手合わせ~遭遇戦風味~
「でやあ!」
カートとか言うだらしない男は、リーシャを一切無視してこっちに突っ込んで来た。こいつも身体強化魔法が使えるのか。
何時も通り上に…あっ、天井だ。
「クッ、ならば!」
水を放つ。カートは剣で両断しようとするがそれも想定内。剣の動きに合わせて水を二分して…
「んな!?」
驚きの声が漏れなのは自分の口からだった。剣の周りに岩が現れて巨大化した。分厚くなったその剣、否、棍棒で水が制御不能になる。岩も水が触れた部分は消えたが、それでもまだ多くが張り付いている。
後退しながら霧を噴出し、それと共に小さな水の粒を大量に振りまく。これなら剣でも切れまい。
しかし今度は砂が大量に飛んで来て霧も晴れてしまった。直ぐ近くまで接近を許してしまった。
だが、この距離なら反応出来まい。顔にーーーんが!?
「痛つつ、何だ?」
頭に衝撃が走り、視界が真っ暗になった。何が起こったんだ?動いてみようとしたら何かにカツンとぶつかった。壁?もしかして土魔法で閉じ込められたのか?だったら水をぶつけたら出れるのか?でも大量に 水を使ったら勿体無いな、カッターでやるか。
何とか外に出ると、既に勝負は決していた。
「さて、ユニエ、だっけか。まだやるかい?」
リーシャは荒い息をついて仰向けになっていた。
「やめておこう。リーシャがやられた時点で私の負けだ。」
リーシャに死なれたら私もろとろだ。
「終了ね!」
アルの言葉にリーシャは上体を起こして、残念そうに息を大きく吐いていた。気不味い。早々に無力化された私が敗因な気がする。
「あー、リーシャ。すまんかった。私の落ち度だ。」
「ううん。私の方こそユニエの援護出来なかったし。」
話していると、アルが咳払いをして口を開いた。
「問題点は色々とあるわ。でも反省をするのは宿題にしましょう。今回あなた達を試した目的は、これから軍に入隊してもらうつもりだからなの。」
ん?軍?子供をか?
「軍って、私はまだ子供だよ?」
そうだそうだ。あ、なんか今は大変な時期って話だったな。少年兵、この場合は少女兵か、子供を徴兵するほど軍備が逼迫しているのか?これは詳しく聞いとかないとな。リーシャの準保護者としても。
「そんなに深刻な状況なのか?帝国人の問題は。仮にそうだとしてもまだ10歳の少女を戦場に送り込むのは酷だぞ。」
「言葉が悪かったわね。軍と言っても、今すぐ兵士になる訳じゃないの。軍学校に入って教育を受けてもらいたいの。魔法や戦闘訓練だけじゃなくて、もちろん普通の勉強もできるわ。衣食住が全て付いて、しかも無料よ。」
美味しい話だ。故に怪しい。元サラリーマンの勘が告げている。いやまあリーシャも訝しげな顔をしてるから普通に臭うんだろうが。
とりあえず私が聞くか。
「何か条件があるんだろう。裏があるんじゃないか?」
「ええ、在校中は正規軍の補佐として幾つか仕事を、卒業後は5年間の兵役があるわ。細かい要件はパンフレットを渡すから、それを参考にして頂戴。さあ、そろそろお昼にしましょう。」
そう言って、アルとカートは階段へと向かって行った。
軍、か。不穏な単語だ。リーシャを、少なくとも子供の内は、関わらせたく無いが。
:
:
:
夕方、午後に再開された街案内が終わり、部屋に戻って来た。
「ユニエ、今日の話、どう思う?」
「軍には関わらないに越した事は無いと思うんだが。あれを受けなかったらどうなるんだ?」
そう言うとリーシャは少し驚いた顔をして
「意外、ユニエがそんな事言うなんて。てっきり、水さえ飲めればそれで良い、とか言うと思ってたよ。」
失敬な。ちゃんと先の事も考えてるんだぞ。渇いて無ければ。
「ふん、私を誰だと思ってる。」
「お姉さん、でしょ。」
なんか適当にあしらわれた感がする。
「ユニエが言うのももっともだけど、軍学校に入るのが一番良いと思うんだよね。仮にこの話を蹴ったらたくさん借金しなきゃいけないみたいだし。奨学金とかね。」
うーむ。それしか道は無いのか?他に何か子供でも出来る安全な仕事は…無いな。コネが無いと難しそうだ。
「そうか。分かった。私は何も言わん。お前がやりたいようにすれば良い。」
「うん。じゃあこの話は受ける事にするよ。ユニエも魔法とかの授業なら為になるんじゃないかな?雨を降らせるんでしょ?」
確かに。リーシャに教科書を全て音読してもらう訳にもいかんしな、文字が読めなくても口頭でで説明されればある程度は理解出来るようになるか。
しかし、やはり軍と言う言葉には抵抗がある。元日本人だからか、忌避感がある。他にどうしろと言われてもこまるが。
今は、道は無いか。
「うむ。良かろう。」
「決まりね。後は、今日の反省。そもそもの敗因はなんだと思う?」
後ろめたい気分だ。
「私があっさり負けた事か?」
そう言うとリーシャは首を横に振った。
「私達はいつも奇襲をして戦ってきたじゃない?事前に作戦を立てたりして。盗賊達は既に戦闘中だったし、私達が襲われる側になったのは悪魔と戦った時だけで、それも相手が特別馬鹿だったから勝てたけど。」
あの時私を炎がすり抜けたのは何故だったのか、魔法を学べば判明するのだろうか。
「今までの私達の戦法は、ユニエが霧で敵から視界を奪って私が止めを刺す。それが基本だったけど、今回のは対面した状態でいきなり始まったから、対応出来なかったんだと思うよ。戦闘経験が足りてなくて、戦術もしっかりしてなかった事が敗因じゃないかな。」
「ふむ。実戦が足りないということか。」
そこは若いから仕方ないと思うが、まあ時間が解決するのだろ。
話し合いはそれで終わった。昨日と同じようにリーシャは暗くなるとしばらくして寝た。
そして私は今日も水を飲んでから屋上に行ってみると、エルスが先にいた。
「来たニャ。んニャ?なんかあったニャ?」
確かにあったが、分かるのか?
「顔に出てたか?」
「相変わらず物憂げな顔ニャ。別に顔じゃないニャ。ミーのようなレベルになると何と無く分かるものニャ。話してみるニャ?楽になるニャ。」
正直に話してみる。軍学校に入学するのを勧められた事、リーシャがそれに乗り気な事、しかし自分はそれに対して拒否感がある事。
「リーシャはまだ10歳の少女に過ぎんのだ。軍なんかには関わらせたく無いんだがな、他に手がある訳でも無い。どうしたものか。」
「ニャア。子供が決めた道に文句はつけないもんニャ。成るように成るニャ。ユー達は確か外から来たニャ?」
「そうだぞ。」
「だったら兵役の前に街を脱出するのも手ニャ。いざとなったら逃げれば良いニャ。犯罪者以外なら街を出る時に止められる事はまず無いニャ。他の街に手配書が直ぐ回る事も考えにくいニャ。そのままどっかの自治区にでも行けばそれで終いニャ。」
逃げれば良い。それは思い付かなかったな。猫なだけはある。
自治区か。
「自治区と言うと例えば何処だ?」
「ドワーフのとかオススメニャ。鍛治が盛んで商売が盛んニャ。他の種族の出入りも激しいニャ、だから旅人が混じっても怪しまれないニャ。」
ふむ。明日リーシャに話してみるか。
「ミーの愚痴も聞いて欲しいニャ。今日なんか大変だったニャ。遅めの反抗期もここに極めりニャーーー
今日も夜は更けていく。




