14:ラブロード
快晴の月曜日。一学期の最終日。真夏日に催される終業式。
体育館に集められた生徒達は体育館にこもった暑気と湿気にダレきっており、校長の話なんて誰も聞いていない。
忍耐と我慢を強制され、ある種の虚無感に満ちた式がやっとこさ終わり、生徒達は愚痴と文句をこぼしながら教室へ戻っていく。
教室に戻った生徒達は通知表を渡され、泣いたり笑ったり。
各クラスの担任教師達は一学期最後のホームルームで各々いろいろな話をしたけれど、要約すれば皆、同じ内容だ。つまりは――
『悪さすんな。危ないことすんな。宿題は計画的にしろ』の三点である。
そうして、昼飯前には一学期が終了する。
部活に向かう者。さっさと帰る者。なんとなく帰らず駄弁る者。
二学期の文化祭に向けて生徒会と文化祭実行委員会が夏休み中の準備について話し合う。漫研と文芸部がなんかよく分からない理由でカードゲームの死闘を繰り広げていた。
学食堂は『一学期の食い納め』と考えた生徒がそれなりに居たのか、意外に混んでいる。
そんな食い納め組に交じり、リコとユウゴは日替わり定食を突く。
「お祓い? ガンマを?」
「うん。相手はゴーストライダーだからな。やっておけば気休めくらいにはなるだろ?」
訝るカレシに説明するカノジョ。
「まあ、やるのは構わんけど、そういうのって何日も前から予約しないとやって貰えないんじゃないか? ゴーストライダーに今夜挑戦するって話は変更するのか?」
ユウゴが疑問を並べると、リコは口に運んでいた飯を咀嚼して呑み込んでから、答える。
「電話で確認したら午後から大丈夫。沼江津神社ってけっこうデカい神社だろ? お祓いの式を執り行える神職が何人か常駐してるんだよ。だから飛び込みでもなんとかなるのさ」
「既に確認済みか。流石はリコだ。仕事が早い……じゃあ、藤咲さんにも連絡済み?」
「当然よ」
不敵に微笑むリコへ、ユウゴはうーむと舌を巻く。
「お見事。脱帽です」
「はっはっは。いくらでも褒めて良いぞ」
リコは小癪なおっぱいを強調するように胸を張り、野武士のように高笑いした。
で。少し時流れて昼下がり。
自動車やバイクの交通安全祈禱(あるいは厄除けのお祓い)は新車を購入した人が依頼することが多いらしい。あとは救急車や消防車の新車導入時とか、地場企業が新しい社用車や業務車両を採用した時に依頼するとか。神社の氏子や寺の檀家が日頃の付き合いから依頼するケースも多いとか。
中にはレース車輛を持ち込んで(大抵のレース車輛はどうあっても公道を自走出来ないため、積載車輛を用意しなければならない)、あるいは神主や坊さんを読んで祈祷を挙げてもらうケースもあるようだ(もちろんそうなると初穂料や祈祷料とは別に出張交通費やら何やら掛かる)。
真夏の昼下がり。
鵺津神社の境内、本殿前に一台のバイクが運び込まれた。
境内の広々とした空から注ぐ陽光を浴び、メタリックな青と銀に彩られたマシンがきらきらと煌めいている。優雅な曲線で構成されたカウルは汚れ一つなく、フレームやフォーク、スイングアームも磨き上げられて光沢を放っていた。真新しく真っ白なナンバープレートが、このマシンが公道へ復帰して間もないことを表している。
スズキRG400Γ改。
この美しい青と銀のマシンの所有者と乗り手と関係者の三人が、本殿内でお祓いを受けていた。
自動車のお祓いはラフな格好で式に臨む人も少なくないが、本殿内で神主の祝詞を聞く三人の少年少女は高校の制服をきっちりと着込んでいる。
篠塚ユウゴは日頃来ている学校指定のポロシャツではなく、糊が利いてパリッとした半袖ワイシャツにネクタイをきっちり締め、姿勢正しく式に臨み。
橘輪リコも糊が利いた半袖ブラウスを着て襟元までボタンを締め、リボンをぴたっと装着している。スカートの丈も標準に戻し、靴下も黒のハイソックスだ。グラデーションカラーの長髪をポニーテールに結いまとめ、化粧も普段より大人しい。
藤咲スミレも海杜学園の半袖セーラー服をきっちり着こなしている。まあ、彼女は普段から標準仕様で真面目に着用しているけれど。眼鏡がいつもより磨かれてピカピカしていた。
本殿内の式が終わり、続いて本殿前に駐車した400Γ改の清祓いの式が始まる。
30前後の神主が大麻を掲げ持ち、2人の巫女さんが神楽鈴を掲げ、お祓いの祝詞に合わせて神主が大麻を右へ左へ振るい、巫女さんがマシンへ切り麻を振りかけた。はらはらと花弁のように舞う白い切り麻。
あまり多くない参拝客達が物珍しそうに見物している。スマートフォンで撮影するアホはいなかった。
リコは巫女さんを眺めながら、思う。
……巫女服カワイイな。“夜の衣装”に加えるか。
罰当たりな女リコ。
式が終わり、神主から手短な説話を拝聴し、3人は巫女さんから御札と交通安全ステッカーを貰った。
地場旧家の御令嬢であるリコが初穂料を包んだ熨斗袋を巫女さんに渡す。ついでに巫女さんも交えて神社本殿前に駐車するRG400Γ改を記念撮影。
全て完了し、400Γ改を駐車場へ押して移動させ(自動車なら自走させるところだが、まあ、バイクだし)、3人は神社傍の飯処へ涼を取りに向かった。
お昼時は大分過ぎていたけれど、店内は参拝客でそれなりに賑わっている。
卓に急須と抹茶クリームあんみつが並ぶ。リコが代表して急須から緑茶を湯呑茶碗へ注ぐ。マイルドヤンキー女子だが、しっかり躾けられたらしく所作は正しく美しい。
「バイクのお祓いなんて初めて受けたよ」熱い緑茶を上品に嗜み、スミレが感慨深そうに言った。
「俺もだ。というか沼江津神社はそんなのやってたんだな」
「言葉はあれだけど、神社も商売だからな」
リコはユウゴへ答えつつ、抹茶クリームあんみつを食べ始める。暑気に火照った体に抹茶アイスの冷たさとあんみつの優しい甘さが響く。
「美味し」「抹茶クリーム好き」
美人女子高生達が笑顔で舌鼓を打つ様が実に可憐で麗らかである。ユウゴも冷菓で涼を味わいつつ、目の保養も出来て満足である。
店内の冷房で涼み、抹茶クリームあんみつを平らげ、熱い御茶でホッと一息。
そして、ゴーストライダーへ挑戦する話を始める。
「今夜の件。何時に向かう?」
リコの問いかけにユウゴは少し思案して、言った。
「少し遅めの方がいい。週の頭だ。10時を過ぎれば社会人のチャレンジャーは大抵帰るし、夜勤の車両も減るだろ」
「私もそれで良いと思う」スミレも賛同し「問題は今夜遭遇できるか、だね」
「出くわすさ」
リコは冷ややかに口端を曲げた。
「“俺”の勘だけどな」
勘と称しながらも、その言葉は予言のような確信を感じさせ、ユウゴとスミレは大きく頷いた。
「10時にラブロード始点傍のコンビニに集まろう」
「分かった」
話はまとまった。
あとはゴーストライダーのZⅡと出逢うだけ。
背後の席で三人の会話を盗み聞きしていた会社員風の男性が、スマホで上司にメッセージを送る。
≪キッズは今夜10時に動く模様≫
○
時計の針を少し戻す。
件の少年少女達が拝殿内でお祓いを受けている間、杉浦は金属的な青と銀に塗られたバイクを検分し、絶句した。
――なに、これ。
エンジン。キャブレクター。フレームとスイングアーム。カウル。チャンバー。それぞれに異なる付喪神――ジブリ映画に出てきそうなキュートで素朴な姿の付喪神が宿っており、乳飲み子の幸せそうな笑い声や遠足待ちの幼子みたいな声を出していた。
付喪神の発生において年月は必ずしも重要ではない。人の想いは正であれ、負であれ、物に宿り、御霊を生む。ただ、人間の傾向として負の念から呪を宿し、悪性の付喪神が生まれ易いだけだ。人とはまったく救い難い。
では、このバイクもまた、呪によって付喪神を宿したのか?
否だ。青と銀のバイクの各部品の付喪神は持ち主や関わりを持った人々のこのバイクへ対する健やかな愛情、走ることへの純粋な熱情、スピードへの純朴な挑戦心から生み出されていた。
――はー……こんなん初めて見たわ。
バイク自体に一柱の付喪神が宿るのではなく、各パーツに付喪神が宿って群を成すなんて。こんな珍しい事例は、怪異相手の経験が豊富な杉浦をして見たことがない。
これならラブロードの怪異を誘い出すために呪符を仕込んだり、妖術を施す必要などない。向こうからやってくる。
でも、と杉浦はバイクを注視しながら思案する。見たところ、個々の付喪神達にまとまりがない。ならば――
お祓いの式が終わり、続けてバイクの清祓い式が始まった。
禰宜が式を取り仕切る中、杉浦に命じられた久継シズカが巫女に扮し、青と銀のマシンへ“真の”祝詞を無言詠唱して捧げ奉る。
――かしこみかしこみもうしあげる。かけまくもかしこきうぶすなかみたちよりましらたまのわけみたまをさずかりえてうまれいずるたまのみはしらにおろがみもまつらくともうしあげる。
祝詞を聞き留め、各パーツのキュートな付喪神がシズカを見上げる。
――おのもおのもたのしくおもしろのこころもちてかむえらぎにえらぎえましめかむがらかみあそばしめたはまむ。
もう一人の巫女が切り麻を振りかけるバイクへ、シズカは無言祈祷を締めた。
――たふとびまつりかたじけなみまつりてたのしくおもしろのこころもちておのもおのもそのみことみことにつかへしめたまふとことほぎまほぎにたたへごとおへまつらくともうしあげる。
禰宜の清祓い式とシズカの祈祷が終わると同時に、バイクの各部に宿った個々の付喪神が総体となる一柱の付喪神を形成する。
≫≫おーっほっほっ!! アテクシにかかれば三下のポンコツなんぞかるぅ~く一捻りですわーっ!! おーっほっほっほっ!!
なにか妙な霊格が生じてしまったが、まぁ許容範囲であろう。
第一社務所の奥から式を窺っていた杉浦は、少年少女を観察する。
兄の仇討ちを目論む眼鏡娘は祓いにより無自覚な邪気が薄れている。
長身の文学青年風優男は深いヒビの入った魂を持っているけれど、妖気に捕らわれるほどひ弱ではない。大丈夫だろう。
マイルドヤンキー娘はなんだろう。御霊がブレて見える。悪しきものではないようだが……昔の御世に鵺討伐へ関わった家の末裔だ。何かしらの霊的素養を持ち合わせているのかもしれない。
いずれにせよ。
少年少女達に背を向け、杉浦は第二社務所へ帰りながら、邪神を奉じる司祭みたいな笑みを湛えた。
仕込みは成った。
○
時計の針が午後9時を指す。
夕食を終えた後、ユウゴは自宅の風呂で自らを清めるように入念に身体を洗ってから、真新しい下着を穿き、ライダーのインナーと革ツナギを順に着こむ。スマホと財布、スポドリのペットボトルを突っ込んだ斜め掛けバッグを背負い、ライダーブーツを履いて出た。
プロテクター付きのグローブを装着し、名門ショウエイのスポーティなフルフェイスヘルメットを被る。エンジンブローして動けぬヨンダボの隣に止まるRG400Γ改へ跨り、スターターをキック。
御近所を慮って排気音を絞りながら自宅を発つ。
道中でガソリンを満タンにした後、沼江津市国道バイパス――通称ラブロードの始点傍にあるコンビニへ赴く。
ラブロード55に挑む薄らバカ共の溜まり場であるコンビニの駐車場。週頭の深夜のためかスピード狂共はほとんどいない。
ライムグリーンのマシンが停まっていて、革ツナギを着こんだ女性ライダーがエナジードリンクを飲んでいた。
藤咲スミレだ。艶やかなセミロングの黒髪をひっ詰めるように結いまとめ、眼鏡をコンタクトに換え、愛らしい顔をコンビニの照明に晒している。
ユウゴの姿を見留め、スミレは微かに表情を和らげた。
「こんばんは。篠塚君」
「やあ、藤咲さん」
軽く手を挙げて挨拶し、ユウゴは駐車場を見回す。リコの姿は見えない。
「リコはまだ?」
「さっきメッセージが届いたから、そろそろ着くと思う」
スミレが答えてから間もなく、ヤマハの250㏄スクーターXMAXが駐車場へ入ってきた。
ガンダム面の青いスクーターはユウゴ達の隣で停車し、女性ライダーが降り立つ。上下ツーピースの青白ライダースーツを着込んでいて、アライのフルフェイスヘルメットを脱げば。
リコちゃんでした。
「そのバイクは? まさか買ったの?」スミレが問えば。
「買わん買わん。木島君から借りてきた」
「俺達の知り合いだよ」とユウゴがスミレへ補足。「ヨンダボを買ったスクラップヤードで働いてるんだ」
「木島君はパチカスでいつも金ねェからな。一晩3千円で貸してくれたわ」
「しかし、ビクスクじゃ俺達に追従できないだろ?」
250㏄ビッグスクーターにスピードなんて期待してはいけない。それでもブルーコアエンジンを搭載するXMAXは140キロくらいで巡航できるけれども。
「元からお前らに付いていけねーから問題ねーわ。これを駆りてきたのは、あくまでお前らが無茶して事故らないか、ケツから付いてくためだよ」
リコはからからと笑った。
メカ弄りはセミプロ並みに得意だけれど、運転の方は然程ではないことを自覚している。ガチのスピードキチガイで運転が得意なユウゴはもちろん、そのユウゴをして『かなり強気で攻める』というスミレの走りにも当然付いていけない。ましてやゴーストライダーの相手なんて絶対に無理。
「そだ。ちょっとやっておくことがある」
リコはシート下トランクを開け、中から工具を取り出してテキパキとアッパーカウルを外していく。
「? ? ? 何してんだ?」
片眉を上げて訝るユウゴ。小首を傾げるスミレ。
問いへ答えず、リコはカウルを外して露わになった、ヘッドライトを支えるステーへ二つの御守りを結び付けていく。一つはスミレ兄のガンマに装着されていたもの。もう一つは本日の昼下がりに沼江津神社で貰ったもの。
「御利益があると良いけどな」
二つの御守りを仕込み、アッパーカウルを付け直した。
「……きっとあるよ」スミレは強く頷く。その二重どんぐり眼は決意に満ちていた。
「そうだな」
ユウゴは頷き、2人の美少女へ告げる。
「始めよう」
ラブロード55。
突発イベント『ゴーストライダー・ハント』。
スタートだ。
感想評価登録その他を頂けると、元気になります。
他作品もよろしければどうぞ。
長編作品(いずれも未完)
転生令嬢ヴィルミーナの場合。
彼は悪名高きロッフェロー
ノヴォ・アスターテ
おススメ短編。
スペクターの献身。あるいはある愛の在り方。
1918年9月。イープルにて。
モラン・ノラン。鬼才あるいは変態。もしくは伝説。




