幕間3:りこちー。
橘輪家の次女橘輪リコはチート的存在――両親や家族が放任せざるを得ないほど規格外で埒外である。
彼女が如何に異彩と異質さと異物振りを発揮してきたか、御紹介しよう。
→リコちゃん幼稚園編。
橘輪リコは脳の作りそのものが同年代の平均的少年少女より高性能だった。なんせ幼稚園へ上がる前に読み書きと四則演算をこなしていた。
曰く『てれびをみてておぼえた』。暢気な祖母はNHK教育放送を讃えた。
しかし、読み書きと四則演算は序の口だった。幼稚園でお絵かきをすれば、他の子が年相応の不器用な絵を描く中、リコは精確性にこそ欠くものの対象の要点を精確に捉え、遠近や陰影など考慮した絵を描いていた。自身の知性と観察眼と思考力だけで。
ただ、同い年の子供達とは比べ物にならないほど物覚えが良く、学習能力も思考力も高かったけれど、いわゆる天才児達が歳幼くして専門的な高等学問を諳んじたり、芸術的素質を発揮することに対し、リコはそういうことに全然興味を示さなかった。
高等数学や専門物理学を覚えるよりモーツァルトを演奏したり高精度な写実画を描くより、ミニ四駆やミニラジコンを創意工夫し、高性能化させることを楽しんだりすることを好んだ(恐れ入ったことに手書きで図面まで引いていた)。予備知識を一切持たぬ子どもが、だ。
一族経営の橘輪総業の関係者は面白がって、この幼女に使わなくなった古い工具や機具をプレゼントしたり、壊れた農機などを玩具代わりにあげたりしたため、異能染みた才能素質を持つリコは研究者でも芸術家でもなく、エンジニアとして独学で成長し続けたわけだ。
環境って大事。
リコの異質さは、その才能や素質より性格面や精神面に窺えた。
周囲はリコが集団に溶け込めないことを当初、頭の出来が良すぎて周りの子と馴染めないからだ、と見做した。
それは正しくもあり、間違ってもいた。
頭の出来以上に精神的成熟が早かったことが原因だった。
リコは幼稚園年長さんの時点で12歳並みの精神的早熟を迎えていた。これでは幼稚園や小学校低学年で周囲と足並みを備えることは難しい。
加えて言えば、リコの性自認は奇妙だった。“アタシ”と姉や女児と同じように女言葉で話していたかと思えば、“俺”と称して男言葉を使う。当初は男性の身内や男子、橘輪総業の男衆にテレビの真似でもしているのかと思ったけれど、あまりにも自然な調子で男性的な言葉遣いをするため、徐々に周囲も違和感を抱く。
リコのパパママは次女が『性同一性障害』と疑い(リコのパパママは世間に『性同一性障害』という言葉が広まり始めた世代だ)、欧米圏を中心に『トランスジェンダー』なる性自認が流行しだしていたことも、パパママの不安を刺激した。
というわけで、小学校入学を控えたリコちゃんは心療内科に連れていかれたり、スクールカウンセラーと面談させたられたり。信心深いバァバなどは『なんぞ憑かれているのでは?』と沼江津神社の神主に相談さえした。
結果として、これが良くなかった。
リコは周囲から自分が『違う』と認識させられたのだ。
誤解のないよう断っておくが、家族はリコを不気味に思ったり疎んだりしていない。周囲と全く違うけれど別に害を与えるわけではないし、愛すべき変な家族という認識だった。
リコにしても、両親も姉弟も祖父母も自分を気に掛けてくれる大事な家族だ。
ただ、リコは非常に高性能な頭脳を持ち、周囲よりも精神的成熟が早く、異彩を放つ異物という自己同一性を確立するに至り――
『アタシは天才だし』と周囲へ傲慢に振る舞う訳でもなく、『俺はお前らと違う』と選民意識を抱いて不遜に佇むわけでもなく、『自分はおかしいんだ』と自己憐憫に耽ることもなく。
小学校の入学式を翌日に控えたリコちゃんはポッキーを煙草のようにくわえ、ニヒルな笑みを浮かべて夕日へ呟いた。
「孤高に歩むしかねェか。まったく、人と違うってのは大変だぜ……」
精神的早熟性を備えたリコちゃんは、小学校入学を前に中二病を発症していた。
→リコちゃん小学生編。
小学校に入学したリコは頭の出来と精神的早熟さと奇妙な人柄により、当然の流れで周囲から浮いた。学校ではボッチ一直線。家庭でもどこか腫物扱い。
しかし、孤高主義(精神的早熟で迎えた中二病)を標榜するリコ本人は、寂しがる素振りを見せず、一人で黙々と機械弄りやらなんやらを楽しむ日々を過ごした。
却って周囲の変人扱いが強まった。
群れに馴染めぬ個をイビることは金魚も人間も同じこと。
ボッチの変人を獲物と見做した悪ガキ達がイジメ紛いのちょっかいを掛ければ、リコは容赦なく報復の拳を振るった。
挙句、教師に叱られれば『いじめを見逃してた無能さを恥じろボケ』と吐き捨て、相手の親に謝罪を要求されたら『殴るだけですませてやったことを感謝しろ。次はテメェのクソガキを階段から蹴り落としてやるからな』と脅す始末。自分のパパママは頭を抱えていたが。
この日から保健室登校となった。隔離措置である。
ミニ・モンスターと化した少女リコ。
このまま小学校の禁忌的生徒にして橘輪家の黒い羊と化す未来へ一直線か、と思われたところ、リコは小4の時に篠塚ユウゴと出逢った。
当初、リコはユウゴに関心をまったく向けていなかった。保健室登校で接点が皆無に等しかったし、ユウゴのことを『日々チャリンコで走りまくってる変な奴』程度に見ていた。
が、カンカン照りの初夏のある日。
リコが姉と共にコンビニで買い物した帰り道(この時、姉は心底仕方なくと言いたげな顔だった)。
ジュニア用マウンテンバイクの担ぎ(比喩ではなく本当に背負っていた)、汗だくで歩くユウゴと出くわした。
――変人がなんぞ変なことしとる。
自分への周囲評価を棚に上げ、リコはそう思った。普段なら無視して通り過ぎただろうが、この日のリコは姉とお出かけして――独りぼっちではなく、無自覚に機嫌が良かった(姉の方は仕方なくと言いたげだったが)
だから、リコはユウゴへ声を掛けた。
「なんかの修行か?」
「ペダルも車輪も動かないんだ」と汗だくのユウゴが泣きそうな顔で答えた。
姉の前で、良い所を見せようと思ったのか、リコは猫のような気まぐれさで善意を発揮した。
「ちょっと見せてみろ。直せるようなら直してやるから」
で、テキパキとユウゴのチャリンコを点検し、リコは猫目を真ん丸にして唖然とした。
「待て待て待て。ハンドルステムとフォークが歪んでるし、前輪のハブに亀裂が入ってスポークが浮いてるし、後輪のハブがガタガタじゃん。車か壁にでも突っ込んだんか?」
「? 僕は走っただけだよ」と前置きし、ユウゴは話した。
毎日ウィリーやストッピーなどトリックをやったり、斜面や階段から飛んだり跳ねたりしたり。住宅地や商店街の細道や路地をバカみたいにかっ飛ばしている、という。
共に話を聞いた姉も「ああ」と合点がいったように「なんか見たことある子だなと思ってたのよ。君って警察に捕まって怒られてた子ね」
「えぇえ……」
リコは思った。
――乗り方が荒いっつっても、ここまでヤレるほど乗り倒すとか……こいつ、頭のネジが外れてるんか?
かくして、いろいろと規格外のリコは一点特化型規格外のユウゴに出逢った。
リコは橘輪総業が商うスクラップヤードで自転車の部品を集め(廃棄チャリンコが無数にある)、ユウゴの自転車を直してやり。で、ユウゴが直った自転車で懲りることなく無茶な運転をし、リコが素人仕事で直した自転車を壊し、再びリコの許へやってきた。
一度ならず二度も。二度目があれば三度目もあり。
「ざっけんなっ!」
四度目の修理を頼まれた時、リコはキレた。
「“俺”はお前の専属メカニックじゃねえぞ! 本職のチャリ屋に持ってけよ!」
「……橘輪さんが弄ってくれた自転車、凄く乗り易くて速いんだ。俺、橘輪さんが手掛けた自転車に乗りたいんだよ。だから、お願いします。直してください」
「し、仕方ないなぁ」
幼稚園から延々とボッチだったリコは、ユウゴのストレートな称賛と真摯な頼みに、渋々というにはフニャフニャした面持ちで応えた。
ちょろい少女リコ。
ともあれ。ここにメカニック・橘和リコとライダー・篠塚ユウゴのコンビが結成された。
『なんか無茶苦茶速くて上手い奴がいる』と校内や近場で知られだし、にわかにチャリンコレースやトリック勝負のブームが発生。転倒事故でケガするガキンチョが大量発生して保護者が騒ぎ始めたところへ、ユウゴが学校の裏山でダウンヒルを試み、ほぼ断崖の斜面を転落。救急車を呼ばれる事件が起きた。
ここで学校が重い腰を上げて介入。警察署から交通課のお巡りさんがやってきて、校庭で安全運転講習をする事態を迎え、ブーム終了。
ブームは終了けれど、コンビは解散しなかった。
なにせリコにとってユウゴはようやく出逢えた“同族”であり、初めて出来た“友達”だった。それに、家庭でも学校でも異物と見做されてきたリコの異彩や異質な部分全てを、ユウゴが気にしなかったから。
リコはユウゴへ問うたことがある。異彩や異質さから異物と見做される自分と一緒に居て、平気なのかと。
ユウゴは小首を傾げ、純朴な顔つきで答えた。
「? 俺、リコちゃんを嫌ったり避けたりする理由なんて何もないし、その異彩や異質な部分? とかいうの、全部俺が尊敬したり好きだったりすることなんだけど……これからも一緒に遊んでくれるんだよね?」
この時、リコの心中について敢えて記すまい。
ただ、この時からリコにとってユウゴは同族でも友達でも無く、もっと特別な存在になった。
こうしてユウゴと共に過ごすうちにガキンチョ社会へ適応の術を学び。保健室から教室へ復帰にも成功した。両親も周囲も一安心。
ところがぎっちょん。
→リコちゃん中学生編。
思春期を迎えて少年少女の間に恋愛と性の意識が生じた頃。精神的早熟性を持つリコは小学校高学年の時点でユウゴを『自分の男』と見做していた。なんなら『ユウゴは“俺”が育てあげた』くらいに腕組みして得意がっていた。
そんな折に迎える中学校へ進学。
同じ小学校から進学した女子達は『篠塚? アレに手ェ出したら橘輪が怖いわ。そもそも頭のネジが外れたスピード狂だし、無いわー』と見向きもしなかった。が、他の小学校から合流した女子は、普段は穏やかだけれど自転車に乗ればハイスピード・ライダーと化すユウゴに、『ギャップ萌え』を見出したらしい。
リコは激怒した。リコは自他ともに認める異彩の規格外である。ゆえに凡俗のことは歯牙にもかけぬ。だが、自分の男へ手を出そうとする泥棒猫共には人一倍敏感であった。
ちなみにリコは大変に見目麗しい美少女だから、色気づいた思春期小僧共から大いにモテたが、そんな有象無象は視野にすら収めない。
「ふっざけんな。ユウゴは“俺”が見っけて磨き上げたんだぞ。アイツのケツはアタシのもんだっ! ポッと出てきた雌猫共には絶対に渡さんぞ!!」
ユウゴが聞いたら「どこからツッコめばいいか分からない」と笑っただろうが、リコはガチのマジだった。
どのくらい本気だったかと言えば、憤慨した翌日にはユウゴを部屋に連れ込んで床へ押し倒し、深く重たい女の情念と猛り狂った青い性衝動を叩きつけた。
後にユウゴは『……餓死寸前のサキュバスに襲われたら、あんな感じだろうな』と遠い目で語る。この時の体験からユウゴは『下半身事情の主導権を握らねばならない』と学び、ソフトSへ進んでいくが、これ以上紙幅に割けない。
で。
リコのパパママが“交際のけしからぬ実情”を把握した時は頭を抱え、ついにはユウゴのパパを交えて相談したりもした(ユウゴのパパも頭を抱えた)。
これだけでも親泣かせであるけれど、リコは更なる爆弾を大爆発させた。
大伯父の遺産を用いた“投機”に大成功し、多額の資産を築き上げてしまった。それも『金がたくさんあれば、ユウゴといろいろ楽しくやれるから』という理由で。
幸い橘輪家は実業家の資産持ちであり、パパもママも次女が儲けた金に目の色を変えたりしなかったが、ここでついに“諦めた”。次女は自分達の手に負えない、と。
かくして、リコは中学の三年間、ユウゴとエッチしたり、大金を稼いだり、ユウゴのためにマウンテンバイクを調達したり近場の大会を探したり、ユウゴとエッチしたり、と思うがままに過ごし、中学卒業を控えた頃に、もっとユウゴとイチャイチャし易いよう母方祖父母宅の納屋を秘密基地化し、半独り暮らしを企てた。
リコのパパママも母方祖父母も、二本足の四トンダンプカーみたいなリコを止めることは敵わず、せいぜい『警察に捕まるようなことだけはするな』と釘を刺すくらいだった。
なお、3つ年上の姉はリコを苦手にしている。曰く「妹との付き合い方が分からない」
相手は規格外だ。仕方ない。
2つ年下の弟もリコが苦手だ。曰く「両親からリコ姉の真似は絶対にするなと言われて育ちました」
妥当であろう。
誤解を生まぬようもう一度断っておく。
リコは両親や姉弟を愛している。
半独り暮らしを始めてからも実家にちょこちょこ顔を出しているし、メッセージアプリやメールで頻繁に連絡を取り合っている。両親の結婚記念日には有名ホテルの食事券を贈ったり、父の日母の日に花を贈ったり、姉が大学に合格した時は進学祝いにブルガリの腕時計を贈ったり、バレー小僧の弟の誕生日にプロテインセットを贈ったりしている。
ただ、家族以上に『ユウゴといろいろ楽しくやる』方が大事。
異彩と異質に満ちた規格外な女橘和リコ。彼女は一言でいえば。
愛に生きている。
海の底より深く昏く、水銀より重たく、溶岩のようにぐつぐつと煮え立った愛に。
感想評価登録その他を頂けると、元気になります。
他作品もよろしければどうぞ。
長編作品(いずれも未完)
転生令嬢ヴィルミーナの場合。
彼は悪名高きロッフェロー
ノヴォ・アスターテ
おススメ短編。
スペクターの献身。あるいはある愛の在り方。
1918年9月。イープルにて。
モラン・ノラン。鬼才あるいは変態。もしくは伝説。




