思惑の先に
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「行ってくれたな。 さて、信用してないわけじゃないけど……」
再び姿を消した真多子の気配が無くなるのを感じ取ると、僕は椅子からそっと立ち上がる。
上等な絨毯は椅子の引く音一つも律義に消してくれた。
主のいない椅子をそのままに、僕は出入り口の扉へと近付きノブに手を掛ける。
それをグッと押し込み、外の風が微かに入り込む程度で留めて置いた。
「……廊下には、誰もいなそうか」
風に乗ってくる音を耳で拾うが、人の気はまるでない。
しんと静まり返った静寂が、がらんどうになっている廊下の景色を想像させた。
「よし、真多子の偵察はまだ続きが聞けそうだな」
もう会談が終わってしまったのではないかと、ほんの少しだが心配だったのだ。
それもどうやら杞憂だったらしい。
胸を一撫でして安堵すると、僕は席へと戻らずにドアにもたれかかる。
重厚で丈夫なその扉は、キィという音すら立てずに僕を支えてくれた。
ほんの少しだけ開いたこの隙間から、廊下の様子を探るには丁度良い塩梅。
ありがたくこのまま背を預けることにする。
中の声を全て遮断してしまう分厚い扉、それは向かいの部屋も同様である。
なので、こうしていても何も聞こえないのだが、向こうの部屋を出てしまえば真多子も聞き取ることが出来ないだろう。
先程チャンスを減らしてしまった分、僕も廊下での会話一つ聞き逃さないように辛抱強く待つしかない。
とくにすることもなくじっとしていると、あれこれと思案が頭の中を駆け巡り出した。
(真多子にはああ言ったけど、伊華賀の者達は本当に僕等を恨んでるだろうか……?)
それが道理だろうと真多子に言い放ったが、直接聞いた答えというわけではない。
僕だって真多子のように、嘘だと言いたいのは同じだ。
(だけど、もし……もしも恨んでいるとしたら、何が目的だろう)
力を欲した純人類に拾われたのはまず間違いないはず。
この国へおいそれと自由に出入りできる魔人類なんて限られるからだ。
では、伊華賀流は対価に何を求めたか。
力の代わりに欲しい物、それは確固たる地位ではないだろうか。
日陰ものとなった僕等多甲賀を見返すには、それが一番だろう。
(そしてまだその地位は貰えていない、と。 ここに来るまで、その名を耳にすることなんて無かったものな)
ならば、手を組んだ相手を上等な神輿にして担ぐ必要があるはずだ。
それにはどうすればいいか。
(この国で一番といえば……このガネー社。 その乗っ取りが手っ取り早いか)
停電事件の話から見ても、この国の喉元を掴んでいるのはガネー社だ。
そこを押えれば実質的にこの国、いや経済的に見ても干支連合のトップとも言えるだろう。
名誉ある神輿としては申し分なさすぎる獲物。
(とすると、この巾着の中身はそれを可能にする代物なのか……?)
懐に忍ばせている何の変哲もないだたの巾着袋。
しかし、その中身は誰にも見せてはならず他言無用の極秘扱い。
預かっている僕ですらその中身を知らないのだ。
本当はダメだと分かっていても、事の重大さを意識すると自然に巾着を閉める紐へ手が掛かる。
つまんだ組紐は簡単に解けないようキツク結んであるものの、忍者修行で培った手先があれば些細な事。
さっと緩めてしまうと、あとは一息に引っ張るだけで口が開くという所まできてしまった。
もう引き返せない。
緊張と興奮で心臓がバクバクと脈打つ最中、背中の方で突如声が響く。
ビクリと肩をすくませたものの、僕は口を押えて息を殺した。
必死に堪えている呼吸はそれでも荒く、向こうに聞こえてしまうんじゃないかと思うほどだ。
(なにをやっているんだ僕はッ!? 真多子も、兄貴達も頑張ってる、国主様も僕を信用して任せてくれたんだ! こんなところで、ヘマをしている場合じゃないだろッ!!)
危うく国主様や皆の信頼を裏切るところだった。
僕は軟体魔忍の現頭首なんだから、自覚を持たなければ。
僕は口を結び直した巾着をしまうと、ドアの隙間へ耳を立てて様子を探りだす。
「……だったねぇ」
「……らしく、そのようですな」
この声、あの悪党の男女だ。
いかがわしい女性と、いかつい老人、特徴的な二人組なのだ聞き間違うわけもない。
だんだんとコチラへ近付いているのか、喋り声が鮮明になっていく。
「上手くいくと思うかい?」
「どうでしょうな。 このスクイラーの眼に狂いは無いはずですが……いかんせん、このところ曇り気味でして」
「ま、アイツがもしも失敗したら責任を押し付ければいいさね。 こっちは高みの見物と行こうじゃないかい」
「流石はイカージョ様、人を使うのがお上手ですな。 おっと、足元にお気をつけて……」
スクイラーと名乗っていた老人の声が遠ざかると、そこで声は消えてしまった。
T字路を階段方面へ曲がったのだろう。
(せっかく待っていたのに、大した情報は落とさなかったな)
しかし、応接室に残っているであろう人物と奴らが繋がっているのは確信した。
何やらその人物へ仕事を任せたらしい。
つまり、その人物は何があっても信用ならないということだ。
盗み聞きも終わり、真多子を迎える準備が必要になる。
僕はドアを閉めようとしたところで、向こうから大声が上がった。
「コーぉぉちゃぁぁん!! こっちきて~!!」
「ど、どうした真多子!?」
まさかバレて襲われたのか。
閉めようとしていた腕にそのまま力をかけて、慌てて身体ごと体当たりのようの扉を弾いて押し開けた。
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