太陽は見ている
「これから、どうしよっか。」
リーシャはしばらくの間、火が消えるまでそれを眺めた後、明るい口調で聞いてきた。
無理をして無いか?大丈夫か?その問いは終ぞ口から出る事は無かった。ジリジリと渇きが迫っている今、何を言ってもその心配が薄っぺらい嘘になりそうで。
だから私は
「馬車を調べてみたらどうだ?地図とかがあるかもしれんぞ。」
なるべく自然に答えた。
いつか渇きを満たす以外に、大切なものが出来るだろうか。そうしたら、リーシャの気持ちがもっと解るようになるのだろうか。
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「馬車の中には、めぼしいものはなかったよ。携帯食料と水、あとお金が少しだけ。見かけ通りの、傭兵団か何かだったのかもね。」
渇きが強くなってきた頃になって、リーシャが馬車のガサ入れを終えて出てきた。両手には話に出てきた携帯食料らしきものがあるな。それにしても、水か。
「水があったのか。飲んでいいか?」
「良いけど、少しは残してよ?」
「何、私のを飲めば良いだろう。どこにあるのだ?」
久しぶりの水を前にして、自重出来る訳が無い。
「まったくもう。馬車の中に水瓶があって、その中にたっぷりあったよ。」
居ても立っても居られなくなり、馬車の中に飛び込む。
どこだ?水瓶、水瓶、あった!
しかし小さいな、馬車に載せるからだろうか、10Lも無い。まあ、水は水だ。手を水瓶に突っ込んで吸収すると、清涼感が全身を満たす。ああ、やはり血では得られないな、これは。
渇きが治ると、リーシャに対する殺し屋発言を思い出した。ちゃんと謝らないとな。
「リーシャ、さっきは悪かっーーー」
馬車から出ながら、リーシャに声をかけようとしたが、リーシャは、蹲って地面に横たわっている遺体に何かをしていた。
「あっ、ユニエ終わったんだどうしたの?」
リーシャは私に気付くと、パッと立ち上がって誤魔化すように早口で問うてきた。
何をしていたのか疑問はあるが、聞いて欲しく無いならそっとしておこう。
「さっきは、悪かった。デリカシーがなかったな。すまん。」
地面に立って、リーシャの前で素直に頭を下げる。
「いいよ、別に。もう気にして無いから。」
あっさりる許された。
「今後は気をつける。」
「分かったって。私は、その、この人達の武器とか財布とかを見るから、ユニエは周囲の警戒と、変わった事が無いか調べてて。」
今やっていたのはそれだったのか。少し後ろめたそうにしているし、あまり見られたくは無いのだろう。言われた通りに、そこら辺を見ているか。
馬車に繋がれていた馬は倒れていた。胸も動いてないから、多分死んでいるだろうから、血を吸っても不味いだけだな。あたりには死人が倒れているだけで、他には何も無い。
リーシャの用事が済んだらすぐに出発だな。万が一誰かに見られたら厄介だ。
「ユニエ、終わったよ。」
リーシャが呼んでいる。
近づいて行くと、リーシャの装いは少し変わっていた。左目に黒い眼帯をし、髪を紐で縛り右側に垂らしている。
「眼帯はわかるが、その髪型はどうしたんだ?」
「右耳を隠さないと、エルフだって理由で襲われるかもしれないから。ガザスタン連邦は奴隷を禁止してるはずだったけど、こんな事があったから一応ね。本当は帽子とかがあればよかったんだけど、見つからないから、髪で隠す事にしたんだ。ちゃんと隠れてる?」
「うまい具合に隠れてるな。ただ眼帯はすごい目立っているぞ。」
「それは仕方がないよ。ああ、他の収穫は矢の補充とナイフを新調出来たことと。路銀が増えた事かな。」
あれ?もしも帝国のように他種族が迫害されているなら、精霊はどうなんだ?
「エルフである事が危険なら、私はどうすればいい。精霊が大丈夫だと言う確信は無いのだろう?」
「精霊は大丈夫だと思うけど。帝国にも精霊は居るらしいから、仮に連邦が帝国に占領されていたとしても、問題はないはずだよ。」
「まあ、ついてみないとわからないか。生存者がいれば、話が聞けたかも知れなかったんだが。」
「無い物ねだりをしても、しょうがないでしょ。」
確かに。
そんなこんなで、太陽を頼りに、北東をに続く道を歩いて行った。道があるのだから、この先には街があるのだろう。いつ着くのかは分からんが。
しばらく今後の事や世間話なんかをしながら歩いていたが、その様子から察するに、リーシャは今回の事を乗り越えたようにみえる。しかし本当にそうなのだろうか。エルフの文化は知らないが、二十歳までは普通に成長すると言っていたのだから、人間とそう変わらないはずだ。だったら、この年頃の子はもっとわがままで、手にかかるものだと思う。
確かリーシャは十歳だと言っていた。忌子という言葉にどれ程の重みがあるのか見当もつかないが、親の庇護をこの若さ、否、幼さで得られないのは、良いことでは無い。
私はリーシャの姉として、ある時は友として、そして何より親になるべきなのだろうか。
だがリーシャは十歳にして、しっかりと自我を持っている、気がする。少なくとも頭ごなしに命じるのではなく、又はただ単に守るべきものとして甘やかすのでも無い。対等に、しかし私がある程度の責任を負う関係。
しかしそれは、とても難しい間柄だ。偉ぶるでも無く、かつただ対等であるだけでも無い。渇くと他の事が気にかからなくなる今の私では、維持する事が出来ないだろう。
いつか渇きが完全に満たされた時に、答えは見つかるのか。そんな日が来るのかは分からない。
「ユニエ、夕日が綺麗だね。」
考え込んでいる内に、もう今日の終わりが近づいていた。
普段だったら忌々しく思うだろう、雲ひとつ無く、しばらくは雨を降らせ無いだろう空に、この時ばかりは感謝した。
「ああ、今日もまた、美しいな。」
晴れ渡った空を茜に満たす夕日は、かつて森にあった崖で見たそれと同じ光だった。おかげであの時の想いを思い出せた。
「リーシャ、私が一緒に生きてやる。辛いことも悲しいことも、左側の障害も、私が満たす。」
前を、夕日を見つめながら。かつての決意の言葉に似せて、もう一度自分に言い聞かせるように。
「ありがとう。ユニエは、私にはもったいないぐらいの、、、精霊さんだね。」
自分を卑下するかのような発言が気に掛かって、リーシャを見る。しかしそこには、心の底から嬉しそうにしている、華やぐ笑みを浮かべた姿があった。
急に照れ臭くなって、
「あくまでも水の次に、だ!」
プイと顔を背けて、ツンとした感じで言ってしまった。
「照れてるのー?赤くなってるよー?」
クスクスと笑いながら、顔を覗き込まれた。
「夕日の所為だ!」
バレバレかもしれないが、意地を張って見せなければ、年上としての威厳が、、、
「はいはい、わかってるよ。」
明らかにわかっていない含み笑いをするリーシャを見て、少し安心した。さっきの素晴らしい明るい笑みも、今の微笑みも。これだけの笑顔があるんだから、きっと大丈夫。
リーシャが元気になったと確信出来たのは良いことだが、ただひとつ問題があるとすれば、夜に就寝するまでずっとニヤニヤと見つめられた事だろうか。




