ムササビあるいはモモンガもしくはタコ
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そろそろ気絶させて案山子に仕立てた警備員もバレているに違いない。
このままここ30階から、再びエレベーターで降りていくのは無謀と言えるだろう。
先に離脱した舞華に倣い、僕達も目の前の無残に砕け散った窓からお邪魔するとしよう。
「おっ、丁度ヤタイヤタイヤが見えて来たぞ」
「どこどこ? わ、本当だ! お~い!!」
「流石にここからじゃ気が付かないだろ。 必死に警備から逃げてるところのようだし。 僕達の方から行くしかない」
「ここから? なにか考えがあるのコーちゃん?」
「まぁね、名付けてムササビの術。 いわゆるパラシュートさ」
「ムササビ……つまり凧だね!」
「まぁ、どっちでもいけど……真多子、僕の胸に手を回してくれ。 絶対に離すなよ」
「…………? う~ん、おっけ~」
いまいち要領を得ない真多子が、恐る恐ると両腕を絡めて来る。
僕の肩の下、丁度腋の辺りをぐるりと囲んで腕を組む。
これでずり落ちる心配は無いはずだ。
持ち上げられた猫のような不格好さだが、生粋の魔人類である彼女の方が力強いのだから身をゆだねるしかない。
僕の脳裏に立てた算段には、この一連の事件の始まりが浮かんでいた。
あの巾着を盗んだモモンガ娘のことだ。
彼女のように滑空すれば、誰も僕達に干渉することは出来なくなる。
安全かつ迅速に長距離を移動できるという、嘘のようだがこれこそ現状での最善策なのだ。
異世界にもまさにムササビスーツというものがあり、実際に滑空している知識を右眼から得ているから問題無いはず。
「あとは助走をつけて思い切りタコ腕を伸ばすんだ。 お前のタコ腕の間には膜があるだろ? それで風を受けるってことさ」
「なるほど~! よぉし、アタシに任せてよコーちゃん!!」
「頼んだぞ……一応言っておくけど、腕を広げる時に僕まで離すなよ?」
「あっ……もちろん!!」
「おい、今『あっ』って……」
「それじゃ行くよ~!!」
「本当に信じてるからな!?」
僕はさながら袋に詰められたカンガルーのように丸くなり、真多子が駆けるのを邪魔しないように耐え忍ぶ。
だんだんと近付く空の色。
振動で輪郭がまともに掴めないが、色だけなら辛うじて判断できる。
まもなく離陸開始だ。
とにかく酷い揺れだが、背中に当たる柔らかいエアバック二つが押えてくれているので、気は紛れるのが救いだろうか。
「とりゃぁぁ!! 軟体忍法・衣蛸の術!!」
窓枠を蹴って大空へと飛び立つ彼女は、まるで傘のように4本のタコ腕を四方へ伸ばす。
すると、それぞれの腕の間に張られた薄い膜がピンと弛みなく翼を作った。
(飛べ……飛べ……飛んでくれぇ……!!)
口では信じていると言ってはみたが、いざ飛び出すと怖くて目を瞑ってしまった。
地に脚付かない浮遊感、いやむしろ落下するような腰の引ける高所感が僕を急かす。
ぶらりと降ろした下半身が風を受け、もしかしたら既に落ち始めているのではないかと錯覚してしまう。
「見て! コーちゃん!! 本当に飛べたよ! あははは! いぇ~!!」
「ほ、本当か!?」
目に染みるような強い風が瞼をノックし、染みる眼に涙を溜めながらもなんとか開く。
すると、目に映ったのはどこまでも広がる夕暮れの朱色。
暮れていく太陽を追いかけるように、僕達はこの空とう海原を泳いでいた。
「すごい……すごく綺麗だな、真多子」
「うん! なんか一件落着って感じ!」
「そうだな、このまま家に帰って皆で飯でも食べたい気分だ」
最初は怖かったこの飛行する独特の浮遊感も、今となっては肩の荷が下りた開放感となって心地良い。
苦労を全て洗い流してくれるような、温かい夕陽の明かりが包み込んでくれるからだろうか。
『おぉ~い!! タコローじゃねぇか!!』
感慨に耽っていると足元から拡声器のような反響した声と、聞き覚えのある汽笛が鳴っていた。
「兄貴の声だ、もうこんなに近くまで飛んでたのか」
「真下にいるの? ならいち、にの、さん、で降りるね」
「まかせる」
「いち、にの、さん! とう!」
真多子が合図に合わせて腕を畳むと、僕達は今度こそ垂直に落下する。
そのままガツンと蒸気屋台の屋根を叩いて着地が成功。
無事にバクダン処理班とも合流することが出来た。
「兄貴、ただいま! こっちは全部終わったよ!」
『そうか! おっし、そんじゃズラかるぜ! しっかり掴まってな!!』
「コーちゃん、アタシは先に入ってるね~」
「え? ちょっと待っ……おわぁぁぁ!?」
僕は着地の衝撃で、まだ脚がビリビリと麻痺している。
それはもう正座を何時間もしたレベルでだ。
鍛えている真多子は平気そうに歩いているが、こっちはそうもいかないのだ。
そんなこともお構いなしに、兄貴は蒸気屋台の出力を上げて急加速をするものだから大変だ。
僕の両手に吸盤が無ければとっくに振り落とされていただろう。
「ひぃぃぃ、うぉぉぉ!?」
『なんだコタロー、スリルが足りねぇならもっと派手に行くぜぇ?』
「ち・が・う! 止・ま・っ・て!!」
しつこい警備の追ってを振り切ろうと、右に左に激しく揺れる。
僕の三半規管はもう限界だ。
舌を噛まないように喋るのだって一苦労もの。
いつしか気分が悪くなり、意識が戻ったのは空が暗くなっている頃であった。
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