熊鍋
どうしたら、どうすれば。熊の鳴き声をだれか教えて下してください
もうどれくらい経った?いい加減喉がかわいてきた。早くこの熊を殺して、血を吸いたい。いや、殺してはダメか、瀕死にしなくては。つらつらと考えていたら、合図が来た。
あしらう為に使っていた水を全て呼び戻し、体内に収める。突然の事に熊は警戒して、動きを止めた。リーシャにはまだ気がついていない。前にいる私は注意しても、上には無警戒だ。そして
「ガウアァァァ、、、」
音もなく青白い閃光が熊の頭を包む。熊の叫び声だけが響き渡るなか、その叫びが弱まっていくのと同じく、光も収まっていく。後に残されたのは、頭部だけが原型も残さぬ程に燃やされた熊がいた。
口がどうこうじゃ無い。頭の形状が残っていない。これは死んだか?
しかし、胴体の植物が蠢き、頭を覆い出した。まずい、
「ボム!」
水を大量に出す。ボムで閉じかけていた隙間を僅かにこじ開け、水を侵入させる。完全に覆われきった後、しばらくしてまた草木が動き、覆いが取れた。そこには
「グルルゥゥ。」
完全に頭が再生されていた。木の魔力に触れてほとんどただの水になってしまったが、ある程度は動かせる状態で装甲の内側にある。集めて口の中に入れて喉を水で塞ぐ。どうだ?
結果は芳しく無いな。熊は少し息苦しそうだが、あまり応えた様子は無い。もしかして、木の部分でも呼吸しているのか?植物も酸素を取り込んでいるから、それで活動している?なんにせよおそらく計画は失敗だ。また相談しないといけないな。取り敢えず霧で周囲を満たす。そして上にいるリーシャの元へ向かう。
「リーシャ、熊に喉潰しをしても窒息しない。おそらく植物が代わりに呼吸していると思うぞ。」
「だったら、あいつごと水で覆うのは?」
「木に触れたら直ぐにただの水に戻るんだぞ。いくらあっても足りない。」
「そうね、、、だったら、私がもう一度上級魔法を使うよ。頭とかじゃなくて、なるべくたくさん燃えるように当てる。それでも無理だったら、逃げればいいよね。」
「そうだな、それで行こう。だいぶ喉が渇いてきたから、早めに頼むぞ。」
戦うも逃げるもさっさと決着を決めたい。
そしてもう一度熊との鬼ごっこが始まる。相変わらずリーシャに気付いた様子は無い。よっぽど頭に血が上っているのかもしれん。好都合だな。
「渇いた、、、」
渇きにイライラしながら突進を避ける。
熊は私に攻撃を当てる事が出来ず、私は攻撃しても熊にはほとんど効かない。お互いに有効手段が無い膠着状態が続く。そして合図が再びくる。
「グガアアァァ、、、」
今度は全身を青い炎が熊を嘗め尽くす。眩ゆい光に埋め尽くされ、熊がどうなったのか判断つかない。暫くして光が収まった時、上半身が丸ごと炭化した、見るも無残な熊の姿があった。
「嘘だろ、、、」
それだけの傷を負っても、下半身の植物が蠢き始めた。その速さは、前回とは比べ物にならない程ゆっくりとしたものだが、確実に再生に向かっていた。
「リーシャ、まだいけるか?」
熊を監視しながら大声で問いかける。しかし返事が無い。
「リーシャ?リーシャ!」
振り返りリーシャがいる方を向くと、リーシャが苦しそうに胸を押さえていた。元々浮かんでいただけだったが、今ではそれすらできずに溺れそうになっていた。
「おい、大丈夫か!?」
「はあはあ、大丈夫、、、魔力を、使いすぎた、だけだから、、、」
明らかに大丈夫そうではない。
「それよりも、今は、あれを、、、」
そう言って力尽きてしまった。慌ててリーシャを引き上げる。浮力があるのでなんとか水面に顔を出させられた。水を地面の近くまで下ろし、吸収する。リーシャは取り敢えず脱いである服の上に寝かせる。全裸だが地面に直に置くよりはマシだろう。
そうこうして、また熊と向き合う。木は既に上半身の半分程を覆っている。
「吸収するか。」
炭化した部分をカッターで削り、生の部分を露わにしてそこから血を吸収すれば、さすがに殺せると思う。問題は、これが瀕死なのかだが、たぶん意識不明の重体だろう。頭が丸ごとないし、抵抗力もそれほど強くないはずだ。
計画を実行する。砂利を混ぜたウォーターカッターを使って炭を取り除く。ポロポロと崩れ落ちる炭。そして生身の部分が顔を出した。傷口に手を突っ込み、吸収を開始する。枝が暴れ狂い体を打ち据えるが、痛みも苦痛も忘れて血を吸い取る。渇きが癒やされる感覚に恍惚とする。
しかしそれも長くは続かなかった。気づいてしまったのだ。
「マッズ!!」
思わず叫ぶ。ある程度血を吸収して、余裕が出てくるとわかった。わかってしまった。
「マッズゥゥゥゥー!!」
本当に不味い、不味すぎる。なんで!?
吸収をやめたいが、まだ木が痙攣したようにビクンビクンうねっているのを見るに、まだ死んではいないらしい。あまりの不味さに驚愕しながら、いやいや吸収を続ける。3分ぐらいして、ようやく木が枯れた。 葉が茶色になり、枝は萎れ幹はボロボロと崩れ落ちる。熊は完全に沈黙した。もう大丈夫だろう。さて
「リーシャ?」
まだ寝ている。あまり寒く無いとはいえ、裸じゃ体が冷えてしまう。しょうがない、服を着せてやるか。 まずは
「パ、パンツだな。」
かつて殺したエルフからはぎ取った服は、子供のリーシャには大きすぎたので、あちこち縛ったり詰めたりして着ている。しかし下着はそうにはいかないので、元々リーシャが着ていた服を使ったままだ。服を洗う時に何度か見たが、手に持ってまじまじと見た事はなかった。
まだ人肌の暖かさを感じる。脱いでから時間が経ったのだから、そんなはずはないが。
匂いはどうなんだろう。そこまで考えて、ふと我に帰る。いやいやダメだダメだ。リーシャは、そう、妹みたいなものだ。性欲の対象にしてはまずい。しかし私の中の悪魔が「別に問題なくね?本当の姉妹でもないし、そもそも'私'は男だろ。」と訴えかける。反論すべき天使はどこにもいない。悪魔の独壇場と化した心中で、一つの閃きが走った。口直しに水を飲みたい。そうだ、水が飲みたいんだ。こうしてはいられん。早くリーシャに服を着せて、起こして水を探しにいかなければ。よし、服を着せよう。心の中の悪魔を無理やり追い出し、パンツから目を離しリーシャを見る。
さっきまで閉じていたはずの紅い目が、興味深そうにこちらを見ている。初めて目があった日を思い出させる、無邪気な瞳だった。
『むらむらしたのー?』
「ンギヤー!!」
何もかも吹っ飛んだ。
次回、リーシャ視点。閑話というには頻度が多いので、サブタイトルを変えるかもしれません。




