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水の精霊にTS転生!   作者: アリエパ
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剣戟に磨耗して

 赤い一条の光となった矢が、空気を焼きながらサボサの後頭部に吸い込まれていった。崩れ落ちた男は炎に包まれ黒い煙を出し、火種となって周囲の敵に延焼していった。

 大きくなる悲鳴に対してか、満足そうな溜息が聞こえた。


「うん。初めて実戦で使ったけど、これなら大丈夫だね。もっとやるよ。」


 自信に満ちた表情で次の矢をつがえるリーシャに、言いようのない悲しみを抱いた。そこにかつて見た苦悩の表情は無かった。苦しんだ姿を見たいのではない。しかし、殺しに葛藤を持てないのは望ましくない。 リーシャは私とは違う。水だけがあればいいわけではない。社会で、人の中に生きていかねばならないのだ。いずれ落ち着ける場所があったら、リーシャが大きくなるまではそこで暮らしたい。だからこそ、心が摩耗して戦う事しかできないようにはなって欲しく無い。

 その意思を告げようかどうか悩んでいるうちに二本目が放たれた。それを見た野盗の誰かが叫びをあげていた。

 

「早くなんとかしろ!死にてえのか!」


 そんな悲痛な叫びも、二射目の火矢の餌食になって絶叫に変わった。満足そうなため息は聞くに堪えず、それ以上リーシャの顔を見てられなかった。何人かを血を吸う為であれ何であれ、私は殺している。しかしリーシャがそれをするのは、なんとも我慢できない気がした。


「なあ。」


 もう十分だろう。一泊おいてそう声に出そうとした時、敵の集団から一人がこちらに駆け出してきた。間が悪い。顔はべそをかいて汚れていた。大方誰かにどやされて突っ込む羽目になったのだろう、捨て鉢な感じだった。空気中にばらまいていたいくつかの水滴を誘導し、加速させて目に突き立てた。


「グギャアァ!」


 目を抑えてのたうち回っていた。街での修行の成果が出たな、細かな制御も聞くようになった。これでもっともっと早く動かせれば、機動力がある奴にも対応できるのだが。

 まあ今はいいか。それよりも敵が突撃を仕掛けてくるようでは危険だ。一緒に村を出ていった奴らは奇襲特攻の勢いをそのままに、向こう側の馬車と戦っている辺りまで突き抜けてしまった。傍に友軍もいない。ここは場所を変えるべきだろう。もっと安全な、できれば戦いに参加する必要のないところに…

 そこまで考えていた所で、リーシャが新しい矢を取り出したのが横目で見えた。


「おい。もう止め―――


 慣れた手つきで引き絞られた弓は、制止の言葉が終わらぬ内に矢じりに火炎を灯して飛んで行った。幸いというべきか、火矢は警戒されていたからか誰にも当たらなかった。私の躊躇いの所為でこれ以上リーシャが殺さなかったことに、少しだけほっとした。

 

「チッ。何か言った?」


 …この子が舌打ちをするのは、これが初めてではないだろうか。苛立ちの所為か若干早口の返事に、心が重くなる。渇きとは違った静かな焦燥に若干早口になりながらはっきりと告げることにした。


「もう止めにしろ。」


「うん。そうだね。もう敵にも警戒されちゃったし、やり方を変えないと。」


「そうじゃない。私が言ってるのは―――


 そこまで言った時、間が悪い事に人影が霧に引っかかった。今度は5人ばかしの団体である。しかも都合の悪いことに散会している。ええい、何度も何度も邪魔をするな!

 テリトリーに入った奴から水滴で攻撃するが、今度はさっきの奴とは違い冷静だ。目を狙いに行っているのがばれたのか、掌でガードしていた。いたし方あるまい、首を狙うか。もしかしたらそれに驚いて目の防御がおろそかになるかもしれんしな。


「火よ!」


 走り寄ってくる敵をけん制するようにリーシャが人数分の火球を放つった。すると何人かは横によけたが他のは剣を振りぬくか盾で火球をかき消した。


「ユニエ!お願い!」


 そういわれた時一瞬意味が分からなかったが、すぐに理解した。武器を使ったのは目元がおろそかだ。


「よし来た!」


 敵のそばにあった水滴で柔らかい眼球を水で削ってやった。あとは―――んな!しまった!もうこんなに接近を許していたか!目を狙うのに夢中で他の奴に意識が向いてなかったぞ。クソ、適当に水をぶつけるしか…いや間に合わない! 

 リーシャが弓を投げ捨てナイフに持ち替えるのがスローモーションの如く引き延ばされ見えた。リーシャに襲い掛かってきた一人が手を剣に添え、目から覆いが取れた瞬間―――やれる!


「グア!」


「リーシャ大丈夫か!」


 ギリギリのところで目つぶししたが、剣はその時振られきっていた。間に合っていたかわからん。


「へい…き!」


 しだれかかってきた剣を寸でで蹴り上げたようだ。上げた足をかかと落としの要領で男の腹に振り下ろしていた。隙だらけの状態できれいに決まったおかげか、ウっとうめき声を一つ残してそれ以降動かなくなった。残りは一人か。一連の動きを警戒してかなかなか近づいて来ない。しかしテリトリーにはすでに入っている。相手が一人ならいくらでもやりようはある。さっさと始末しよう。

 水滴を準備していると、男は悪態をついて身をひるがえし逃げていった。勝てないと悟ったのか、全力疾走だった。まあわざわざ殺す必要もないか。


「ふうっ―――」


「やめろリーシャ。」


 と、思っていた矢先にリーシャが弓矢を拾い上げて構えたので制止した。何でこうもヤリたがるのだ。


「どうして?」


「リーシャ、あのだな、好戦的であるのは大きな問題だぞ。」


 殺すな、とは私からは言えん。しかしせめて戦いはできるだけ避けて欲しい。危険だし、本当に教育上問題がある。今更な気もするが、今ならまだ間に合う。


「そう?でも私だって強くなったんだし、大丈夫だと思うけど。」


 リーシャは弓矢を掲げてそんな事を言う。あれか?力に酔ってるってやつか?


「違うぞ。いくら強くなっても危険なものは危険だ。それに色々と悪い影響がある。」


 語気を強くして言うと釈然としない様子だったが矢を収めてくれた。


「そこまで言うなら…気をつけるよ。」


 良かった、一応の理解は示してくれたか。しかし、何故こうまで戦いに対しての意識が変わったんだ?

 霧を濃くして姿を隠して場所を移動しながらリーシャに聞いてみる。


「何かあったのか?」


「何かって?何もないよ。」


 リーシャが普通の口調で言うものだから、ついついそうかと軽く返しそうになる。いいや違う。ちゃんと聞きださねば。


「もうここらへんでいいよ。霧、吹き飛ばしちゃって。」


 質問される前に口を挟まれてしまった。むー、後でにするか。

 言われた通り霧を払うと、戦場の様子を確認できるような小さな段差の上にいた。

 私たちをはじめとした援軍の後ろからの奇襲で、敵の陣形が乱れたらしく今は乱戦状態に移行していた。軽々しく火矢を射てないと分かると緊張していた表情が一転して、リーシャは暇そうにしていた。


「どうしよう。私たちも突撃する?」


「絶対にダメだ。さっき言ったばかりだろう、好戦的になるなと。」


 こちらに気まぐれで飛んでくる矢も魔法も、水で横から少し押すと全て逸れていく。動体視力が追い付かなくても薄く引き伸ばした霧が動きを正確に捉える。遠距離攻撃は脅威になりえん。

 高度な魔法と熟練した身体強化魔法。それを兼ね備えたものがいれば話は別だが、そんな突破力がある強者はおらず、敵は数以外に強みはない。一斉に襲われたらさばききれなかっただろうが、今は乱戦中でこちらにわざわざ突撃をかます奴はいなさそうだった。

 水が届く範囲には敵はいない。油断対敵とはいえ、もはやここに危険は無いだろう。もう直ぐ決着も尽きそうだしな。安全な状態に落ち着いたんだ、暫くすれば終わるだろうし、ただ待ってれいれば良い。

 戦いたがるリーシャをなだめながら二人で戦場から少し離れて趨勢を見守っていると、咎める声がかけられた。


「何サボってるんだよ。」


 ああ、目付役とか言ってたっけか?えーと、若い奴だ。


「アシ、アシ?」


 アシ何ちゃらがいた。


「僕はアシダカだ!」


 そうそう、アシ…ダカだ。


「何か用?ないならどこか行って。」


「だから、何さぼってんだよ。もうすぐ追撃戦が始まるから、早く戦列に加われ。役立たずになりたいのか。」


 あ、嫌な予感がする。


「…役立たずじゃない!少し魔力ねってただげだし!ユニエ、行くよ!」


「あ、おい!ちょっと待て!」


 赤髪を振り乱して飛び出して行くリーシャの背を追いかけながら思わず舌打ちをした。おのれアシ、アシダカめ。挑発するようなことを言いよって!

 はあ、大丈夫か?頭に血が上ってなければいいのだが。心配している時間はあっという間に終わり、すぐに乱戦している箇所にたどり着いた。事前の打ち合わせなんてなく、無策のままに集団の中に飲み込まれていく。見失わないようにと気をつけても、たまに見える赤い影がリーシャなのか血のか分からない。

 ええい、まったく世話の焼ける!

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