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軟体魔忍マダコ  作者: ペプシンタロウ
第二章~中央事変~
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真多子の機転と僕の忍耐

マダコちゃんのイメージ画像はこちら(外部サイト)

https://tw6.jp/gallery/?id=4955

 僕達が今更騒ごうが泣こうが、エレベーターは止まらない。

 少しでも上に行きたいという欲が裏目に出てしまい、侵入発覚の危機を目前にしている。


「出会い頭に黙らせるか……いや、何人いるかも分からないのに対応し切れない可能性がある……」


「煙幕で誤魔化すのは?」


「そんなの僕達の正体は隠せても、侵入者がいるという事実自体は隠せないだろ」


「う~ん、困ったねぇ」


 こうして悩んでる内にも、エレベーター上部に掲示されている現在地を示す針はどんどん進む。

 今にも20の数字を踏みそうだ。


「せめて真多子(マダコ)だけなら姿を消せるんだが……」


「あっ! コーちゃん、アタシ名案を思い付いたよ!」


「一応言っておくけど、荒事はダメだぞ?」


「大丈夫! アタシに任せてよ!」


 もう間もなく扉が開く。

 否とも言えずに、僕は真多子の策に乗ってみることにした。






 本当にこれで上手くいくのだろうか。

 僕は信じてもいない神へ必死に成功を祈りながら、ただただじっと待っていた。


 するとコーン、と鐘のような音が響き、密室にこもっていた空気が動き出す。

 あの銀色の扉がまた独りでに動き出したのだろう。


 しばらくもしないで、足元が跳ねるような振動を感じ取る。

 誰かがこのエレベーターに乗りこんで来たのだ。


「あれ、誰だよボタン押してってやつ。 取り消せないし、迷惑だから押し間違えは止めろっての」


 職員らしき男性の声がこの密室に寂しく木霊する。

 足音の数からして、乗りこんで来たのは彼だけだろう。


(た、助かった。 これならバレそうもないな)


(ちょ、ちょっとコーちゃん!? こそばゆいよぉ)


(わ、悪い……)


 僕はこのエレベーターの天井に張り付けられていた。

 いや、正確には真多子が僕を支えているのだが。


 身体の皮膚組織の色を自由に変化させる彼女の特性を活かし、僕を覆い隠すカモフラージュになってもらったのだ。


 僕自身の色は変えられなくとも、彼女がそれを上書きするように被さればいいという発想である。


 もっとも、この作戦の唯一の難点は互いに密着するということにある。

 そのため、ちょっとした吐息すら真多子へ伝わってしまい、彼女が変な声を上げそうになるのだ。


(四隅の何処かだと触れられてバレる可能性があったからな。 天井ならその心配もないわけか、考えたな)


(でしょ~、えへへ)


 おそらく自慢げな顔を浮かべているであろう真多子の囁きが耳元へ入る。

 彼女の顔も分からないのは、僕が完全に包み込まれているからだ。


 僕の今の体勢は、身体を丸めて漬物石のようになっている。

 男一人を真多子の身体で隠し切るには、こうするしかなかったのだ。


 そのため、僕の顔には彼女の胸が押し付けられており、非常に息苦しくけしからん状況が継続している。

 早く30階に着いてくれなければ、僕の理性が飛んでしまいそうだった。


 火照った身体が彼女に伝わらなか心配である。

 そんな状態を神が見兼ねたのか、新鮮な涼しい風が室内へと流れ込んで来た。


「あ、ども」


「あぁ、この間の会議は世話になったね」


 どうやら、また違う階に停まったらしい。

 複数の足音が雪崩れ込んで来る。


 やはり四隅へ隠れなくて正解だった。


(ひゃんッ!?)


 僕が必死に理性を保とうと抗っている時、真多子がなまめかしい声と共に身体を押し付けて来る。


(うぷ……ど、どうしたんだ)


(背中をハケで撫でられたみたいで……)


 どうやら、背の高い社員の髪が彼女をくすぐったらしい。

 ほとんど裸に近い薄地のスーツだ、毛の一本一本を感じ取れるくらい敏感なのだろう。


 その毛先から逃げるように天井へと身体を移動させたため、板挟みになっている僕は大変だ。

 なんとか息をしていた僅かな谷間も、今では完全に密着し息をするのも困難である。


 酸素が減って頭の中がぼうっとしてくると、つい欲望が顔を出しそうになってしまう。


(が、我慢だ……堪えろ小太郎(コタロウ)……!!)


(ご、ゴメンねコーちゃん。 もうちょっとだから、ひゃぁっ!!)


 少しでも体勢を崩そうものなら、真多子の絹のように繊細な肌を弄られてしまう。

 今は押し殺している声だが、もしバレようものなら下にいる男たちに何をされてしまうか分かったものではない。


(う、うぐぐ、うぷ)


 状況的にも真多子へ無理を言うことも出来ず、僕は全身を押し付けられる彼女の身体に身を任せるしかなかった。


 朦朧(もうろう)とした意識の中、コーンという鐘の音が響く。

 それを合図に、エレベーターがバタバタと揺れてガランとした静寂がようやく戻る。


「コーちゃん、もう大丈夫だよ。 コーちゃん?」


「あ、あぁ……」


 天井から降ろされ地べたに座るも、しばらくは頭の中がポヤポヤと惚けてしまらない。

 開放された今でも、柔らかく包み込まれたあの感触が、しっかりとまだ残っていた。


「早くしないと閉まっちゃうよ~ほら行こうってば!」


「わ、分かってるよ……」


 すぐには立ち上がれない理由が漢にはあるのだ。

 分かれ、分かってくれ。


 しかし、今が任務中であることを思い出すと、僕は先々代の寒風摩擦(かんぷまさつ)を思い浮かべて煩悩を掻き消す。


 老いてなお漢らしさに溢れる逞しい筋肉と、行水で濡れそぼった長い白髭。

 朝日に輝く白い歯と、陽光反射するツルリとした頭頂部。


(おえ……)


 尊敬はしている師をこうしたことに使うのは忍びないが、効果覿面(こうかてきめん)たちまち身体の火照りも冷めていく。


「ふぅ……すまない、もう大丈夫だ」


「良かった~。 それじゃ、潜入再開!」

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