春の嵐
会話が無いまま商店に着いた。四六時中一緒にいるのだからずっと喋っているのでは無かったが、何時もと違う沈黙には対応に困るぞ。気まずさは感じないにしても心地よいものでは無いのだ。
「らっしゃい。」
黙したままのリーシャが少し乱暴に戸を開けると、威勢のいい声と共に鮮やかな光景が飛び込んできた。
「すごい…!」
確かに凄い事になっている。色とりどりの豪華絢爛な鞘に包まれた刀剣が宙吊りになって入ってきた風に重たげに揺れている。この前行った服屋もそうだったが、店の中を商品を使ってカラフルにする風習でもあるのか?だとしても武器を吊るのはどうかと思うぞ。
「ワゴンから話は聞いてる。ナイフをお求めなんだって?」
「はい。あまり高く無いのを…」
「分かってる。ちょっと待ってな。」
あの剣は何だ?やけに大きい。あっちの墓たちがねじ曲がっている。
「リーシャ、あれは何だ?」
「え?うーん、多分龍人とか力持ちの人が使うんじゃ無いかな?おっきな魔獣を狩る時とかに使うんだと思うけど。」
用途が対人用じゃ無いからあんなに大きいのか。
「あれは何だ?」
「あ、それはねーーー
しばらくの間変わった形状の件なんかについて色々指して聞いていると、いつの間にか店員が箱を抱えて戻っていた。
「精霊さんは武器に興味があるのかい?」
「珍しくてな。よくもまあこんなに種類があるものだ。」
「へへ。嬉しい事言ってくれるじゃないか。俺の作品は精霊でさえ目を惹かれるってか。」
勝手にうんうんと肯いていた。
「良し。おまけでこいつをあげよう。水竜の鱗の首飾りだ。」
そうして手渡されたのは青く透明な菱形の物がくっついたアクセサリーだった。ふむ。これくらいの長さならルエスから貰ったのと違って衣の下には隠れなさそうだな。
「良いんですか?」
「なーに、どうせ余ってたやつだ。癖が強くて扱いに悩んでた所でな。どうだい?気に入ってくれたか?」
首に巻いてかけらが体とと触れた瞬間に不思議な気分になった。誇らしさのような…そう、一仕事終えたかのような達成感だ。
「ふむ…よく分からんが良い感じだ。ありがたく貰っておこう。」
「へへ。良かったぜ。さて、嬢ちゃん、ナイフだったな。予算はどれ位だい?」
「これしか無いんですけど…大丈夫ですか?」
「あぁ。だったらこれかこれ、後は…こっちもーーー
うーむ、不思議だ。こんな間隔初めてだ。そういえば竜と精霊は天敵同士、だったか?それと関係があるのだろうか?しかしこんな気持ちになるなんて授業では教えられなかったな。真面目に一から十まで聞いてたわけでは無いが。
解けかけの雪のような淡い青が胸元で光るのをぼんやりと見つめていると、水を飲んだ時とはまた違った満足感がする。これもまた精霊としての本能なのだろうか。
「はい毎度あり。」
「お給料が溜まったらまた来ますね。」
「おうよ。」
ボーと引き込まれるように見つめていたらリーシャがこちらを振り返った。
「終わったか?」
「うん。これにしたんだ。」
得意げに魅せられたのはありきたりな形状のナイフだった。
前にも見た事があるような…そうだ、そういえばエルフの持ち物でリーシャに渡したナイフがあったじゃ無いか。
「じゃあ、お邪魔しました。」
リーシャが店から出るようなので挨拶をする。
「またな。ペンダントは大事にする。」
「おうよ。お達者で。」
そうして外に出たところで買ったばかりの新たな武器を握りしめてご機嫌に歩くリーシャに聞いてみた。
「なあ、もう既にナイフは持っていたんじゃないか?」
「ああ、あれのことね。随分前に壊れちゃったよ。ウサギを解体してた時にボキッと。」
「なんと。しかし戦闘に使うのがそうなったら困るしな、予備でもう一本あった方が良かったんじゃないか?」
「んー、お金が貯まったらね。別に急ぎで必要な訳じゃ無いし。」
そんなものか。
今日の予定なんかを話しながら一旦宿に帰る。宿で戦闘服に着替えてから訓練場に行くらしい。弓の練習をするらしいが知り合いがいたらナイフについて教えてもらうつもりらしい。朝まで筋肉痛だった事なんて既に忘れてしまっているようだ。
戸を開けて食堂に入ると暇そうにしていた食堂のおばちゃん声をかけて来た。
「ああ、精霊さん、アル中尉が訓練場に来るように言ってたよ。」
「んあ?ああ、分かった。」
「確かに伝えたからね。よっこらしょっと。」
何の用だろうか。まあ目的地は変わらないか。さて、リーシャが部屋で装備を整えに行っている間に水でも飲んでおこう。
井戸の中に入ると胸元が輝きだした。そうして水に浸かると更にその輝きは大きくなり
「おお!?これも水を飲むのか…」
私の体からの物とは別に首飾りを起点として小さな渦が出来ていた。
私の衣からは吸って無かったしな、こいつもただの水しか吸いたがらないのだろうか。いやま生き物ではないからスポンジみたいなものか。私の体もそうだが吸収された水はどこに行くんだ?もし中に蓄えているんだったら…水筒代わりになるな!
おっと、なかなか面白い現象だがこれに気を取られているわけにもいかん、そろそろ上がらねば。またリーシャに上から呼ばれるのは少し情けない。
そうして名残惜しさを振り切って井戸から出た。服の準備もぬかりなく済ませて…
「終わったぞ。」
「もう良かったの?今日は早いんだね。」
ふふん、私がその気になればこんなものだ。別にリーシャに注意されずとも…あれ?なんか違くないか?…いや、深く考えるのはよそう…
「ユニエに用があるだなんて珍しいね。何かあったったのかな?」
軽く自己嫌していたら、リーシャは私の気も知らないでアルの事が気に掛かっているらしい。
「さてな…昨日の事で事情聴取でもされるんじゃないか?」
思わず投げやりな回答になる。しかしそれも致し方ない。心中は穏やかではいられないのだ。
「ユニエ、本当に…ううん何でもない。」
はあ、私がお姉さんなのにな…




