番外編その一 龍夜の過去
ここで龍夜の過去に触れてみます。これは緑丘さんのリクエストからできた作品です。海斗と早紀は一切出てきませんが、楽しんでいただければ幸いです。
がすっ、どかっ、べしゃっ。
人を殴ったり蹴ったりする音や、人が倒れる音が教室に響く。それに混じって、明らかな罵倒の声がたった一人の少年に降り注ぐ。
「死ねっ、この化け物」
「さっさと潰れろっ」
「人の心が読めるんだって・・・気持ち悪い」
「えー、近寄らないようにしよ」
その教室中が敵に思えるようなこの状況はまだ幼かった龍夜にとってはまさに地獄だった。
龍夜は痛みや悔しさ、こうして曝け出されることの恥ずかしさを目に涙をためて必死に耐えながらどうしてこうなったかを思い出していた。
事の始まりは友達との会話だ(今龍夜をさんざん蹴り回している奴)。
九歳という年齢で、しかも男子にしては珍しく二人は恋愛の話をしていた。
そこで相手の男の子の好きな人を龍夜が読み取ってついばらしてしまった。
そこまでならまだなんとか鋭い子供で通ったかもしれない。だが、龍夜は何でその子が好きなのか、理由まで言ってしまった。
相手の男の子は最初は何で龍夜が知っているのか分からず、迷った表情を見せていたが、話を聞いていたらしい、その好きな女の子と目が合い、その子に逃げられると次第に顔が恥ずかしさと怒りで赤く染まった。
ついにキレた男の子は龍夜に向かって飛びかかってきた。始めは抵抗していた龍夜だったが、相手の男の子のこの化け物!!という叫びで体が固まってしまい、殴られるままになっていた。
必死に学校に入学してから隠していた自分の秘密、それがついうっかりと口を滑らせてしまいこういうことになってしまった。
自分でもこの能力が異常だということは分かっていたが、ここまで否定されるとは思っていなかった。せいぜい避けられる程度だとと思っていたのに。
そして、こうしていじめられないようにするにはどうすればいいかを考えた。答えはすぐに出た。強くなればいい。弱い所を見せるからこういうことになるんだ。こそこそと隠そうとしないで堂々としていればいい。
相手が息を切らして殴る手を休めたとたんに龍夜はすっくと立ち上がり、殴り掛かってきていた相手を真正面から睨みつけた。
龍夜のその気迫と眼力にうっ、と怯んだ相手に一瞥を残して鞄を手に取って教室を出た。
その夜、両親に理由を話して龍夜は転校した。さすがにあんなことを起こした所は居づらい。
そして転校した先は、フェーデル学院初等部だった。
転校した初日に、龍夜は自己紹介とともに自分の能力を正直に話した。迷いなく、はっきりと。龍夜の思った通りいじめられることはなくなった。
そして、自分の能力を知った上で近づいてくる奴らと仲良くやればいい。居なかったらそれはそれで別にいい、と九歳にしてはかなり割り切った考えで数日学院生活を送った。
そうした日々のある帰りのホームルームが終わり、龍夜も帰ろうとした所に教室の後ろでいじめられている女の子を見つけた。
「おい、お前のその目なんだよ。化け物の目じゃないか」
「そうだ、紫っていえばホムンクルスだの魔族とかがしている目だぞ?お前って実は人間じゃなかったりするのか?」
あからさまに嘲笑、侮蔑、悪意が込められた言葉に少女は俯いてじっと耐えている。
それに気を良くしたいじめっ子はさらに悪意を重ねていく。
「なんだ、何も言わないってことは本当に人間じゃないのか」
「なら化け物だな、おい化け物。人間様の土地に入ってくるんじゃねぇよ」
二人はそう言って女の子を突き飛ばした。それまでは手を出そうかどうしようか迷っていた龍夜だったがその行動でぶちギレた。
「おい、てめーら」
ん?と振り返った二人は龍夜の姿を見るとうっ、と怯んだ。
「なにしてんだ?」
「な、何って・・・なあ?」
「そ、そう・・・えっとおいしい店を聞こうと思って・・・」
「うっさい、言い訳はいいからとっとと消えろ、それからその子にもう近づくなよ」
二人は龍夜と女の子を交互に見た後ちっ、と舌打ちしてすぐに教室を出て行った。
「・・・ったく」
自分でもどうしてここまで感情的になったのかは分からなかったが、ひとまず一段落したので龍夜はいじめられていた女の子のほうへ向いた。
「・・・だいじょうぶだったか?」
「あ・・・」
それまで呆然と龍夜のほうを見つめていた女の子は龍夜が声をかけてようやく気がついたらしい。この頃の龍夜はまだ能力を制御できなくて、その心を読み取ってしまった。
その内容は、『どうしてこの人はこんな私を助けてくれたんだろう』というものだった。
それはなるべく無視して明るく立ち去ろうとした。
「大丈夫みたいだな・・・んじゃあな、気をつけろよ」
まだ何か言いたそうな女の子は放置して鞄を持って教室から出ようとしたが、後ろから控えめな声がかかった。
「あ、あの・・・・さっきはありがとうございました」
お礼を言われるのもずいぶんと久しぶりに感じるな・・・と思ったがすぐに気を取り直して返事をした。
「どういたしまして・・・じゃ」
「あ、あの・・・わたし、雨宮 志乃っていいます。よ、よろしくおねがいします」
精一杯勇気を出したのだろう、顔を真っ赤にさせながら必死に自己紹介をする彼女にくすりと微笑むと
「俺は朝宮 龍夜っていうんだ。よろしくな」
と言い残して踵を返した。
これが龍夜と志乃の初めての出会いだった。
「・・・て・・・・・・夜起・・・よ・・・」
夢を見ていたが、ゆさゆさと体を優しく揺さぶられる感覚で覚醒した。
「龍夜、起きて、二人とももう行っちゃったよ」
「ん・・・・」
むくり、と起き上がって見渡してみればなるほど確かに、教室には誰もいない。
「急がなきゃ、始まっちゃうよ」
必死に龍夜を急かす彼女の頭を一撫でしてからうーん、と伸びをした。
「・・・このままさぼっちまうか?」
「だめだってば、ほら早く」
冗談を軽く流されてはいはい、と渋々立ち上がる。
そして膨れっ面をして見上げてくる彼女とともに親友の元へと向かった。




