進行方向に信仰の自由が見えて来る
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「……というわけなんだよ兄貴」
僕は伝声管に向かって事のあらましを説明していた。
拾った女の子に巾着が狙われたこと、そして昨夜の連中も同じ目的だったことをだ。
任務のことをあまり口外したくは無かったが、ここまで立て続けに事件が起きれば仕方がなかった。
『なぁるほどな……そんじゃぁよ、今からでも引き返してその泥棒猫を追うか?』
この冷たい筒越しにでも、深角の兄貴のやる気のない抑揚が伝わって来る。
とりあえず聞いてみたのだろう。
僕はチラと後ろを振り向き、既に犯人の影も形も見当たらない道路を目に入れる。
「ゴメン兄貴、せっかく蒸気屋台を停めてもらったけど、もう手遅れかも」
『だろうなぁ』
そもそも小回りの利かない大きな車体だ。
大きく旋回できる外とは異なり、街中では反転するにも一苦労。
真多子に追わせるにしたって、土地勘の無い彼女を一人行かせても撒かれてしまうだけだろう。
学生の頃から長く居た僕が直接追跡に回れれば良かったのだが、生憎と魔人類に追いかけっこで勝てるわけがない。
一応僕も魔人類とはいえ、忌々しい右眼のせいで身体能力は転生者並みに制限されてしまっている。
『つってもよぉ、タコロウ。 ソイツに入ってたのはただの干し物なんだろ? また買えばいいんじゃねぇの?』
「それはそうだけど、アイツを裏で操ってる正体を知りたかったんだ。 あの口ぶりからすると、質に入れるとかではなく直接誰かへ手渡すようだったし」
渡す相手の確証はまだ無いが、推測は出来ている。
僕が答えようと口を開くと、真多子が隣から割って入って来た。
「その相手っていうのが、昨日の悪い人達かもってコーちゃん言ってたもんね!」
「ゴホン……まぁ、そういうこと」
(どうも美味しい所をいつも持っていかれて、締まらないな……)
『昨日のって、あのヤベェもん背負った車のやつらか。 かぁ~、思い出したら腹が立ってきた! オレ様の自信作の側面をベコベコにしやがってよぉ、マジで許せねぇぜ!!』
昨夜、あの悪党共の装甲車は、挨拶代わりに体当たりをブチかましてきたのだ。
その揺れのせいで、僕もとんだ痛手を負うことになったのから、兄貴の怒りに同感できる。
もう腫れが引いたとはいえ、まだ頬がジンジンと痛みを発していた。
僕は悪党共にではなく、横にいるお子様の方へと恨み節の効いた目線を送る。
「フン! あれは完全にタコロウが悪かったデスヨ! ミーは謝らないデース!!」
真多子には懐いているのに、どうして僕にだけこんな対応なのだろう。
しかし、子供相手にムキになっては真多子に呆れられてしまう。
ここはグッと我慢だ。
「ともかく……盗まれた方は諦めるとして、まずはガネー社ビルへ向かおう。 あの一番大きなビルだよ兄貴」
『ん……? おぉ、あれか。 よし任せとけ、あれだけ目立ってれば道はテキトウでも着くだろ』
手元に残った本物の巾着袋。
これの本来の持ち主はあそこにいるはずだ。
仲介人の所在が分からない以上、まずはそこへ行くしかないだろう。
蒸気屋台が景気良く汽笛を鳴らすと、車体は再び動き出すのであった。
しばらく街中を走らせていると、段々と奇怪な光景が広がっていく。
「ねぇねぇ、コーちゃん何アレ!? 顔だけの面白いヤツがいっぱいあるよ!」
真多子に肩を揺すられて窓の外を見る。
先程までは見上げる程に大きなビルや、色鮮やかで人目を引く複合商店が多かったのだ。
田舎育ちの外周国が夢見る都会の姿そのもの。
ところが、今やヘンテコな像や金色に輝く置物だらけに様変わりしていた。
特に、真多子は顔だけの像に興味津々のようだ。
「あぁ、あれは『テンセイサマ』っていうらしいぞ。 転生者達が崇めてる信仰対象だ。 神様っていうのは、あんな見た目らしい……僕は見たことないけど」
転生者達が異世界からコチラへと魂を送られる時に、必ず出逢う存在なのだという。
なんでも、あの大きな首だけが浮かんでいて、僅かに白く発光しながら『お前はこれから異世界で生まれ変わる』とだけ言い残していくらしい。
学生時代、周りの皆がアレは一体何だったのかと口々に言っていたから間違いない。
そして今でも異世界へ帰りたい転生者達の心の拠り所として祀られているのだ。
「テンセイサマ……はぇ~、こっちの人達は不思議なモノを崇めてるんだね~」
「ウチはウチで変なもの祀ってるし、お相子だろ」
僕は転生者でもないから、神なんて見たことが無い。
だから無神論者のつもりでいる。
この眼で見たこと以外は信じられないのだ。
だが他の大勢は違うらしい。
転生者の多い中央はこの転生神信仰だが、各国も別々に信仰が存在している。
国が統合されないのも、こういった文化の違いがあるからだ。
「も~全然変じゃないよ~! アタシ達の巳の国は九頭竜父様! こっちの方がテンセイサマよりも名前はカッコイイよね~!」
海に面する巳の国では、水にまつわる伝承も多い。
その中で、自然と産まれたのが九頭竜父と呼ばれる水龍の伝承だ。
水辺に生きる者の偉大なる父なんだと、兄貴ですら信じている。
また毎年夏の暑い時期に神を祀る大きな祭りが行われ、真多子もそこの巫女として選ばれたことがある。
それに夏休みで帰って来ると、一緒に祭りで遊べるのは僕も楽しかった。
だからこそ、なおさら真多子も思い入れがあるのだろう。
「僕としてはどっちも変わらないと思うけどな。 でも、そういう話は外でするなよ、一応ご法度なんだから」
「そうなんだ、分かった~気を付けるね!」
本当に分かってくれたのだろうか。
どこの国も、自分の祀る神が一番だと信じている。
だから無用な争いは避けるため、旅先でこの手の話は暗黙の了解で禁じられていた。
なので、あえて口にするのは喧嘩の誘い文句にも使われる。
気の短い人に聞かれでもしたら面倒事にまで発展しかねない。
「神か、そういえば……たしか中央は他にも崇めてる信仰対象があったような?」
名前は何であったか。
そもそも信仰に興味が無かったのもあり、記憶が曖昧だ。
「ルックアット!! タコロウ、初めて見る像デース! あれは何でショウ?」
真多子と並んで窓に噛り付いていた星美が僕を呼ぶ。
今度は何だと億劫ながらも見てやると、金色の竜のようなものがあった。
「あ、そうだ! これだよこれ。 たしか……黄金竜だったかな。 商売繁盛の神様で、ガネー社をはじめとする商売人に広まってるやつ」
金の象の像は、あくまでもガネー社のシンボル。
彼ら含め、商売人たちがあやかろうとしているのは、もっぱらコチラの金の竜だ。
よく分からないが、ともかく物凄く縁起が良いのだとか。
正直眉唾ものである。
「あっ! それならアタシも見たことあるよ~! 屋台に守りとして小さい置物を神棚に置いてる所があるんだよね~」
「へぇ、ウチの国にも伝わってたのか」
これは意外だった。
商売人なら国境を越えてでも信仰されるのか。
だが、この世界で最も成功したといえるガネー社が崇めてるなら、むしろそのガネー社にあやかろうとしているのかもな。
こっちの方が僕としてはスッキリする。
「けど、これが見えて来たってことは……早速見えて来たね。 これがガネー社の本社、この国の電力を牛耳るガネー社ビルのお出ましだ」
今までは背の高いビルの影で全貌が見えなかった。
しかし、実際に真下にまで来ると、その大きさに威圧感すら覚える巨大建築物。
この影を踏むだけで自分の小ささを嫌でも認識させられる。
何もかもが豪華で、何もかもが最先端。
まるで自分とは生きる世界が違う、まさに異世界といった感じであった。
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