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軟体魔忍マダコ  作者: ペプシンタロウ
第二章~中央事変~
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ムササビあるいはモモンガもしくはタコ

マダコちゃんのイメージ画像はこちら(外部サイト)

https://tw6.jp/gallery/?id=4955

 そろそろ気絶させて案山子(かかし)に仕立てた警備員もバレているに違いない。

 このままここ30階から、再びエレベーターで降りていくのは無謀と言えるだろう。


 先に離脱した舞華(マイカ)(なら)い、僕達も目の前の無残に砕け散った窓からお邪魔するとしよう。


「おっ、丁度ヤタイヤタイヤが見えて来たぞ」


「どこどこ? わ、本当だ! お~い!!」


「流石にここからじゃ気が付かないだろ。 必死に警備から逃げてるところのようだし。 僕達の方から行くしかない」


「ここから? なにか考えがあるのコーちゃん?」


「まぁね、名付けてムササビの術。 いわゆるパラシュートさ」


「ムササビ……つまり(たこ)だね!」


「まぁ、どっちでもいけど……真多子(マダコ)、僕の胸に手を回してくれ。 絶対に離すなよ」


「…………? う~ん、おっけ~」


 いまいち要領を得ない真多子が、恐る恐ると両腕を絡めて来る。

 僕の肩の下、丁度腋の辺りをぐるりと囲んで腕を組む。


 これでずり落ちる心配は無いはずだ。

 持ち上げられた猫のような不格好さだが、生粋の魔人類(キマイラ)である彼女の方が力強いのだから身をゆだねるしかない。


 僕の脳裏に立てた算段には、この一連の事件の始まりが浮かんでいた。

 あの巾着を盗んだモモンガ娘のことだ。


 彼女のように滑空すれば、誰も僕達に干渉することは出来なくなる。

 安全かつ迅速に長距離を移動できるという、嘘のようだがこれこそ現状での最善策なのだ。


 異世界にもまさにムササビスーツというものがあり、実際に滑空している知識を右眼から得ているから問題無いはず。


「あとは助走をつけて思い切りタコ腕を伸ばすんだ。 お前のタコ腕の間には膜があるだろ? それで風を受けるってことさ」


「なるほど~! よぉし、アタシに任せてよコーちゃん!!」


「頼んだぞ……一応言っておくけど、腕を広げる時に僕まで離すなよ?」


「あっ……もちろん!!」


「おい、今『あっ』って……」


「それじゃ行くよ~!!」


「本当に信じてるからな!?」


 僕はさながら袋に詰められたカンガルーのように丸くなり、真多子が駆けるのを邪魔しないように耐え忍ぶ。


 だんだんと近付く空の色。

 振動で輪郭がまともに掴めないが、色だけなら辛うじて判断できる。


 まもなく離陸開始だ。

 とにかく酷い揺れだが、背中に当たる柔らかいエアバック二つが押えてくれているので、気は紛れるのが救いだろうか。


「とりゃぁぁ!! 軟体忍法・衣蛸(ころもだこ)の術!!」


 窓枠を蹴って大空へと飛び立つ彼女は、まるで傘のように4本のタコ腕を四方へ伸ばす。

 すると、それぞれの腕の間に張られた薄い膜がピンと弛みなく翼を作った。


(飛べ……飛べ……飛んでくれぇ……!!)


 口では信じていると言ってはみたが、いざ飛び出すと怖くて目を瞑ってしまった。


 地に脚付かない浮遊感、いやむしろ落下するような腰の引ける高所感が僕を急かす。

 ぶらりと降ろした下半身が風を受け、もしかしたら既に落ち始めているのではないかと錯覚してしまう。


「見て! コーちゃん!! 本当に飛べたよ! あははは! いぇ~!!」


「ほ、本当か!?」


 目に染みるような強い風が(まぶた)をノックし、染みる眼に涙を溜めながらもなんとか開く。

 すると、目に映ったのはどこまでも広がる夕暮れの朱色。


 暮れていく太陽を追いかけるように、僕達はこの空とう海原を泳いでいた。


「すごい……すごく綺麗だな、真多子」


「うん! なんか一件落着って感じ!」


「そうだな、このまま家に帰って皆で飯でも食べたい気分だ」


 最初は怖かったこの飛行する独特の浮遊感も、今となっては肩の荷が下りた開放感となって心地良い。

 苦労を全て洗い流してくれるような、温かい夕陽の明かりが包み込んでくれるからだろうか。


『おぉ~い!! タコローじゃねぇか!!』


 感慨に耽っていると足元から拡声器のような反響した声と、聞き覚えのある汽笛が鳴っていた。


「兄貴の声だ、もうこんなに近くまで飛んでたのか」


「真下にいるの? ならいち、にの、さん、で降りるね」


「まかせる」


「いち、にの、さん! とう!」


 真多子が合図に合わせて腕を畳むと、僕達は今度こそ垂直に落下する。

 そのままガツンと蒸気屋台の屋根を叩いて着地が成功。


 無事にバクダン処理班とも合流することが出来た。


「兄貴、ただいま! こっちは全部終わったよ!」


『そうか! おっし、そんじゃズラかるぜ! しっかり掴まってな!!』


「コーちゃん、アタシは先に入ってるね~」


「え? ちょっと待っ……おわぁぁぁ!?」


 僕は着地の衝撃で、まだ脚がビリビリと麻痺している。

 それはもう正座を何時間もしたレベルでだ。


 鍛えている真多子は平気そうに歩いているが、こっちはそうもいかないのだ。


 そんなこともお構いなしに、兄貴は蒸気屋台の出力を上げて急加速をするものだから大変だ。

 僕の両手に吸盤が無ければとっくに振り落とされていただろう。


「ひぃぃぃ、うぉぉぉ!?」


『なんだコタロー、スリルが足りねぇならもっと派手に行くぜぇ?』


「ち・が・う! 止・ま・っ・て!!」


 しつこい警備の追ってを振り切ろうと、右に左に激しく揺れる。

 僕の三半規管はもう限界だ。


 舌を噛まないように喋るのだって一苦労もの。


 いつしか気分が悪くなり、意識が戻ったのは空が暗くなっている頃であった。

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