陽だまり毛だまり
「ナイフの使い方ってねーーー
ああ、ああ。姉であれ保護者であれと心に誓い、そうあろうとして来たがこんなにも自信が未熟であろうとは。本当に、私はまだまだ成長が足りんな。
「だから、素早く持ち変えるにはーーー
「もっと精進せねばな。」
声に出すと心の迷いと失望も晴れた。うむ、先は長いのだ。これからこれから。
「えっ?うん、そうだね、練習もっとしなきゃね。でね、考えたんだけど、ナイフを口に咥えた状態で弓を射るとかどうかな?噛み締めるものがあるからいつもより強く弦を引けそうだし、持ち替えも直ぐに出来そうじゃない?」
…この子は突然何を言い出すんだ?刃物を口に入れては危ないぞ。
「危険だからやめろ。」
「うーん、そっか。確かに口とか怪我しそうだし…まだまだ課題は沢山あるなあ。」
まったく。私がしっかりしてなければな。落ち込む暇もありゃしないな。
そんなこんなで訓練場に着いた。何時もだったらもっと大勢の軍人が出入りしているが今日に限ってはとんといない。
不思議に思っていたらリーシャが不意にさも可笑しな事があったような口調で言った。
「ふふ、みんな筋肉痛になってるんだね。大人になると治りが遅いって聞いてたけど本当にそうだったんだ。」
「そうなのか。」
あれ、今日は休日だとリーシャは言っていたよな…単に休みの日にまで訓練しないだけではなかろうか。
休日返上で訓練場に来るようなのはお前ぐらいのものだ、とツッコミたくなったが機会を逸してムズムズとしたまま屋内に入った。アルは入り口直ぐの所で待ち構えていた。挨拶もそこそこに単刀直入に要件が伝えられた。
「ユニエちゃん、会って欲しい相手がいるの。一対一で話し合いたいらしいから、リーシャちゃんは待ってて頂戴。」
これは軍の命令なのだろうか。そんな硬い感じは受けないし、そもそもそう言った事柄は大抵リーシャに言われないから違うだろうが。精霊と会いたい…興味本位か?
「ふむ、まあ良いだろう。」
会うだけならなんとも無い、はずだ。しかしリーシャは不信感を抱いたようだった。
「なんで一人じゃ無いといけないの?私が着いてっちゃ不味いわけ?」
「先方たっての頼みなの。別に危険な事をさせるつもりは無いわよ。ほんの少しの時間だけだから、納得してくれないかしら。」
「うー、分かったよ。所でねえアル、さっきナイフ買ったの。色々教えてくれない?」
諦めたらしい。代わりにナイフの訓練を要求した。
「了解。じゃ、私達はあっちで…ユニエちゃん、お願いね。」
そう言って小部屋を指してから出て行った。
指示通り部屋に入ったが中には誰もいない。まだ来てないのか。
「おミャーがユニエニャ?」
既視感がした。こんな話し方するのは一人しか知らない。
「ニャがはいはルー坊の知り合いニャ。精霊ユニエ、おミャーの事はあの黒いのからからよく聞いたニャ。精霊にしてはまともって聞いたニャ?」
だが声の感じはあいつとも違った。
「もしかしてルエスの知り合いか?」
「ニャ、いかにもニャ。ニャがはいは全ケットシー協会方面局長ニャ。ルー坊は、ニャ、弟子みたいなもんニャ。今日はおミャーに聞きたいことがあるニャ。」
相変わらず姿は見えない。しかし猫であることは推測できる。
「おミャーはルー坊のなんニャ。どんな関係ニャ、どこまで知ってるニャ。」
質問の意図が見えない。なんと聞き出したいのだろうか。リーシャやアルには他人だと言ってしまったしな。いやしかしこいつはさっき私のことはルー坊、たぶんルエスからよく聞いているとも言っていたよな。 どこまでしゃべったかは謎だが他人とは言い張りずらい。うむ、別にうそを言う必要もないか。
「保護者仲間、だな。相談をしあい、愚痴を言い合い、先輩のようでもある。あいつも私も境遇が少し似ていた。だから親しくなった。」
「相談ってどんなニャ。戦い方とか思想についてニャ?」
「保護者仲間だといっただろう。子供の面倒を見るうえで大変なことだったり苦労話を言い合っていたんだ。」
そう答えると見えない猫はニャアだとか言葉になっていない鳴き声を上げて返事をしない。
「もう終わったのか?帰るぞ?」
「ま、待つニャ。他にも聞きたいことがあるニャ。おミャーは連邦についてどう思ってるニャ?」
わけのわからない質問だ。そんなの決まっているだろう。
「どうとも思っとらん。私が興味あるのは水とリーシャの事だけだ。」
「ニャア…おミャアは精霊だったニャ。にしては人臭いニャ。まあいいニャ。よーするに子供について話してただけニャア?なんかルー坊から貰った物はあるニャ?」
「これを貰ったな。」
牙のアクセサリーを取り出した。これについてルエスがなんか言ってた気がするが思い出せん。悪い事では無かったはずだが。
「ウンニャア!?それ貰ったのニャ!?マジかニャ…」
ああそうだ、信頼の証みたいな話だったな。その割には私が腹を割って話そうとしたら攻撃して来たが。 まったく、時間稼ぎくらいさせてくれたっていいじゃないか。そうすればリーシャだって無駄に戦う羽目にはならなかったはずだ。
「分かったニャ。ニャがはいもそれに敬意を表するニャ。」
むむむ、今になって少しムカついて来たぞ。今度会ったら水浸しにしてやる。
そんな事を思っていたら目の前に黒っぽい猫が現れたので反射的に水をかけそうになった。
こいつが声の正体か。猫の顔なんて判断付かんがルエスと似ているような気もしないでもない。
「聴取はこれで終わりニャ。判断を下すのは上だからなんとも言えないニャ、でも悪いようにはしないニャ。さらばニャア。」
そうして忽然と姿が消えた。あ、ルエスの事とか聞いとけば良かったな。なんかルエスより年上みたいなこと言ってたしな、色々知ってそうだったのだが。うむ、今度会ったらだな。
今はとりあえずリーシャの所に戻るか。あまり危ない事をしてなければ良いのだが。
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《とある軍事基地》
「聞いて来たニャ。」
「どうだったかね、彼女は果たして?」
「多分白ニャ。確かに高位精霊でもない割には人っぽいニャ。でもそれでもあれは精霊ニャ。主義だとか主張なんて無さそうニャ。」
「そうか…」
「気になると言えばルー坊はよっぽどあの精霊のこと気に入ってたみたいニャ。牙まであげるなんて普通じゃありえないニャ。」
「牙をあげる?それは何を意味してるんだね。」
「親愛の証ニャ。人で言う所の勲章ニャ?とにかくすごいものニャア。ニャがはいも長い事生きて来たニャ、でも牙を渡した相手なんて一人しかいないニャ。」
「つまりルエスライと精霊ユニエは仲が良かったと…ならば何故嘘を吐いた?彼女は街で見かけただけだと話していたそうだが…」
「知らんニャ。まあ悪い奴ではないニャア。」
考えざるを得ない。精霊がわざわざ嘘を吐いた,つまりそうするだけの何かがあったという事。
残念ながら相応の処置をとらせなければならない。しかし怪しいだけで罰するのも難しい。中尉は反対するだろうしな。致し方ない、追放処分が妥当か。形式上は任務ととしておこう。外界偵察とでも銘打って。




