疑惑
リーシャ視点です
最近ユニエの様子には違和感がある。
魔獣悪魔狩りの任務を請け負うと決めた翌日から、今まで以上に私の事を気にかけるようになってない? 何かあったの?と聞いても、水が美味かっただけだ、と返されたけど、本当になんなんだろう?
ユニエが更衣室に置いといた大型の水筒から水を補給してるのを見ながら、最近の出来事を思い出してみるけど、思い当たる事は無いかな。
「クー、一汗かいた後の水は堪らんな!」
「精霊なんだから汗は掻かないでしょ。」
「気持ちの問題だ、気持ちの。」
気持ちの問題。そんな言葉は普通の精霊だったら言わないみたい。一部の上位精霊はユニエみたいに情緒が発達してるらしいけど。教科書とか見る限りだと精霊はもっと淡々としてる筈なんだよね。
「そうだ。リーシャ、体洗うか?汗かいただろう?」
「うん、お願い。」
服を脱いで体を水に委ね、汗と火照りが水流に払拭されていく爽快感を味わう。んー、気持ちいい。うん、難しく考えても仕方ないかな。ユニエはユニエだもん。
「ふーっ、さっぱりしたよ。ありがとね、ユニエ。」
微笑みかけると照れたようにそっぽを向く。ふふふ、癒されるよ。
他の人からすると、ユニエも普通の精霊と同じで欲求に素直な、よく言えば無垢、悪く言えば単純な性格に見えるみたいだけど、私は知ってる。
確かに水が絡むと見境なくなる時があるし、おっちょこちょいで抜けたところもあってデリカシーも足りてない。
だけど私が落ち込んだ時は慰めようとしてくれる。疲れた時は支えてくれる。寂しい時だって側にいてくれる。
ユニエは特別。他の誰がそれを知らなくても、私だけは知っている。
ユニエは優しい。お姉さんぶりたがるちょっと変わった、世話焼きな精霊なんだから。
「次は学校か。訓練に勉学、リーシャ、疲れてないか?」
「大丈夫だよ。ユニエこそどうたの?」
「私はお姉さんだからな!これぐらいなんとも無い!」
自信満々に胸を張ってる姿を見て、少しイジワルをしたくたなった。
「お姉さんなユニエは、そろそろ文字を覚える気になったのかな?」
「…話せれば良いのだ、話せれば。」
ふふふ、可愛い子。こんな時のユニエは堪らなく愛らしいよ。優しいのも凛々しいのも気取ったのも、全部好きだけど、このわざとらしく目を逸らした顔と、言い訳をする時の少しオロオロした表情が大好き。
好きな人には意地悪くなっちゃうもの。
でも、この愛しい人は私よりもずっと強い。それどころか、殆どの人類よりも。
「じゃあ、行くよ。今日は確か…歴史だっけ。」
「うーむ。精霊に必要な知識とは到底思えんぞ。もっと直接役に立つ授業が望ましい。」
「愛国教育なんじゃない?軍人になる為の施設なんだから、やっぱり自国の素晴らしさを教えるとか?」
「下らん。いざとなれば逃げればいいのだ。街はここだけでは無かろう。」
縛りを嫌うのは精霊らしいのかな。ううん、そもそも必要ないからだよね。ユニエにとって水と私のこと以外は。
ユニエは強い。この前はカートにあっさり捕まっちゃったけど、それもそれは狭い室内だったから。精霊の三次元的な機動力の前では、大抵の攻撃は掠りもしない。訓練場を屋外にした途端、ユニエは負けなしだった。そして水の力は防御にも攻撃にも、索敵にも隠蔽にも使える万能型だし。
一方の私は大して強く無い。身体強化魔法はまだまだ使えない。年の割に、と褒められても教師役のグラーフにはとても叶わない。身体強化魔法を使わない、純粋な魔法戦でも。火属性魔法は攻撃に特化し過ぎて競り負けるか罠に嵌ると直ぐに負けちゃう。
ユニエだったら持久戦に持ち込めば勝てるんだろうけど、私がユニエの足を引っ張ってる。それが悔しい。
「いよいよ明日か。もう今日は帰って休んだらどうだ?別に一回サボったぐらいで大事無いだろう。」
「そう言う訳にもいかないよ。ユニエこそ勉強が面倒なだけじゃ無いの?」
「精霊に世界史は関係ないと思うんだが。」
「何が役に立つかは分からない、だよ。やれる事はちゃんとやらなきゃ。」
だけどどんなに焦っても、私はどうしようもなく子供で体も魔力も未成熟。時間が解決してくれる問題なんだろうけど、それでも私はユニエと早く並び立ちたい。
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《とある軍事基地》
扉を叩く音がした。
「アルラシアです!」
市長と同じ程の重要性の監視対象を任せている部下だ。
「入り給え。」
「失礼します。例の二人に関しての新たな報告があります。特に精霊に関してです。」
「何か新発見があったのかね。」
議会への報告書を書く手を止める。内容が増えるな。
「こちらがレポートになります。
精霊ユニエは下位精霊だと思われます。操作速度や魔力の内包量から見ても確かです。
しかし、あまりにも人格形成がされ過ぎています。あれ程の人らしさを持っているのは上位精霊ぐらいかと。
又、契約者リーシャとの関係性も極めて良好なのも特徴です。いえ、精霊と契約者としての関係としては最早異常だと言えます。」
レポートにはその精霊の事で埋め尽くされている。読み進めていくと、確かに契約者に対する態度が普通ではない事が伝わってくる。なるほど、たしかに契約者との関係を姉妹だと口にする精霊など聞いた事も無い。
やはりイレギュラーか。炎龍王の火山から産まれたという精霊の噂に関して、事実確認を急がせる必要があるか。これが仮に水竜王が目覚める兆候だったとしたら…
「引き続き監視を頼む。ああそうだ、契約者リーシャはとやらの性格や能力は掴めたかね。」
「性格に関してですが、学校ではどうやら周囲に壁を作っているようでして、社交的では無いかと。私を始め大人に対しては目立って反発する事は有りませんが、線を引いた態度を感じます。
彼女は周囲から差別されて育ってきた様なので、人をなかなか信用出来ないのかもしれません。それだけに契約者リーシャの精霊ユニエに対する好意的な言動がよく分かります。
能力に関しては訓練でしか確かめていませんので、明日の例の作戦で見極めようと考えています。
「よろしい。くどいが、口には気を付けてくれ。最近は市長が市民と交流し、支持を高めようとしている動きがある。何かを仕掛けてくるかもしれん。くれぐれも、注意してくれ。私からは以上だ。任務に戻ってくれ。」
「はっ!失礼しました!」
完全に閉まった扉を見てから、大きくため息を吐く。ここまで対処すべき仕事が増えると疲れるな。
精霊に関しての報告書は取り敢えず早く出さねば。議会の素早い決断を期待しよう。竜王が目覚めたとしたら、対応を間違えればこのクライランの街が第二のヘオグラドになってしまうかもしれん。
いや、前回の竜王戦で最上位精霊が緊張しているらしい。そこにさらに竜王が目覚めれば、再び竜と精霊の闘争の影におびえて過ごす旧世界に逆戻りする羽目になるかもしれん。
人類の一大事だ。理想主義の完成形である連邦の崩壊だけは避けねばならない。ここまで築き上げてきた先人たちにも、これからを生きる子供たちにも、示しがつかん。
内輪もめをしている場合ではなくなりそうだな。市長に情報を流すか?少なくとも何らかのリアクションがあるはずだ。それを見極めるしか…
街の名前とか面倒な気がしてきました。もういっそ南方とか帝国首都とだけにして簡略化するかも?




