束の間の
内容を少し変えました。ユニエがリーシャと一度合流してからもう一度別れたのでは無く、最初から合流してません。
嵐の中を強行軍して街に進んで行った。アルの結界に守られてるとは言え、すぐ側を暴風が過ぎて行くのは落ち着かないな。
しかしそれは長くは続かなかった。街の城壁が見えて来た時、空に光が見えたので見上げると、街の真上でぽっかりと雲の天蓋に穴が空いている。まるで台風の目かのようだ。
やがて私達も雲が無い場所に着いた。周囲は雨粒の弾幕も消え景色がはっきりとした。アルもそれに気付いたのか、結界を解いたようだ。風が吹き込んでくる。しかしそれは微風に過ぎない、雨も伴わない柔らかな物だ。本当に台風の目の中にでも入ったのか?
「好機よ!追い風を吹かすわ!落ちないように注意して!」
アルが叫ぶや否や、流れる景色が不鮮明になった。おお、中々の速さだな!風に乗って飛ぶのも乙だな。
街に着くとアルは部隊に指示を出してた。
「みんなは詰所で別名あるまで待機!」
疲れた顔の他の兵士と対照的に、アルはまだ余裕のようだ。大声で指示を出して行く。一通りそれが終わったところでリーシャの方を向いて
「リーシャちゃん、お疲れ様。報酬は任務が中止になっちゃったから出ないんだけど、危険手当は出るから。さあ、宿に戻って。
ほら装備の変換を急ぐ!市街地戦も視野に入れて対応を考えるわよ。非番?あるわけないでしょ!叩き起こしなさい!」
アルの声を背に宿へ向かう。結局何のために苦労したのやら。ま、報酬が出るならばそれで良いか。
リーシャは心底疲れた様子で、気怠げに宿へと歩き出した。私もそれに着いて行くと
「はあ、なんだったんだろ。ううん、もう考えるのも面倒。今日はちょっと昼寝するよ。」
リーシャはもはや思考を停止したようだ。よっぽど疲れたんだな。まあ無理はない。肉体的な疲労を感じない私ですら疲れた気がする。子供に過ぎないリーシャには余程の負担だっただろう。
「そうだな。そうすると良い。」
エルスが外を確認することを進めていたが。何、今日である必要はあるまい。
しかし、宿のある大通りを歩いて行くと奇妙な現象に出会った。さっきまで雨が降っていたはずななんだが、大きな人垣で道が堰き止められている。買い物客でも無さそうだな。アルが急いでたのと関係が?
「なんだろ、あれ?」
「ふむ、ちょっと待ってろ。」
僅かばかりの気力を振り絞って出された疑問に応えるべく、高く飛んで向こうを見ようとした途端に
「親愛なるカザスタン連邦の同胞達よ‼︎」
大音声が何処からともなく聞こえて来た。
しかし奇妙だな。声と一緒にビュオウと風の音が聞こえるが、その風自体は感じない。
「我々は今、大きな危機に瀕している。そう、種族分断の危機だ!!」
「ん!?おいリーシャ待て!」
いきなりリーシャが人混みに駆け寄って行き、瞬く間に紛れてしまった。うーむ、上から探すか。
しかし上に飛んでみると声がより大きく聞こえるようになり、嫌が応にも耳に入ってくる。
「ガザスタン連邦は、種族間の相互不干渉と融和政策を巧みに使い分ける事で、建国以来常に全種族の平和と平等を維持し続けて来た奇跡の国である!
しかし、その偉大なる先人達の、努力が、想いが、血が、涙が、全て台無しにされようとしている!我々の正義が脅かされている!
そう!差別主義者どもによってだ!奴らは連邦の純朴な人々を洗脳し、我々の倫理と正義に泥を塗りたくっている!」
人混みを上からリーシャを探して行くうちに、先頭まで来てしまった。はっきりと台の上で喋る老人とそれを守る警備の姿が見える。
上からだと分かりにくいな。降りて近づこうとしたが、ふと目に着いた大衆の中の一人の男の顔があまりに真剣すぎて、その視線を遮ってはいけないと思わせられた。周りの事を気に掛けなくなっている私にすら感慨を抱かせる食い入った表情は、何かに憑かれたのかと思わせる程だ。
しかしその胸中を計り知る前に、私の意識はなおも叩きつけられ続く濁った太い声に持っていかれた。
「さて、その差別主義者とは誰か。その答えは帝国人である。邪悪な差別主義に染まった彼奴等が我々の理想的社会を汚染しているのだ。特に山賊化した敗残兵どもが。
我々は団結しなければならない!!血の結束では無い、正義と理想に基づいた真の結束である!」
こう言った政治的な、いわばプロパガンダは子供にはあまりよろしくない気がする。
「しかし、残念な事に人間蔑視の風潮とそれに反発して人間至上主義が広まりつつあるのも確かだ。帝国人は人間であり、奴らによって被害を被った同胞も少なく無い。
そして憎悪の炎は燃え上がりやすい。より大きな単位に波及するのも無理ない事だ。
声高に団結を叫び、理想さえあれば良いと嘯いたところで、誰も納得しないだろう。」
リーシャを早く見つけねば。民族主義だの愛国心なんかはあの子には早すぎる。
団結とか差別主義とかをメインにした話は違和感があるな。リーシャに強制は出来んが、聞かせたい部類では無い。本当だったら、夢のある優しい世界を見て欲しい。それを望める立場にいないのかもしれんが。
「そこでこう考えた!差別主義の感染、その主原因は帝国の人間と連邦に住まう人間を混同する事にあると!
よって!人間という呼称を変更する事を提案する!
普人族!それが新しい連邦の人間の呼び名である!
しかし諸君はただ呼び方を変えるだけじゃないかと思うかもしれない。だが諸君はこう言った言葉を言ったことが、或いは聞いた事は無いだろうか。
[人間風情が][たかが人間如きに][人間の所為で]
されど問題を起こすのはあくまで帝国人であり、帝国人と連邦の人間はしっかりと分けて考えるべきである!!
その為にも呼称の変更は重大な意味を持つ!
これは儀式である!二千年前の約定を、再び強固な物へとする重大な儀式だ!我々の正義と理想を不可侵な物へと昇華する儀式だ!」
周囲から賛辞が上がった。人々は手を叩いたり万歳をしたりと動いている。そのお陰か、人混みに動きがあり小さな人影が一瞬露わになった。リーシャ?
「そして!この儀式を厳格にする為にも、連邦領内の人間掃討作戦の推進を掲げる!!悪意と差別に塗れた人間を一掃し、正しき倫理観を持った普人族のみが連邦に生きる権利を持つのだ!」
リーシャらしき人物が見えた所に行こうとした時、
「3日後の早朝、有志による大規模な掃討作戦を発動する。老いも若いも、男も女も関係ない。全員で、根こそぎだ。諸君らの決断をきた「巫山戯るな!!」
熱狂を破る胴間声が響いた。




