初めてを捧ぐ
森を出てから数日、北東に進んでいくと轍の跡が残る道を見つけたので、それに沿って歩いていくことにした。
「はあ、雨が降らんなあ。」
「一昨日降ったばかりじゃない。」
「あー、二日も水を飲んでいないのか、、、」
血のクセというか独特の味わいは、水の純粋な清涼感には遠く及ばない。早くさっぱりしたいものだ。
私が愚痴をグダグタと言い、それをリーシャ受け流すと言うのが最近の会話である。
偶にリーシャから情報のレクチャーを受け、魔法の事やこの世界についての色々な事を聞いたが、リーシャはエルフと人間以外の種族を知らないらしい。居るには居るらしいが、本にはそれしか載って無かったとの事だ。
私はこの世界では世間知らずという事になるが、頼みの綱であるリーシャも、似たようなものだ。街に着けるかどうかもだが、仮に辿り着けてもそれからも大変だな。
私は水さえあればそれでいいが、リーシャはそうもいかない。
「いい加減、諦めなよ。天気を操れるようになるんでしょ?それまでの辛抱じゃない。」
「そうなんだがな、それでもなあ。」
はあ、水が飲みたい。
そうこうして居ると、リーシャが
「ねえ、ユニエ。あれ、なんだと思う?」
目を凝らすと、前方に薄っすら人影が見えた。
平原なので、霧を撒かなくても見通しが十分いいからと、左右側面と後方に少し霧を置いて居るだけだ。 今まで偵察は霧に頼りっきりだったので、遠くに気を配る事を怠りがちになってしまったな。気を引き締めねば。
「ここからだと何もわからん。連邦の治安はどうなのだ?野盗やら盗賊やら、居るのか?」
「詳しく知ってる訳じゃないから、何とも言えないね。でも、こんなに見晴らしのいい場所で、そんなのが出るとは考えにくいかな。普通だったらそれこそ森とかに潜んで、近くを通りがかった人を襲うんじゃない?」
「ふむ、ならば警戒は必要だが、そんなに身構えなくてもいいか。」
そういうわけで、ゆっくり歩きながら近づいていく。向こうはどうやら止まって居るらしい。徐々に輪郭がくっきり見えてくる。馬車らしき大きな物体がまず目につき、それから人影がはっきりわかってきた。そして
「あれは、、、盗賊だよ!馬車が襲われてる!」
「何!?」
リーシャの方が私より目がいいのか、先に気付いたようだ。私には人影が見えるだけで、まだ何もわからない。
「見えるのか?」
「エルフは森の狩人だから、そこらの種族よりもずっと目がいいんだよ。多分向こうには気付かれてないんじゃないかな。」
なるほど。
とりあえず立ち止まり、話し合う。
「で、どうする?助けるのか?」
正直気が進まない。敵の技量も分からない上に、こちらからも向こう側からも丸見えだから奇襲も出来ない。森の中ではいつも行き当たりバッタリで戦ってきたが、それでも作戦を立てたから魔獣にも勝てた。しかしそれが出来なかった怪物には危うく殺されかけた。
とにかく不確定要素が多い時は、戦うべきでは無い。
「今の所、私達は世間知らずの田舎者な上に、無一文じゃない?だから助けたら謝礼とか色々な情報とか貰えそうだと思うんだけど。それに馬車だったら、歩くよりも早いし。」
利益だけ見ると確かにそうだが。
「危なくないか?もっと色々決めてからじゃないと、、、」
「悩んでいても仕方がないよ。戦うとしたら早くしないと、野盗が勝っちゃったら次は私達かもしれないし、馬車の方が勝ってその後にノコノコ来たら、様子見しようとしてたみたいで感じ悪いし。逃げるなら逃げるで発見される前に逃げないと。」
「そうだな。じゃあーーー」
逃げよう、命あっての物種だ。と、言おうとした時、矢が飛んで来た。
「勘付かれてないはずじゃないのか?」
そう問うと、リーシャはこちらをジトッとした目で
「ユニエは浮かんでるよね。」
と言われた。確かに2mぐらいの高さで浮かんでいる。
「そんな目立つように浮かんでる怪しい物体があったら、目の良い弓使いだったらバレちゃうよ。」
私の所為だったらしい。逃げよう、その言葉を飲み込んで、
「好都合ではないか。いざ闘争へ!」
元気よく雄叫び、馬車へ向かって飛んでいく。
後ろから走る足音と共に、ため息が聞こえた気がした。
あっ、作戦とか何も決めてなかった。急停止。
「どうしたの?」
「作戦を何も決めてなかった。」
大きなため息をされた。リーシャのジト目が酷くなる一方である。
「魔法使いが野盗になる事はまず無いから、そうだね、ユニエが霧を撒き散らして適当に喉潰しすれば?逃げて来たのがいたら、私が魔法か弓矢でやるし。」
何だが扱いが雑な気がする。
「では、そうしよう。はい。」
近づいていくと、確かに野盗だった。小汚い格好にぼうぼうに伸びた無精髭、ギラついた眼光。まさしくイメージ通りだな。数人の男達が応戦しているが、傭兵なのか、盗賊よりは綺麗だがこちらもなかなか小汚いな。
賊は6人いるが、傭兵の方は3人しかいない。よく見ると地面には何人か倒れている。ここからだと生きてるのか死んでいるのかわからんな。
「おい!ジミー!!あの空飛ぶ可愛い子ちゃんは何だぁ!?」
「知るか!だが随分と上玉だなぁ、取っ捕まえて売り飛ばしちまえば、金になるぜぇ!今回の損失を埋めても十分以上のなぁ!!」
盗賊らしい言動だな。感動すら覚える。
だがここで捕まる訳にはいかん。
作戦通り霧を散布する。ここまで大量の霧を出すのは初めてだな。1m先もなにもわからない。
リーシャの方には霧が飛んでいかないように操りつつ、野盗も傭兵も包み込む。お互いが相手の仕業かと警戒しあい、距離を取り合っている。
「何だ!?」「何が起きた!?」
あっ、盗賊の奴らだけ、顔の周りに霧をまとわせればよかったのか?しかし時すでに遅し、もう霧に包んでしまったから、どこにいるかは感知できても、どちらが盗賊でどちらが傭兵かはわからない。
とりあえず、全員の喉に水を詰めて、それから霧を晴らして傭兵の方は水を取り除けば良いか。
水球を人数分作り、人がいる場所に移動させ、顔に叩きつけるようにして口に水を侵入させる。
3人目、終わり。後はーーー
「グハァ」「んな!?グァー!」
ん?喉詰めをした訳でも無いのに、2人倒れ込んだ?もしかして霧の中でも居場所が分かる奴が居るのか?其奴が傭兵なのか盗賊かはわからないが、もしかして腕が立つ奴が居るのかもしれんな。だとしたらこちらの居場所もわかるかもしれ、危険だな。とりあえず上で待機するか。
霧を突き抜け、10mぐらいの高さまで上がるが、それ以上は登れなくなった。下を見ると、霧から離れた場所にリーシャが居た。ああ、直線距離で25mの位置なのか。
リーシャに報告するか。霧の中では更に1人が倒れたようだ。リーシャに近づいていくと、霧の中から残りの3人が飛び出した。
「リーシャ、なんか手練れがいるみたいだぞ。霧の中で何人か倒された。」
「本当?あんなに視界が悪くても戦えるなんて、かなりの腕前だよ。傭兵がやったのかな。」
「生き残ってるのは3人だ。霧の外に出られたから、どこにいるかはわからんな。」
その時、側面から何かが来た。
「くっ!ユニエ、来て!」
リーシャは直ぐにそれに気付いたのか、霧の中に飛び込んだ。私も慌ててそれについていく。
霧の中に入ったら、下卑た声が聞こえて来た。
「お嬢ちゃーん。殺しはしないから、出ておいで〜。」
「それ以外は保証せんけどなぁー。」
「ギャハハハハ。」
どうやら盗賊の方が手練れだったらしい。
「ユニエ、盗賊がどこにいるか分かる?」
「分からん。霧を警戒してか、近づいてこんな。霧の半径は15mぐらいだから、、まだ射程には余裕があるが。薄っすら霧を飛ばして確認するか?」
「お願い。」
なるべく外から見てバレないように、霧を頂点から切り離し、薄く広げる。そして
「10時の方向と2時の方向だな。後の一人はいるはずだが、其奴は見つからん。」
「距離は?」
「10時のは20mぐらいか?2時の方は射程ギリギリにいるから、25mより近いぐらいだな。」
するとリーシャは、弓に矢をつがえ、報告した方向を向いて弦を引きしぼり出した。
「お、おい。弓で当たるのか?魔法の方が弾が大きいし、当てやすいんじゃ無いか?」
「魔法は弾速が矢よりも遅いし、魔導器で相殺されちゃうから、弓の方が確実なの。霧の中から突然矢が飛んでくれば、流石に避けられないだろうしね。当たったかどうか、どっちに逸れたかの確認お願いね。」
私が観測者をやる訳か。しかし、見えない的を射抜くなんて、出来るのか?
いや、やるかやられるか、だったか。ハイテンションになった時にノリで言った言葉だったが、以外といい言葉だな。自分で作ったフレーズでは無いが。
「ユニエ、もう一度方向と距離をお願い。もっと正確なのを。」
「了解した。方向はーーー」
情報を伝える。そして
「ふっ!!」
矢は吸い込まれるように飛んで行き、
「凄いな。頭に当たったぞ。」
まさか一発でヘッドショットをするとは。
「ふう。次、行こう。」
「良し。次の奴はーーー」
さっきと同じようにして、矢が放たれる。
「惜しいな。右下過ぎた。しかし足に当たったようだぞ、膝をついている。」
「分かった。もう一発、、、」
「これは、、、胴体に当たったようだな。倒れ込んで呻いている。」
リーシャはホッとしたように息を大きく吐いて、背中に弓をしまった。
世界一の殺し屋ばりの腕前だったな。
「リーシャ、お前は一流の殺し屋になれるぞ。」
褒めたつもりだったが、眉を顰めて嫌な顔をされてしまった。
「私は狩人であって、殺し屋じゃ無いよ。人を殺すのが好きな訳じゃ無いし、見えてないからまだ実感してないだけで。これが初めてだったんだよ?」
軽率な言葉だった。殺し屋になれるといわれても嬉しいわけないか。そもそもリーシャはまだ子供だった。普段10歳にしては落ち着いているから忘れてしまうが、森で怪物と闘った時はないてしまっしな。本人が言う通り、まだ実感しないだけなのだろう。
「すまなかった。不謹慎だったな。」
「その話は後にしよう。まだ一人残ってるんでしょう?」
後でしっかり謝らないとな。
精霊になってから、うしても人間だったころの感覚とずれてしまう。今後はこうならないように、しっかりしないとな。私は大人で、リーシャの姉貴分なんだからな。




