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神に選ばれた娘  作者: 雲乃琳雨


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12、お告げの成就 最終回

 小蓮は、相変わらず屋敷の離れを使わせてもらっている。もう呪いの手当も必要なくなったので、二人が一緒にいることもなくなった。藍英も、呪いの件の後処理と軍の編成に忙しかった。


「もう驚きました! 玥は狙われたわけではなく、元々向こうから差し向けられていたなんて!」


 香呂は驚きと憤慨が入り混じっていた。

 犯人達は軒下に入るのと、疑われにくく扱いやすいので、協力者に子供を募集していたのだ。玥は実入りのいい仕事なので応募し、内容を知った以上承諾するしかなかった。両方からお金が入ったが、結局は始末される予定になっていた。


「やったことは、死罪でもおかしくないのに。ご主人様は、処分が甘いです! 他の使用人もみんな動揺しましたよ」


 藍英は、玥が若いので軽い刑にしたのだった。結果的に、玥が原因で未遂に終わり、犯人も見つかったということもある。

 香呂の様子に小蓮は、苦笑していた。みんなで協力し、やり終えたのだ。使用人が減っていたのも、犯人を油断させるための休暇扱いだった。

 藍英のあざもなくなって、全ては元通りだ。


 小蓮はもう、心に決めていた。


(これ以上引き延ばすのはよくないだろう)


 小蓮は藍英あての手紙を、侍従長の(はん)さんに渡した。


「これを将軍に渡してください」

「かしこまりました」


 内容は、


『いつものようにお待ちしています』


(これで分かるだろう。たぶん)


 小蓮は顔が赤くなった。



 夜遅くにトントンと戸を叩く音がして、藍英が部屋を訪ねてきた。小蓮は戸を開ける。食事を一緒に取る時間もなく、会うのは久しぶりだ。


「手紙をもらうのも悪くないな」


 藍英は上機嫌で、寝台に座る。忙しくて疲れた様子だったが、呪いに悩まされることもなくなったので、状態はとても良かった。小蓮は藍英の目の前に立った。胸の前で両手を重ねて、軽く頭を下げて礼をした。

 藍英は、小蓮のかしこまった様子に少し驚く。小蓮は、礼をしたまま告げた。


「私は、戴 藍英あなたを私の伴侶に選びます」

「!」


 藍英は突然の告白に驚いた。頬が赤くなる。


「良いのか?」

「はい」


 小蓮は手を下ろす。恥ずかしいので目を合わさなかった。


「私は、そなたが伝承の娘でなくても、そなたを選ぶ」


 小蓮は、藍英を見た。小蓮の目は、うれしくて潤んでいた。


「その言葉を、信じます」


 小蓮は下を向いて笑う。藍英もそれを見て笑った。

 二人は、お互いを固く抱きしめた。



 朝になると、不思議なことに部屋の中に霧が立ち込めていた。二人は上を向いて、規則正しく並んで寝ていた。小蓮は目が覚める。起き上がり、部屋の中の異様さに驚く。目をしっかり開けて見る。


「霧?」


 藍英も目を覚ました。


「どうした?」

「屋敷の様子がおかしいです。日が昇っているようですが、静かで物音もしません」


 突然、光の玉と、きらびやかな畳まれた服と、その上に浅い帽子が乗ったおそろいの物が二組現れた。周りが光って浮いている。


『お告げが成されました。これに着替えなさい』


 二人は驚いて、顔を見合わせた。それから光の玉に従って服を受け取り、身だしなみの準備をしてから、お互いに服を着せて整えた。


 今度は、横長の白い帳面が現れた。藍英が受け取ると、罪録帳と書いてある。最初の頁に皇帝とその名前と、圧制と書いてあった。次に宰相、大臣などの高位文官、武官と続き、罪状は横領、賄賂、殺人など、様々に記されている。その後は、高官の家族から庶民まで載っていた。役職か住所が書いてあり、誰か分かるようになっている。帳面は外から見ると厚みはないが、中の頁は多かった。最後の貢に租師念と書かれていた。


「先生の名前がある」


 罪状は、誘拐である。



 街の中も同じように、空を覆う霧が立ち込めていた。活動を始めていた者達は、お互いに不思議そうに顔を見合わせていた。突然、隣の者が服だけを残して消えた。


「うあ!」


 辺りで人が消え始めた。家の中でも、洗い物をしていた家族が一人消え、驚いているとその家族も消えた。


 皇宮の会議の間では、玉座に皇帝の服と帽子が落ちていた。その周りには、大臣と文官達の同じ服だけが残っている。人は誰も残っていなかった。


 流刑地の畑でも霧が立ち込めた。監視人が服だけを残して消えた。それを見た囚人達が喜んで、(くわ)を捨てて逃げだした。その瞬間、同じように消えた。それを見た他の囚人達は、深く考えずに元の作業に戻った。美紅も同じように作業に戻った。


 田舎の村では霧が立ち込めたが、他の変化が見られないので、玥たち家族はいつも通り過ごしていた。懲役中や、罰を受けている者が消えることはなかった。



 藍英の屋敷では、光の玉が部屋の扉へと消えた。藍英は罪録帳を右手に持ち、左手を小蓮に差し出す。二人は手をつないで部屋を出た。

 部屋の外では、使用人達が朝の準備の途中で眠っていた。ところどころ、服だけが落ちている。


「服だけ?」

「どうやら、屋敷にもよくない者達が、働いていたようだな。ここに名前が書かれている者が消えているようだ。皇帝も、もういないだろう。私の罪は、これから償うことになるだろう」

「!」


 小蓮は驚く。お告げが成されたことで神の力が働いているか⁉

 二人は屋敷の外を出て、霧が漂う街中を歩いていく。街の中も服だけが落ちて、静かだった。


 二人が通った後、残った者達が戸から外を見ていた。家から出て、二人に付いて行った。それを見て、他の者もそろそろと続いた。



 二人は、皇居まで歩いていく。衛兵もいない。ここも静かだ。

 広い謁見の間に着くと、玉座が二つ用意されていた。罪録帳を玉座の横の台の上に置くと、二人は玉座に座った。


 下っ端らしき文官が外の扉から、中をひょいとのぞいていた。二人の様子を見て新しい皇帝だと気が付いて部屋の中に入り、膝をついてひれ伏した。皇宮で生き残った者達が次々と中に入る。後を付いて来た町人達も同じようにした。建物の外まで、人々の平伏が続いた。


 神の導きで、新しい皇帝が立ったことを民衆は喜んだ。



 師念は、森の中にひっそりと建つ小屋に潜伏していた。小屋の中にも霧が入り込んでいた。


「これはいったいどうしたことか?」


 窓から外を見て、深い霧をいぶかしんでいると──、床から無数のやせ細って変色した手が出てきて、師念にしがみついた。


「まさか⁉ 伝承が成就したのか! うおおぉ、」


 師念を地下へと引きずり込んだ。師念も、跡形もなく消えた。


 ◇


 以後、藍英と小蓮は二人で仲睦まじく暮らし、帝国を統治した。悪意あるものが帝国に足を踏み入れると、忽然と消えたので、争いは無くなった。

 二人の統治は500年続き、平和の礎を築いたのちに、手を携えて共に天へと昇って行った。


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