未味との遭遇
石造りの建物が並ぶ街並みを通って案内されたのは、2,3階建ての建物が多い中で、5階建ての目立つ建物だった。
「ここの店は安くてうまい!庶民の味方よ!」
店の前まで来て、アルは鼻歌でも歌い出しそうなくらい随分とご機嫌だ。
「私としては水が飲みたいんだがな。」
「分かったわ!ちゃんと用意するわ!」
「ありがたい。」
「はぁ。」
リーシャに呆れたようにため息をは吐かれた。仕方ないだろう、渇いたんだから。
店の中に入ると繁盛しているのか、なかなかの混み具合だった。浮かんだままじゃ無いと誰かとぶつかって服を濡らしてしまいそうだな。
「リーシャちゃん、嫌いな食べ物はあるかしら?」
「好き嫌いは無いよ。」
「それは良いことね!」
まあ普段の食生活が肉の丸焼きか野草を適当に煮るか、川が近くにあれば魚をこれまた丸焼きが基本だったからな。好き嫌いがある方がおかしい。
カウンターの近くまで行くと、アルが店員に大声で注文した。
「日替わり二つ!それと水を大量にお願いするわ!」
良く通る声だな。人が多くて騒がしいが、アルの声ははっきり聞こえる。
「この声は、、、やはり!中尉!アルラシア中尉!」
後ろから大きな声が聞こえた。アルラシア中尉?ああ、アルの事か。
「あら、ワゴン少尉!久しぶりね、元気だった?」
振り向くとそこには、10歳のリーシャと同じ程度の背丈の、筋骨隆隆なヒゲマッチョがいた。
「なはは、今はただのワゴンですよ。ええ、元気でしたとも。ところで、そちらのお嬢さん方は?」
アルと知り合いらしいその男は、一緒にいた私達に目を移して聞いて来た。
「しばらく私が世話する事になったのよ。この子はエルフのリーシャ、この浮いてる方は水の精霊のユニエよ。」
「リーシャです。」
「ユニエだ。」
「これはこれは、わしはドワーフのワゴンちゅー者です。今は服屋をやっちょりますが、昔はこのアルラシア中尉の元で日々扱かれちょりました。いやー!懐かしい!」
ドワーフ?あのドワーフか!鍛治が得意な!でも服屋?
「ドワーフの癖に服屋をやろうと思っちょったわけですから、周囲からは猛反対されちょったんですが、大尉殿だけは応援しちょって下さいましてな。だから安心しちょって大丈夫です、この人は良い人です。」
やはりドワーフが服屋をやるのは変な事だったのか。リーシャを見ると、曖昧な笑いをしていた。
「褒めても何も出ないわよー。」
アルはそう言いつつも嬉しそうにしているな。
「日替わり弁当の方ー!」
「おっと、わしの番みたいですな。名残惜しいですが、ここでお暇させていただきまっしゃろ。では!」
そうして去って行った。しかしドワーフか。門番の兵士も犬耳や角が生えた奴もいたし、色々な種族がいるのだろうな。そう思って食堂を見渡すと、確かに色々な姿形の人々がいた。獣耳はもちろん、やたら背が低いのや逆に高いのも、角も色々な種類があれば、人間と思わしき者もいる。髪や肌の色も千差万別だ。
「日替わり定食二つと水たくさんの方ー!」
「私達の番みたいね。こっちよ、特等席があるわ!」
アルはそう言って定食と大きな水差しを受け取った後、カウンターの横の階段に向かって行った。
水差しが大きすぎて危なっしいな、溢れてしまいそうだ。それは困る。
「水差しは私が持つ。」
「あら、ありがとう。」
「はぁ。」
リーシャにため息をつかれた。解せぬ。
「私も片方持つよ。」
リーシャも続いて申し出たが
「これくらい問題無いわよ。」
素気無く断られている。ふふん、勝った。リーシャに得意顔を向けると、またため息をつかれた。何故。
後ろを付いて階段を登って行った先には、長い廊下とたくさんのドアがあった。ホテルみたいだな。アルはそのまま廊下を歩いて行き、奥の方にある扉を足で蹴ってから
「カート軍曹!いるんでしょ!開けなさい!」
声を張り上げた。知り合いの部屋か?
ボサボサ頭を掻きながら、一人の男が出て来た。人間か?
「何ですかい、アルラシア中尉。今日は俺、非番何ですが。」
「仕事よ!私は色々あって抜けるから、替わりに宜しく!あっ、本幾つか借りてくわよ。」
「えっ!」
何が何だか分からない。それはリーシャも男も同じようで、ポカンとしている。
「そう言う訳だからお邪魔するわ!」
「ちょっ、えっ!」
「早くなさい!少佐が怒ってるわよ!」
「それを早く言ってくださいよ!」
ドアを開け放し、男は着の身着のまま部屋を出て走って行った。
何だったんだ?
「あの、大丈夫なの?」
「カートの事?問題無いわ、よくある事よ。さ、入って。ご飯が冷めちゃうわ。」
促されて入ると、テーブルと椅子、そして壁一面の本棚があった。
「おいしいわよー。さ、食べましょ、いただきます。」
リーシャとアルは机に向かい合わせに座ると、食事を始めた。料理を見ても美味しそうには感じない、というか、興味が持てない。まあ、リーシャが感動したのか目を潤ませてご飯を掻き込んでいるから、味は良いのだろう。今まで調味料が全く無い食事に文句一つ言わなかったリーシャからすれば、大抵の料理はうまいだろうが。
私も水差しの水を飲むか。全部飲むとまずいか?いや、私のを飲ませれば良いか。空いてるコップに水を入てやる。アルに礼を言われたが、返事をする余裕は無い。水が目の前に在るのだ。水差しを傾けて、顔に浴びるように水を吸収する。肌に触れる側から体に染み渡っていく。やっぱり水に限る。
あっ、もう無くなってしまった。正直物足りない。他に何か無いか?食事に夢中のリーシャとそれを笑って見ているアルを尻目に、周囲を見回す。しかし本ばかりが目につき、他に何も無い。在る意味殺風景だな。
部屋の隅に目を向けた時、何かが横切った。目を凝らしてみると、小さなネズミが穴から出て入りしていた。これを吸うか。ごく小さなカッターと水牢で捕らえて、矮躯に指を差し込み血を啜る。不味い。が、一応は満たされた。
「ユニエ、水もう一杯水ちょうだい。」
「ん、ああ。ほれ。」
食事が終わったようだ。
「さてと、お腹も膨れたところで悪いんだけど、さっきの続きを話して良いかしら。」
「はい。」
確か竜王同士が戦って、色々大変な事になったんだったか。
「さて、竜王の一柱が死んだあと、その血が広範囲にばら撒かれたのよ。そしてその血は二つの出来事を引き起こしたわ。一つは身体強化魔法の発見。」
「身体強化魔法、、、文字通り体を強化するの?」
「そうよ。本当は魔術の部類なんだけど、この名前で定着しちゃったの。それはさて置き、この魔法は魔法の才能がある人なら誰でも出来るようになるのだけど、それ以外の魔法が使えない人でも場合によっては使えるようになるの。
例えば獣人は魔法が使え無いのだけど、身体強化魔法なら全員が使える事が分かったの。もともと魔法の替わりに身体能力にリソースを振った種族だっただけに、身体強化魔法の効果は凄まじいものがあったわ。人間でも統計上、10人に一人ぐらいは使えるらしいわね。」
あの時の野盗はそれを使ったのか?やたら足が速かったが。
「へー。私にも使えるようになるのかな?」
魔法の才能が有出来るらしいから、リーシャもたぶん大丈夫だと思うが。
「リーシャちゃんはもう魔法が使えるのかしら?」
「うん。火属性魔法だけど。」
「あら、凄いじゃない!その年でもう魔法が使えるなんて、エリートよ、エリート!」
リーシャは苦笑いをしている。何でだ?
「魔法が使えるなら、そうね、2,3年でものになると思うわよ。」
意外とかかるな。
「私は使えるのか?」
「精霊が使えるとは報告がないわね。」
残念。まあ、体の仕組みからして違いそうだしな。どうしようもないか。
「どうやって身体強化魔法は見つかったんですか?」
「竜王の血を浴びた帝国人が何人かいたらしいのだけど、その人達が身体強化魔法を使えるようになったの。その人達を研究して行く事で、魔法の解析が出来て一般化したらしいわ。興味があったらここにある本を調べてみて。あっ、字は読めるかしら。」
「私は読めるよ。」
本か。私が見ても背表紙の文字は全く読めない。
「私はリーシャに読み聞かせしてもらうか。」
まあ、世界情勢なんかはリーシャが分かっていれば問題ないだろう。私は精霊についての本が読みたい。自分に何が出来るのか、魔法はどういった原理なのか分かれば、雨を降らせる目標にも近くだろう。
「一つ目の変化はそんなところね。二つ目は、悪魔の爆発的増加よ。さっき竜王の血を浴びた人間がいると話したけど、その人達はみんな1年足らずで死んでしまったの。他にも動物や魔獣なんかも血を浴びたんだけど、どれも直ぐに死んでしまったの。植物は枯れ、精霊は竜王の濃い魔力に当てられて、逃げ出したそうよ。共和国が支援したらしわね。帝国領のそこそこ広い範囲が、人も魔獣も、植物も精霊もいない不毛な死の大地になったの。
でもモンスターだけは違ったわ。普段から魔法を使える種族を捕食して自分の力にしているからか、血を浴びたモンスターは全てが悪魔に進化したの。それもかなり強力な奴によ。」
なんか凄い事になってるな。もしかして、今私が生きている時代は、後年の歴史の教科書に載るような時代なのやもしれん。
「帝国は今、内乱、他国の武力介入、恐ろしい悪魔の大量発生と、散々な目にあってるの。10年経った今でも、一向に改善されないままよ。
混乱は帝国だけに止まらないわ。無差別、全種族平等を標榜とする連邦でも、帝国人難民の増加とその人達が起こす犯罪のせいで、もともと連邦に住んでいた人間に対しても厳しい目を向ける人が増えているの。 あなた達がこの街に入る時も警戒されたでしょ。お前は人間か?って。例え子供でも、例外を作って街に入れる訳にはいかないのよ。他種族に対する差別意識に凝り固まった帝国人を一人でも招き入れたら、人間以外を差別する思想が生まれて、広まりつつある人間蔑視の風潮と対立して、連邦が崩壊しかねないの。」
リーシャは何か言いたそうな顔でモジモジしていたが、
「大変な時期なんだね。」
一言だけ漏らした。
アルはその様子をみて、リーシャが話の内容にいまいちピンと来てないと思ったようで、苦笑いを浮かべながら、
「あら、ごめんなさい。子供には早かったわね。」
そう言った。確かに情報量が多くて、少し整理したいな。
「でも、知って欲しかったのよ。今の連邦の現状と、世界がどうなっているのか。あなたは多分、色々な新しい事を知って混乱しているかもしれないわ。でもゆっくりで良いから、落ち着いて考えて欲しいの。この混沌とした世界で、どう生きるのかを。
私も出来るだけあなたの面倒を見てあげたいけど、大人になるまでずっとそうする訳にもいかないわ。孤児院も在るには在るけど、せっかくあなたには魔法の才能とユニエちゃんと言う頼もしい相棒がいるんだから、自分が何をしたいのか、何が出来るのか、考えてみて頂戴。」
そこまで言った時、アルがリーシャの手を握った。リーシャは目をパチクリして見返している。相変わらず何か言いたそうに口をモゴモゴと動かしたが、結局何も言わなかった。はっきり言えばいいのにな。
「ごめんなさいね、まくし立てる様に話してしまって。今日はもうゆっくりしなさい。」
アルは立ち上がり、机の隅に重ねられていた皿と食器を持ち、未だに私が抱えていた水差しを受け取った。
「あなた達の宿は、この階の一個上の、扉に37と書かれた部屋よ。鍵はかかって無いから、先に入っておいて。私はこれを返しに行くから、部屋の中で待っててね。」
そしてアルは部屋から出て行った。
思っていた以上に、この世界は混沌としていた。森はまだ平和な地域だったんだな。
ん?リーシャがじっとしたまま動かないぞ。
「リーシャ、行かないのか?」
俯いたまま、一向に椅子から立ち上がらないリーシャに声をかける。混乱しているのだろうか。まあ、話が話だったしな。知らない事の連続だった。
「トイ、、、」
「は?」
声が小さすぎて聞こえない。
「トイレに行きたい、、、」
よく見ると、リーシャは小刻みに震え、いつの間にか手は股に添えられていた。




