嗚呼、水を下さい
「後の一人は居場所がわからないんだよね。」
「ああ、そうだ。」
仲間がやられたのを気付いてないのか、それとも既に逃げ出したのか、声も聞こえずなんの反応も無い。
「じゃあ、霧を一気に吹き飛ばして。そしたら一緒に走り出して、私は右側を警戒するから、ユニエは左を。その後は霧が晴れて敵が目視できたら、応戦しよう。敵が進行方向にいたら、水を思いっきりぶつけて。多分相手は魔導器で水を切ると思うから、そこを私が火魔法を使ってトドメを刺すね。反対側に居たら、そのまま距離を取って、逃げ切れそうだったらそのまま逃げちゃおう。」
「分かった。ではいくぞ?3,2,1.0!」
霧を全方向に散らすと同時に、走り出す。そして敵は、よりによって目の前にいた。
「んを!?」
予定通り水を放つが、なんと男は巨石を放ってきた。森の象と同じような物がである。魔力で相殺され石は消えたが、水もただの水になってしまった。
「魔法が使えない筈では無かったのか!?」
驚愕して思わず叫ぶ。
「もう退けないよ!やるよ!」
リーシャは県政のために炎を放つ。しかし男は剣で火の玉を両断した。
奇襲が効かなかったので、立ち止まり相手の出方を伺う。
「よくも仲間をやっ、、、おおん!?そっちの赤毛のガキはエルフじゃねえか!ぐへへ、エルフのガキなら奴隷にしたいって輩が山ほど居る!これで俺っちも大金持ち!ぜってぇに捕まえてやらぁ。」
男は敵意を剥き出しにしていたが、リーシャがエルフだと分かると、一転してニタニタ笑いながらこちらを見ている。奴隷、か。
「連邦だったら、厄介な事にはならないんじゃ無かったのか?」
リーシャを奴隷にすると言っているが。
「わからないけど、何か政変が起きたのかな?」
「オラァ!」
「うわ!」
男が突っ込んできた。なんとか避けたが、あまりにも早い。森の怪物には劣るが、ただの人にしては異常な身体能力。
「リーシャ、人間はみんなこんな感じなのか?」
特徴が無いのが特徴と聞いていたんだが。
「ありえない、、、身体能力ならエルフとあまり変わらないのが普通だし、目とか耳はエルフに劣るのが普通だもん。」
「本に書いてあったのか?」
「それもだけど、大人がそう話していたの。だから間違ってる事は無い筈だし。」
しかし現にこうして、文字通り人間離れしたのがいる。
「戦闘中におしゃべりたぁ、余裕だなっと!」
もう一度接近された。咄嗟に霧を放ち、煙幕をはる。
「ああん!?どこに行きやがった!」
それにしても素早い。何とか間に合ったが、もしもこんなのが複数いたら手に負えないぞ。奇襲が功を制したからいいものの、倒し切れていなかったらと思うとぞっとする。
しかし今の状況なら問題なさそうだな。
「どうする?霧を撒いたらこっちを見失ったようだが。」
「でもさっきは霧の中で人が倒れたんだよね。やっぱり何らかの手段で勘づかれるんじゃない?逃げるにしても、あの速さだと振り切れなさそうだし。」
やはり戦うしか無いか。
「では、霧で敵の視覚を奪い、そこに魔法なり矢なりを撃つ、でいいか?」
「そうだね。矢の残りが心許ないし、魔法を使うよ。霧はどうするの?」
「確実に当てるなら、あいつの頭の周りだけにまとわりつかせるが。」
そう告げると、リーシャは考え込んでしまった。そして何度かうなずいた後、頬を自分の手で勢いよく叩いた。
「良し。ユニエ、やって!」
その声は威勢がいいにもかかわらず、どこか震えていた。緊張しているのか?何を?
だがやれと言われた以上、やらないわけにもいかない。リーシャが魔法の準備を終えるのを待ち、霧を晴らして賊の頭部だけに霧を纏わせる。
しかし
「そこだあ!!」
霧で目隠ししているのにも関わらず、叫びと共に突進してきた。想定外だ。リーシャを庇おうと水で壁を作ろうとしたが、それよりも早くリーシャの炎が盗賊を襲った。
「ギャアアアー!!」
男の上半身は火炎に包まれて、暴れ狂った。リーシャはさらに炎弾を放ち、全身が火に包まれた。
服の繊維が焼ける焦げ臭さが最初にあり、そのあと人の肉が焼ける特有の生臭い煙が立ち上った。
「ガァァァー!!」
楽には死ねず、もがき苦しむその姿は、子供がみるにはあまりにも惨く思えた。ただ人が焼けているだけだで、私には何も感情の起伏を覚えないその光景はしかし、前世で男だったころの記憶によって凄惨な、これは凄惨な子供に見せるべきものではないと教えてくる。
見るに見かねて、水の壁を作ってリーシャからその姿を隠そうとした。
だが
「やめて。」
リーシャは鋭く一言、そう口にした。
「しかし、これは。」
振り向くと、リーシャは唇を強く噛み締め、じっと前を見つめていた。子供らしからぬ覚悟が、その瞳には見られた。
「私がやった事だもの。しっかり、最後まで見届けなきゃ、、、」
水を退けた。リーシャの姿に気迫を見た。
男の断末魔が徐々に弱まっていくのを、火を消そうと地面を転がる無駄な努力を、お互いずっと押し黙ったままじっと見ていた。何が焼けているのか、否応なく理解させる臭いを含んだ黒煙に包まれても、ひたすらじっと。
煙を浴びたとき、リーシャが一度だけ目をこすったのが見えた。煙が目に染みたのか、それとも。私はいつも通り左側にいたから、煙が晴れた時、この子の右目が果たして潤んでいたのかは判断つかない。
やがて叫びも呻きも止んで、何も動かなくなったそれを見て、リーシャが一言。
「終わったね。」
蚊の鳴くような声で囁きには、何が籠っていたのだろうか。
私にはわからない。前世での倫理観は、渇水の前では余りにも脆いものであり、今や生き血を吸うことに何も感慨が無い。自分が変わった事は気に掛からなかった。忘れていた。
「終わったな。」
自分の渇いた声を聞きながら、ただ喉が渇いてきたのを感じた。
描写のために、動画を見たり髪の毛や爪を色々やってたら、気分が悪くなりました




