・・・どうやら海斗の過去を知っているみたいだし・・・」
海斗は手を顎に掛けてふーむ、と考え込んだ。自分の過去を知っていて自分に会いにくる人物、そして戦おうとする・・・
「・・・琢磨と花梨か?」
・・・誰?と一同が思ったとたんに側から声が聞こえてきた。
「へぇ、覚えていてくれたんだ、海斗」
「うん、それでこそ俺の友達でありライバルっていうことだね」
え!?と皆が振り返るとそこにはにこにこと嬉しそうにこちらに向かってくる男女がいた。。男のほうは黒い髪に黒い眼、整った顔立ちをしている。女のほうは桜色の髪と眼をしていて背中まであってツインテールにしている。いかにも元気いっぱいといったかわいらしい女の子だ。
「・・・久しぶりだな、二人とも」
「・・・知ってるの?海斗」
早紀が海斗の腕をくいくい、と引っ張って聞いてきたので答えようと口を開きかけたが男のほうが遮って叫んだ。
「っ!?まさかあの朴念仁の海斗に!?」
「へぇ〜、海斗に彼女ができたんだ?どんな美女美少女に声を掛けられても眉一つ動かさなかったあの海斗に彼女か〜、へぇ〜」
女の子のほうがじろじろと早紀の方を見ている。男のほうも興味深そうに早紀の方を見ていた。
少し恥ずかしくなった早紀はささっと海斗の陰に隠れた。
「ああ、そうだった・・・こっちの袴着た男が鷺城 琢磨。この元気そうな女の子で巫女服を着ているのが佐久間 花梨。二人とも符術士だ」
「・・・符術士?」
「ああ、知らなかったんだ。この世界の極東にある島国特有の術なんだけど・・・詳しくいうとな、符術には魔力はいらない。符に込められた意味を発動して戦うんだ」
早紀達は琢磨達の格好にも驚いたが、魔力を使わないで発動できるというのにはもっと驚いていた。
「・・・ま、周りの人たちも退屈しているみたいだし、さっさとやろう海斗」
会話に参加できない生徒達は急に乱入してきた二人のことでいろいろと議論をしていた。どうやら転移の術で来たということに落ち着きつつあった。
「・・・しょうがない、・・・それに約束でもあったしな」
「そゆこと〜じゃ、やろうか琢磨」
「おっけー・・・やるぞ海斗」
そう言いながら二人は懐から字が書かれた紙を取り出した。
「母さん、観客席に結界張っといて」
え?とサリエスは驚きの声を上げた。
「海斗?あたしも符術は知ってるけど・・・結界を張ってまで防ぐような術符術にはないわよ?」
それを聞いて二人はむっとした表情になったが海斗がサリエスを説き伏せた。
「そう言うなって、見てれば分かるから」




