10、占い師の女
街の路地裏にある、占いの店。侍女の美紅が、占い師の花緒に報告をしにきた。花緒は椅子に座って、爪紅をしていた。
美紅は20代の、目の細い冷たい感じのする娘。花緒は、胸の谷間が見える華美な着物に、濃い化粧をしている。40代だが若く見える華やかな女だ。
「戴将軍が死にました」
「思ったより早かったな! 戴将軍は美しい男だったが残念だ。私に助けを求めたら、助けてやらないこともなかったが、運がなかったな。ククク」
手の甲を口元に寄せて笑う。
呪いは遅くとも3か月で成就する。花緒は満足そうに、美しく塗った爪をかざして眺める。
「後は、呪具の回収だ」
「はい」
藍英の屋敷では葬式が行われていた。王先生が仮死状態にした死体役が、棺桶に入れられている。その後、折を見て無事に出された。
葬儀も過ぎ、主を失った屋敷は喪に服し、ひっそりとしている。後処理を行って人手が減っていった。
数日後の深夜、下女の玥が母屋の外に現れた。辺りを警戒し、藍英の寝室の軒下に入る。持ってきた木のヘラで土を掘りはじめた。しばらくして、小箱を持って出てきた。
戻る途中で衛兵に出くわした。驚いて、声も出なかった。後ろを向くとそこにも衛兵がいた。前の衛兵が箱を取り上げた。藍英だった。藍英は鼻から下を布で覆って、目だけを出している。玥は震えた。
「私は、家族に危害を加えると脅されていました。どうかお許しください」
玥は両手を握りしめて、目をつむって声を絞り出した。
箱には紙で封印がしてある。小蓮が言うには、
『中の物で呪いの解除ができますが、そうすると犯人に呪いが返るので、呪いが失敗したことがバレてしまいます』
藍英は、一刻も早く呪いを解きたいのはやまやまだが、箱を侍女に返す。
「お前を殺しはしない。その代わり、犯人に言われた通りこの箱を持っていけ。余計なことは言うな」
玥は驚いたが、すぐにうなずいた。
翌日玥は、路地裏の待ち合わせ場所で、外套をかぶった女に箱を渡した。二人は別れると、女は角で待機していた男に合図する。その男は玥の後を追った。
女は外套の頭巾を外す。美紅だ。美紅は占いの店に戻り、花緒は箱を受け取った。封印が破れてないか確認する。
「こうも上手くいくとはね!」
「これで、成功報酬を受け取れるわ」
花緒は喜んだ。前金と成功報酬で、この小さな店をたたみ、庭付きの一軒家を買う予定だ。
「あの男はまた依頼するだろうから、今後もたんまり稼げるはず。もしかしたら、皇后になれるかも。フフフ」
花緒は陶酔するが、すぐに真顔になる。
「いや、欲を出すと邪魔者は消される。これからも、有用な人間だと思われないと」
そう言うと、封印を破って箱を開けた。
中には呪いの内容を書いた紙と、白い粗末な布で作った呪いの人形、黒く干からびた生贄の鼠が入っていた。紙には、呪う相手、依頼人、術者の名前と個人が特定できる住所か役職、呪いの内容が書いてあった。これが花緒の受け継いだ方法だが、呪う側にとってかなりの負担だ。内容を見て、花緒はため息をつく。回収できて一安心でもある。
効果が弱いものは長期間置いてその後も放置されるので、家人に見つかることが多々あった。その情報が、本に書かれていたのだった。
呪いの人形には、左肩に大きな四角い釘が刺さっていた。釘は錆びと、鼠の血で汚れている。呪いに成功した道具は、強力な呪具になる。
「この釘はまた使わないとね」
釘を抜いた。
その途端、人形からシューと黒い煙が立ち上った。花緒の左肩に激痛が走る。
「まさか! どういうことだ⁉ 呪いは終わっていなかったのか⁉」
花緒の左肩は、見る間に変色していく。
「花緒様!! どうされました!」
美紅は声をかけるが、花緒の左肩に黒い靄がまとわりついているので、怖くて近寄れない。
突然、数人の足音がした。部屋の戸が開くと、兵が入ってきて、花緒と美紅を拘束した。一番先に入ってきた者が、机の上の呪具を見ると、呪いの紙を掴んで内容を確認した。布で顔を隠した藍英だった。そこにははっきりと、呪った者の名前が書かれていた。
「この者たちを連れていけ」
報告の兵が入ってくる。
「下女を狙った男を捕らえました。下女は無事です」
「よくやった。証人は全員生かしておく」
それを聞いて、花緒は崩れ落ちた。美紅は後をつけられていた。将軍は生きている!!
(やられた!)
花緒は自分で呪いを解いて、呪い返しにあってしまった。花緒の命は、もう永くはなかった。




