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水の精霊にTS転生!   作者: アリエパ
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火は踊る

リーシャ視点です

 緩い雨の向こうで、ユニエが押し倒された。地面に倒れたまま動かない。


「ユニエ!」


 早く助けなきゃ!


「待ちなさい!」


 アルに引き留められて動き出そうとしていた体が前につんのめった。掴まれた手を振り払おうとしてもアルは離してくれない。こうなったら…


「状況をよく見なさい!」


 腕に魔力を込めて身体強化魔法を発動しようとしたら、アルに怒鳴られてビクッとする。


「精霊はそう簡単には死なないわ。それにほら、あれもトドメを刺す気は無いみたいよ。」


 確かにそのケットシーはユニエの顔を叩いたっきり、何もしてない。水の服もちゃんと形を保ったままだし、今すぐどうにかしなきゃいけない訳じゃ無いかな。

 コクリと頷いて同意する。でも


「分かったけど、だからってあのまま放置しとくの?」


 流石にそれは酷い。だとしたら、私一人でも戦う。


「あれを見て。応援部隊が来たわ。でも様子がおかしいのよ。」


 ユニエの事が気掛かりで気付いてなかったけど、右側の大通りから正規軍が来てる。だけどその横の路地からは身なりの汚い集団が出て来てる。


「何なのあれ?」


 周囲を見るとアルを含め隊員は皆んなピリピリした険しい表情でその集団を見てる。


「分からないわ。でも戦闘になるかもしれないわね。ユニエちゃんは任せたわよ。」


 そもそも戦闘に巻き込まれたら意識の無いユニエは絶対に危ないじゃない。うん、そうなる前に助けなきゃ。

 神妙な顔で頷きつつも、飛び出すタイミングを見計らっていると動きがあった。

 気絶していた男が立ち上がって急に大声で話し始めた。


「人間は人間だ!他の何者でも無い!どの種族だってそうだ!融和だの平等だの馬鹿らしい、種族の壁は越えられない!何もかも無意味だ!

 連邦、いや共和国ですら近いうちに崩壊する!単一種に拠らない国家などはその存在からして矛盾に満ちている!」


「突撃!!」


 誰かがが叫んだ。軍勢が大きなうねりになって広場に殺到する。私もその流れに乗って行こうとしたけど、浮浪者達が軍に襲いかかってきた。陣形がグチャグチャになって其処彼処で乱戦の音が聞こえる。早くユニエの所に行かなきゃ。

 周囲をサッと見て道を探って再び走り出した矢先に、体がすくんだ。

 すぐ側で味方が倒れた。さっき街の外を遠征した時に一緒だった人で、何度か訓練を受けた事もあった。 別に親しくも無いけど、会ったら挨拶するぐらいには見知ったその人は、胸から溢れる血を見て忌々しげに顔を歪めたっきり、何も反応を示さない。


「ぎゃあ!」


 すぐ後ろで叫び声と共にばたりと肉体が落ちる音が聞こえて、弾かれたように走る。

 あの人が死んだのか、それとももしかしたら生きているのか、分からない。分からない。

 でも此処はもう既に戦場なんだ。動かないと、考えないと、殺される。早く行かないとユニエもあの人みたいに。体が小さい事を活かして無数の足元を掻き分け走る。

 今度は前方で人が倒れた。ボロ切れを纏った、恐らくは敵。足を潰されてのたうちまわってる。

 飛び越えようと足に力を込めるた瞬間、脳裏にふと浮かんだ。魔力での強化を施されたこの足で、鋲の打たれたこの靴で頭を踏み抜けば、殺せるんじゃない?

 そのアイディアを試す事無く足は地を蹴って、何も踏む事なく駆ける。

 戦場の熱気に侵されたのか、気持ちが大きくなってる。余計な事を考えちゃダメだね。早く、冷静に。


「ニャア!?」


 視界が開けた先には、未だに話している男とケットシー、倒れたユニエがいた。他にも何人か気絶してるみたいだけどそちらまで構う余裕は無い。

 要注意の黒いケットシーに炎弾を素早く放って目隠しにして、その隙に体の魔力を全身の筋肉に行き渡らせ身体強化魔法をかける。まだ未熟で精々30秒が限度だから、素早く無駄なく。ユニエを肩に担いで走り出す。

 チラリと後ろを振り返ると、ケットシーはこっちを見ているだけで何もしてこないようだった。良くわかんないけど、これなら大丈夫そうかな。

 そして広場から離れて、安全な場所まで来てユニエを下ろしていくつか確認する。うん、魔力の様子を見る限りだと異常は無いね。

 一通り確認が終わり、ようやく詰まってた息が吐けた。気分が緩むと、人生二度目となるユニエの寝顔を拝見する余裕も出てきた。

 あっ、せっかくだからお姫様抱っこすればよかった。さっきまでそんなこと考える暇もなかったけど、大切な人を戦場からお姫様抱っこで救うって、すっごくロマンチック。集落に居た頃に読んだ小説のワンシーンみたい。うん、今からでも遅く無いよね。

 もう一度ユニエを持ち上げるとすぐそばで、いつも以上に幼げで無防備な表情が見れて愛しさが込み上げてくる。守りたいって思いで溢れる。


「ふふ、私のお姫様…」


 前はユニエが旦那さんで私がお嫁さんって考えてたけど、案外私が王子様なのも良いかも。

 ユニエよりモまだまだ弱いし全然追いつけてないけど、少し自信がついた。リーシャとしてユニエをちゃんと守れた。あの時の覚悟に恥じない行動だった、と思う。

 でもユニエが戦う羽目になったのは私を心配しての事だよね。私がもっと強くて大人だったらこんな事にはならなかったし。子供なのはどうしようもないけど強くなる事なら努力次第だから、頑張らなきゃ。

 でも、その感慨に割って入る野太い声が聞こえてきた。


「撤退!撤退!」


 そしてさっきまでとはまた違った騒ぎが聞こえてくる。撤退、要するに戦闘が終わったの?でもどっちが勝ったのかまだわからないし、戻るのはやめといた方がいいかな。

 急に不安に駆られて、腕の無きにあるユニエの寝顔を再び見る。さっきは異常なしと思ったけど、別に精霊について教科書以上に知ってるわけじゃないし、本当に大丈夫なのかな。呼吸も脈拍も感じない体を抱いていると改めて不安になる。たとえ精霊はそういうものだってわかっていてもジワリとした不安感は去ってくれない。

 どうしよう、誰かに相談したいし一回見に行こうかな。そろりそろりと広場に戻っていき、そっと覗き込む。見慣れた黒の軍服が忙しなく動いているけど、戦ってるようでは無いみたい。

 あっ、アルだ。


「アル。ちょっと良い?」


「あらリーシャちゃん。無事で良かったわ。ユニエちゃんも…大丈夫そうね。」


「それなんだけど、本当に大丈夫なのかな?魔力に大きな異常は感じないんだけど、少し不安なの。」

 

 するとアルはユニエを覗き込んでから


「魔力の流れが少し乱れ気味だけど、直ぐに治るわ。そうね、水を吸わせてあげれば良いと思うわ。そうすれば30分もすれば目を覚ます筈よ。」


 明確な答えが聞けて安心した。水は…あの水溜りで良いかな。

 辺りにはもう倒れている人は居なかったけど、雨に濡れた地面の上で滲む血が、さっきまでそこに人が横たわっていたと教えてくれる。

 心なし赤っぽい水溜りにユニエを横たえると、肩の荷が下りたような気がしてどっと疲れが出て来た。ふう、今何時だろ。体がだるくて食欲がわかないけど、何か食べなきゃもう動けないよ。

 ボーとしてへたり込んでいたらアルが来て

「リーシャちゃん、これでも食べなさい。」


 軍の携帯食料をくれた。ふう、味気ないけどお陰で少しは楽になったかな。色々考える余裕が出て来た。

 そういえば市長の演説の最後の呼びかけ、詳細は公開されたりするのかな。男の人が途中で邪魔しちゃったし。あの人結局誰なんだろう?

 あの浮浪者の正体もわからずじまいだったし。なんでこんな事件ぎ起きたのかな?


「ねえ、今回の騒動はなんだったの?」


 とりあえずアルに聞いてみると、私も全容を理解してるわけじゃ無いけど、と前置きをしてから説明してくれた。


「恐らくさっきまでいた奴らは帝国の近衛部隊ね。剣筋に覚えがあるわ。

 ああ、さっきまで市長を押しのけて熱弁をふるっていたのが誰か知ってるかしら?」


「知らない。」


 あんなことするぐらいだから何か特別な立場の人だと思うけど。


「あの男は先代市長の息子なの。まあ昼行灯とか言われてたんだけど、それがまさかこんな事になるなんて。私は帝国の人間が彼をたぶらかし、協力させて起こしたテロだと思ってるわ。何がしたかったのかがわからないのよ。」


 演説の内容を知らないのかな。市長が市民に団結を求めて、しかも連邦領内の帝国人を皆殺しにするって言ってて、それを邪魔して不和を誘発する為の演説を始めたんだから、理由はそれだと思うけど。

 アルにそう言っててみると、


「私も知ってるわ。生で聞いたわわけでは無いけど、さっき演説の記録をもらって確認したわ。

 連邦で人間とそれ以外の種族に摩擦を起こしたいと、帝国が幾度となく画策して来たのは事実よ。でも今回の事件はあまり効果的じゃ無いの。

 帝国が内乱状態の今、虎の子の近衛部隊をわざわざ連邦の都市に潜伏させてまでやる事が、大規模な破壊工作でも暗殺でも無く、ただ演説に割って入るだけ?確かに死者は出たけど、全員が軍人だけで政治家や民間人の被害は精々擦り傷程度だったのよ。今回の事件で人間が憎悪の的になる事はあり得ないし、何よりも連邦が帝国に宣戦布告する口実を与えるようなものよ。何が目的なのか分からないわ。」


 ふーん。色々と不可解な点があるみたいだけど、興味があるのは連邦も帝国と戦争するのかどうかってところだけかな。

 召集されなきゃ良いんだけど。やっぱり殺したり殺されたりするのを目の当たりにするのは嫌だし。

 少し話した後、誰かに呼ばれたアルは戻っていった。手を振って見送りながら、大人になるまでは戦争なんかやだなと思った。私が何を思っても始まるときは始まるんだとはわかってるけど。

 ううん、今はいいや。さて、だいぶ時間が経ったし、そろそろユニエも目が醒める頃かな。でもそれまで暇だし…そうだ。


「ユニエー。」


 悪戯心を抑えきれず頰をツンツンしたら、煩わしそうに首を振って指から逃れようとしてる。ふふ、可愛い。

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