誠の勇気
「おい、終わったぞ…何をしている?」
部屋から出るとアルがリーシャに覆いかぶさっていた。
「ストレッチよ。ここの関節が伸びないと、体術は身につかないわ…!」
よく見るとアルの体からピンと張ったたリーシャの足がはみ出していた。プルプルと震える細い足がピーンと張り、深呼吸の音だけが響くが無言である。しかしアルが弾みをつけて体を倒したら、
グキッ
「っうー…!!」
呻き声が聞こえてきた。
「おい今変な音しなかったか?」
「問題ないわ。よくある事よ。」
嘘つけ。
「ふー…!ふー…!」
「3…2…1…良し!終わりよ!」
アルのプレスから解放されたリーシャはゆっくり立ち上がっていた。しきりに腿をさすっている。筋を痛めて無ければ良いが。
「ユニエ、どうだった?」
「特には何もなかったぞ。それよりも大丈夫なのか?」
「うん、もともと体は柔らかい方だったから。こんなに開いたのは初めてだけど。」
違和感があるのか腰やら足を揉むんでいるが問題はなさそうである。
「これからは自分でストレッチしなさい。ユニエちゃんに手伝ってもらうといいわ。体が柔らかいと怪我しにくくなって可動域も広がるから一番重要なのよ。次は、そうね、踏み込みの練習かしら。」
「ナイフはまだ触らないの?」
「それは一番最後よ。基礎が出来てないと。」
「はーい。」
奥が深いらしい。しばらく二人が変な動作をしているのを見ていたら、今更ながらルエスにもらった牙を見せた時の猫の反応が気になって来た。随分と驚いた様子だった気がするな、もしかして黙っているべきだったか?
そんな事を考えているとアルが動きを止めた。
「…はっ?いえーーーですが…」
口に手を当ててボソボソと話し始めた。
「あれは何をしてるんだ?」
「風魔法の通信だって。風は戦い以外に色々使い道が有るのが特色だからね、色々出来るの。」
ふーむ。魔法の授業はよく分からなかったから話半分にしか聞いてなかったな。今後の事を考えると恥を忍んでリーシャに色々聞いとくべきか…まあいっか。リーシャが理解しているのならばそれでなんとかなるだろう、たぶん。
「ではーーーそれは…そのように、はい。了解…しました。」
話が終わったらしい。
「二人とも、気を悪くしないで欲しいのだけど、上からの命令なの。ごめんなさい。」
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《坑道の中》
はあ。あのタイミングあんな事を言われたんだ、私の所為だろうな。
「タイミングが悪かったね。でも通行許可証貰えたからそんなに不便はしなさそうだね。」
「そうか…」
「地図も貰ったし、次はどこに行こっか?ユニエは都会の方が良いよね。魔法の事とか色々知らないといけないし。」
リーシャはあまり気にしてないようである。アルの政情不安と言う説明を受け入れたのか。実際は私が下手をこいたからだと思う。本当はリーシャに謝るべきなのだろうが口が重い。
「北にドワーフの自治区があるらしい。人の出入りも多いから都合がいいと思うぞ。」
「そうなんだ。えーと、北の方だから…」
口から出たのは言葉は全く違う内容だった。いやダメだ、ちゃんと言わないとな。私はお姉さんなんだ、手本にならねばいけない。
「リーシャ、すまん。また野宿をさせてしまう。」
「どうして?別に仕方がないよ、誰の所為でもないし。強いて言うなら帝国が悪いんだよ。ほら、もうこの話はお終い。それよりもドワーフの自治区ってどんな所なの?」
勘違いをさせたまま話が進んでしまう。
「私も詳しくは知らんが、なんでも武器の生産が活発だから買い付けに来る者が多いらしい。」
都合良く誤解させたまま、それ以上語る事なくモヤモヤを残したまま暗い道を進む。本当の事を言えないままだった。
「あ、やっと出口だよ。確か石切場に出るって行ってたから、地図だと…ここに出るのから。」
薄暗い闇が晴れてぼんやりと周囲に色が戻る。もうすぐ外に出る。それまでにちゃんと話さなければ。
「だ、大丈夫だ。」
口をもごつかせながら発したのは意思とは違うのだった。
「ん?何か言った?」
訂正しなくては。早く、さあ言うぞ。
「私が…付いているから、何も心配ないぞ。」
赤い光が壁を照らし、砂っぽい空気が湿り気を帯びた。
「ふふ、ありがとう!」
夕日を背に振り返って笑うリーシャは輝いていた。他の何よりも美しいこの子に対して私は…
じわじわと心に澱が溜まる。足を引っ張ったどころかそれを隠して、本当の事を言わず頼り甲斐のある人物を演じている。
私は、この子の何なんだろう。
「でもねユニエ、私だって強くなったんだよ?」
茜色の空よりも鮮やかな髪を翻すその姿は、初めて会った時より少しだけ大きくなった気がする。私よりもずっと大きくなってしまったような。
「いつまでもユニエにおんぶ抱っこしてる訳じゃないんだから!」
ああ、そうだな。いつまでも保護者面は出来ないんだな。ルエスの言葉が思い出され胸元の重みがいつも以上に強くなる。
「だから、心配しないで。私は大丈夫。」
大丈夫。私がいなくても。そう心の中で付け足すと胸が締めつけられる。本当に、なんなんだろうな。
「ユニエはもっと我儘になったっていいんだよ?私の事を考えてくれるのは嬉しいけど、そんなに気を揉まないで。私は貴女に、ちゃんと付いて行けるから。」
付いて行く、か。しかしリーシャは私より前を歩いている。ただ後を追っていただけだ。見守っているつもりになって、結局その役目を果たせた事なんて無い。
導くも守るもせず、後ろにいるだけだ。水だけを求めて、碌にリーシャの為にしてやれた事なんて無い。
「頼もしいものだな。」
「でしょ。ふふ、ユニエが私を頼っても良いんだよ?」
大人っぽい、子供っぽい、その表情に目をそむけたくなる。自分の至りなさと汚さが浮き彫りになるようで。渇きがあればこんな気持ち忘れられるんだが、生憎に街を出る直前にありったけ吸収したからそれ程渇いてはいない。それでも飲めば気が休まるような気がする。
「…水が飲みたいな。」
「はいどうぞ。」
呟きに反応して出された大きな水筒に戸惑う。
「大丈夫なのか?」
「私が渇いた時はユニエがくれるんでしょ。問題ないよ。」
準備がいいな、私なんかよりもずっと先のことを考えている。苦い思いを消すために水筒を傾けると水が喉に落ちる。その喜びを味わうも、それだけだった。じんわりとした満足感も罪悪感とも無力感とも感じられるこの感情を流してはくれない。
「もう良いぞ。」
「遠慮しないでいいよ。他に使い道無いんだから。」
「夜の間に飲む事にする。」
「そう?じゃあ少し移動して、そこで野営しよ。ここじゃ地面が硬いし。」
そう言って苦労しながら大きな岩をよじ登るリーシャに微笑ましさを感じながらも、そう思う事が後どれ位有るのか不安に感じた。子供はすぐに大きくなる、か。私はどうなんだろうな。
次回 新章突入 ~ヤンデレってなんだ(哲学)~




